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最強のおもちゃ箱  作者: 鷲野高山
1章 超絶強化のおもちゃ箱
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五話 大注目の行進

「イ、イメチェン……?」

「そうです」


 雷に打たれたかのような衝撃が、精一郎の全身を駆け巡った。

 思わず唖然と聞き返す形となったが、メイはあっさりと頷く。


(……まあ、黒髪を銀に染めたのは、まだ分からなくもないけど)


 そして聞き間違いではないことが判明すると、複雑さと不思議さを織り交ぜたような顔で精一郎は彼女を見やった。

 ……人形がイメチェン、という点についてはこの際おいといてだ。髪はまだしも、問題はもう一つ。


「えっと、じゃあその……表情については?」


 なぜそんなにも無表情なのか、と直球で聞くわけにもいかず、またそんな勇気もなく。

 ぼかして問う精一郎であったが。


「笑顔というものは、実に疲れます」

「……はい?」


 しかし返ってきたのは、反応に困るそんな言葉。真意を図りかね、精一郎は首を傾げる。


「分かりますか、好きでもないのに長い年月を無理矢理笑顔にさせられていた辛さが。その点ディノはいいですね、大して表情らしい表情もなくて。……え? こっちも口を開けっ放しにさせられて疲れた? ……それでも、ずっと笑わされているよりかはいいでしょう」


 無表情な顔から繰り出される、長く平坦な声。

 途中、今まで静かにしていたディノが反論するように鳴いたが、メイはそれを素気無く切り捨てる。

 ちなみに、精一郎にはディノがただ鳴いたようにしか聞こえないので真偽は定かではない。


「ですので、私の表情に関しても、イメチェンした結果ということでお願いします」


 異論は許さない、とばかりに瞳に光を湛え、メイは例の如く無表情で言った。

 イメチェンはそんなに万能な言葉ではない。喉まで出かかった突っ込みを飲み込み、メイの瞳を見た精一郎はこくこくと頷く。


「さて、あちらも準備が終わったようですね」


 と、ここでメイが精一郎から視線を外し、言った。

 話を無理矢理終わらせた。そう思いつつ、その先を精一郎が見れば。

 そこにはシーラと名乗った女性に加え、武装する集団と一台の馬車があった。


「な、なにあれ……」

「気付いていなかったのですか。まあ、いいでしょう。セーイチロウの身に起こったことを含め、私が王都への道すがら教えてさしあげます」


 今更彼らの存在に気付いて若干腰を引かせる精一郎をよそに、メイはあっけらかんと言うと、ディノの背を指で指し示した。


「さ、乗ってください」

「……え?」



 ――――――――


 ズシン、ズシンと大地が鳴動する。

 その度に上下、或いは左右に大きく揺れる精一郎の身体。

 別段、特別なことをしているわけではない。なぜならそれを引き起こしているのは、なんでもないただの一歩である。

 もっとも――巨大な生物にとっては、という言葉がつくが。


 前方を行く集団の一部は、時折後ろから着いてくる精一郎を振り返り。目が合ったかと思うと、慌てたように身体を震わせ、前を向いてしまう。


「はぁ……」


 幾度か、そして今も繰り返されるその光景に、ディノの背に乗っていた精一郎はこっそりと息を吐き出した。

 だが、同様にディノの背に乗って精一郎のすぐ後ろにいるメイがすぐさまそれを見咎め。


「どうしましたか、セーイチロウ」


 相も変わらず、労わっているのかいないのか判別のつかない無感情の声で、問いかけてくる。


「いや……さっきから前にいる人たちが時々振り返って僕のことを見てきてさ」

「慣れることです。でなければ、身が持ちませんよ。もう少しで、より人目の多いところに着くのですから」

「うぅ……」


 しかしそんな精一郎の弱音を、メイは慰めるどころか突き放すように叱咤する。

 メイの言う通り、既に一行は森から抜けて街道を進んでおり、着々と目的地である王都へと近づいているのだそう。ともなれば、前にいる人どころか確実に精一郎に向けられる人――つまり視線は増えること間違いなし。

 想像して身震いし、精一郎は呻く。

 気弱な精一郎であるから、衆目を集めるなど赤面だけでは済まない苦行なのだ。


「そして、それはこちらにもいえることです。そろそろ、私が支えなくともバランスをとれるようになってほしいものですね」


 そんな二人の恰好としては、ディノが歩くだけでその震動により背から落ちかねない精一郎を、メイが後ろから手で支えている形だ。ただ、近くでよく見なければ分からないほど絶妙に、である。傍目、それも下から見上げるだけでは、精一郎は普通に乗っているようにしか見えない。


 そもそも、何故精一郎がディノの背に乗り、王都へと向かっているのか。

 精一郎は、下からの視線を気にしないように虚空を見据えつつ、ついさっきメイから受けた説明を自分でも纏めるために思い返しはじめる。


 ――単刀直入に言います。


 初めは、言葉通り本当にいきなりであった。


 ――ここは、日本どころか、貴方がいた世界ですらありません。


 ポカンと間抜け面を晒す精一郎。

 しかしそんなことは一々取り合っていられないと言わんばかりに、メイはつらつらと言葉を並べたのだ。


 ――曰く。

 精一郎は死んでおらず、何かの力が働いて今までとは異なるこの世界に移動したこと。

 メイやディノは間違いなく、精一郎の所持していたおもちゃであった存在だということ。

 奇しくもこの国の王女であるシーラ一行を精一郎、というよりディノが助ける形となったこと。

 シーラとメイの会話の結果、これから王都へと向かって王であるシーラの父親と面会することになったこと。


 精一郎が一切口を挟めず、メイの一方的な説明であったため一字一句完璧に聞いてはいないが、凡そこんな説明であった……はずだ。


 当然、そうなのか、などとすぐに頷ける内容でもなく、精一郎は内心混乱した。

 それでも、大きく取り乱すことがなかったのは、メイとディノの存在があったからだろう。

 前の世界の話であるが、精一郎はおもちゃを前にすれば、精神が安定したのだ。そしてそれは、今生きているおもちゃを前にしても同じ感覚があった。


 ゆえに、完全にとはいかないが、精一郎は取り乱すことなくそこそこ冷静に思考することができたのである。


 大きな狼――魔狼の存在に、おもちゃであったはずのメイやディノが動いている事実。聞いたことのない国名に、どこか時代錯誤な王女とその護衛達という一行。精一郎が思い至った四つは、確かに異なる世界という証拠になりうる。

 ただ、大きな狼は、まあひょっとしたら元の世界のどこかにもいた可能性がゼロではない。国名、そして王女一行に関しては、精一郎が騙されているだけであってそれが芝居だという可能性も否定できない。

 つまり、その四分の三は、純然たる根拠となりえないはずだ。 


 そうして残ったのは。常人であればもっとも疑わしいはずの、所持していたおもちゃが動き、喋るというもの。

 だが、精一郎はそれを信じた。

 自分の感覚は決して間違いではないという確信があったからだ。


 結果、精一郎はメイの説明を事実として受け入れた。しかし、疑問が全くなくなったわけではない。

 どうして、助かったか。どうして、世界を移動したのか。どうして、おもちゃが生きているのか。

 そして――今目前に迫っている危機である、どうして王様などという偉い身分の人間に面会する流れとなったのか。


 眼下を、人目を気にしないようにするためにメイの説明を整理していたはずなのに、いつの間にか数々の疑問とすり替わったわけだが、どちらにせよ思考に埋没しているのでそこまで問題はないだろう。

 しかし、現実から目を背けるために必死で精一郎がとったこの行動は、それほど時を置かずして終わりを迎えることとなった。


「到着したようですね、セーイチロウ」


 後ろからのメイの声により、現実へと引き戻される精一郎。

 するとそこは街道ではなく、恐竜であるディノがギリギリ通れるかどうかというほどの大きさを有した門の前であった。あくまで、ディノにとってはのギリギリだ。精一郎個人からすればかなり大きい。


 前方には変わらず王女一行。それに加え、門の見張りであろう武装した兵が数人と、精一郎達を遠巻きに見るように、少しの人々。

 彼らは驚愕の面持ちにてディノを、そしてディノの上の精一郎とメイを見やり。指差し、口々に小声で何かを話している。


「少し、話を聞いてきます。セーイチロウは待っていてください。くれぐれも、無様に落ちないように」


 人が増えたことにより胃痛と緊張に苛まれる精一郎をよそに、メイは危なげなくディノの背から降りた。

 すると、その姿を追う視線も若干あったが、ディノの上に一人となった精一郎に集中する視線。

 動いていないディノの背ならなんとか、と精一郎は跨る足と掴まる手に力を込め、ひたすら耐える。ディノもそんな精一郎を気遣ってか、無駄な動作をせず大人しくしていた。


 なんとも居心地の悪い、耐え忍ぶだけの時間。

 早く、早く、と内心で願うこと何十。やがて、シーラと会話していたメイが、ディノの背に戻ってくる。


「着いたんだから、もう降りてもいいよね? っていうか、ディノはどうすればいいのっ!?」


 ディノに屈ませることなく、尋常ではない軽やかな跳躍で精一郎の後ろにぴったりと寄り添うメイ。それに突っ込む余裕はなく、限界に近かった精一郎は小声ながらも息せき切って訊ねるが。


「いえ、降りる必要はありません。ディノに関しても、後程お教えします」

「ま、まだこんな状態で待つの? このままじゃ、僕もう身が持たない!」


 メイの返答は、精一郎の期待に反するもの。

 すかさず、メイだけに聞こえる小さい悲鳴のような声で精一郎は己の許容限界を告げる。

 実際、それは誇張でもなんでもなかった。視線に長時間晒されすぎて、精一郎の気弱な精神は限界に近い。むしろ、これでもよく持ったほうである。

 これから入るのは、王都。今以上に衆目がある場所だ。それでも、ディノから降りるのだからそっちのほうがまだマシだろう。精一郎は、そう考えていた。


 しかし、そんな彼に対して。

 続いてのメイの言葉は期待の正反対――どころか、それを更に先に行くものだった。


「王女は、そのままで構わない、と仰りました」

「……え?」


 一瞬何を言われたか分からず、前を向いたまま呆ける精一郎。脳が、頭が理解することを瞬時に拒んだのだ。

 しかし、その頭が結論へと達する前に。


「つまりセーイチロウは、ディノに乗ったまま王都へと入る、ということです」


 メイが現実を突きつける。


「じ……冗談、だよ、ね? その、ディノに乗ったまま――」

「冗談ではありません」


 震える声で、精一郎、最後の抵抗。

 しかし無情にも全てを言い切る前に、メイはきっぱりと断言した。

 そして、それを聞いた精一郎は――。


「…………」


 ――音もなく気絶した。

 器用にも目を開けたまま、緊張によって極限にまでピンと張り詰められた身体が後ろへと倒れかかる。


「まったく……」


 そうして気絶して揺れた精一郎の身体を、メイは無感情な声と共に受け止めた。

 お世辞にも肉付きのよいとはいえない、華奢な身体。女性であるメイでも支えることができる、小さな身体だ。


 しかし――温かい。


「……世話のかかる主ですね」


 ポツリと呟く。

 人の視線に晒されただけで気絶をしてしまうようでは、この先困る。それも、強い悪意や敵意ではなく、若干の畏怖と好奇の視線で、だ。……重ねて言うなら、実際に晒されたのでもなく想像をしただけで。

 

「手っ取り早く慣れさせようと思いましたが、早すぎましたか」


 現実から目を背け、世界から逃避するのならば、まあそれでもよい。他人との触れ合いにとことん苦手意識のある精一郎であるから、その選択もありだろう。

 ――しかし、そうはなるまい。

 例え気絶するほどに気弱な精一郎だが、必ず自らの決断で外の世界に踏み出すことになるだろう。そういった確信が、メイにはあった。


「――まあ、そのために初めから(・・・・)私がいると思えば」


 周囲には気絶しているのを悟られないよう、絶妙に精一郎の身体を支える。

 

 メイの――精一郎の、眼前。

 重厚な音を立てて、門がいっぱいに開かれた。

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