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最強のおもちゃ箱  作者: 鷲野高山
1章 超絶強化のおもちゃ箱
3/10

三話 勘違いの始まり

「……あのお方は、一体?」


 大国ではなけれども、緑豊かな土地として知られる王国、デュニス。

 その第一王女であるシーラ・エンポリウスは、呆然としてその光景に見入っていた。


 彼女の視線の先には、見たこともない巨大な生物の頬を撫で、柔らかな笑みを浮かべる少年の姿。

 巨大生物もまた、頭を垂れて少年に従っているかのように。己より遥かに矮小なはずの人間にいいようにされつつも、気持ちよさげに瞳を瞑っている。


 その光景を見て、誰が信じられるだろうか。

 先程までこの場所で、魔狼に――それも並の大きさではない魔狼に襲われていたなど。


 事実、シーラの護衛である兵士達も、皆一様に微動だにせず、少年と巨大生物から視線を離せない。王女であるシーラの護衛という任を受けている彼らをして、視線は釘付けにされたように固定されている。


 数瞬前までは、苦戦を強いられていた。

 あの魔狼は、ここデュニスの一角にある大森林の生態系の頂点に君臨する主でこそないものの、それに次ぐ大物の一角の魔狼。

 普通であれば、こんな陽の光がたくさん差し込むような場所に現れるはずはなく、もっと薄暗い森の奥深くに生息しているはずの存在。実際、森の入口からそこまで大きく離れていないこの地点での目撃例は今までない。


 だからこそ、あの魔狼に襲撃されて不意を突かれた王女一行は、苦戦していた。こんなところで大物のモンスターと遭遇するはずがない、と油断していた。ただ、万全の状態であったとしても、そう変わりは無かっただろう。

 シーラにつけられた護衛が、全く弱いわけではない。単純に、出現した魔狼が別格すぎたのである。

 結果、何人かの護衛は、魔狼によって殺された。無論、負傷者もいる。


 ――そんな時だったのだ。


 王女一行を襲っていた魔狼が、ふと、あらぬところへと目をやった。視線だけ、というのではなく、首を大きく回してだ。


 ……一体何が?


 本来、戦いの最中に――それも苦戦している敵から一瞬たりとも視線を離すなど、あまり良策とはいえない。

 だが、魔狼の様子、そしてその視線の先に言い知れぬ何かを感じ、懸命に抵抗していた護衛達、そしてシーラも、そちらを見てしまった。


 襲う側と、襲われている側。その双方が、この時揃って同じ場所を見たのである。


 ――すると、一体いつからその場所にいたのか。そこには、一つの人影があった。

 あまり大きいとはいえず、お世辞にも頼りになりそうとはいえない背中が。


 まず間違いなく、魔狼が見ているのはあの人物。


 それが熟練の冒険者らしき人物であれば、シーラは助けを求めたであろう。

 だが、それはどう見ても、線の細い華奢な人影。

 魔狼を前にしてはひどく小さく見え、脆い。

 しかしどうしてか、魔狼はその人影に気をとられているようで。遂には、襲っていたはずのシーラ一行には目もくれず、突如現れた人物の元へ歩いていくではないか。

 

 この時、このまま静かに逃げればよい、という選択肢がシーラ達にはあった。事実、魔狼が彼の人物に気を取られている今、それが一番生存率を上げる行動であっただろう。

 しかし、シーラは咄嗟に叫んでいた。逃げて、と。


 だが、そんなシーラの叫びも虚しく、魔狼はあっさり彼の人物の元へと到達する。

 そこでようやく、その人物は振り返った。


 少年であった。明らかに、荒事には向いていないような、少年。


「……っ!」


 しかし、ここでシーラは息を呑んだ。

 並の大きさではない魔狼を前にした少年は、悠然と微笑んでいたのだ。尻餅を突いて怯えるどころか――両の足で大地を踏みしめ、ただの一声も出さず。


 ……まあ実際は、極度の緊張により顔はぎこちない笑みのまま硬直し、動けなかっただけだが。

 なにせ精一郎は、子犬相手にすら硬直するほど気弱だ。

 近くで見れば気付かれたかもしれない歪な笑顔だったわけだが、距離のあったシーラにはそこまで判別できなかったのである。


 笑みを浮かべる少年の態度に驚くシーラであったが、しかし戦況が変わったわけではない。

 何事も起こることなく、魔狼の大口が少年へと迫る。


 シーラだけでなく、彼女の護衛の誰もが、駄目だと思った。

 虚を突かれて動けなかったが、今更動いても間に合わない。少年が無惨に食い殺される光景を、幻視せざるをえない。

 ごめんなさい、と名も知らぬ少年に向け、シーラは唇を噛みしめた。

 

 そうしている間にも、魔狼が少年の身体を食い破り、鮮血が吹き出す――


 ――ことはなかった。


 溢れたのは、輝き。美しく、見ている者に慈愛を与えるような、優しい光。少年の背後の空間より溢れた煌々としたそれに、魔狼は怯んだように動きを止める。

 そして、出てきた。光から溶け出るように、通常の固体より大きいはずの魔狼よりも更に巨大な影が。


「……召喚、魔法?」


 その現象に思い至るものがあり、シーラは驚愕に表情を染めたまま声を漏らす。


 ――召喚魔法。

 それは、己と契約せし下僕を瞬時に主人の元へ呼び出す魔法。


 光が止み、恐らく少年と契約しているであろう生物の全身が明らかとなる。だがしかし、その姿はシーラが今まで見たことのなく、また知識の中にもない巨大な生物だった。

 その上、突如召喚されたそれは。怯んでいるとはいえ、無名より放たれる剣戟ならば大抵を弾き返し、並の魔法なら無効化してしまうという堅固な皮膚を持つはずの魔狼をいとも容易く咥え。こともあろうに、そのまま振り回し始めたではないか。

 抵抗できぬまま、キャインキャインと弱々しい叫びを上げる魔狼。その姿だけ見れば、とてもではないが先程一行が苦戦を強いられていた存在と同一であるとは思えない。


 目の前で次々と繰り広げられる光景に、シーラは、そして護衛の人間は、ただただ瞠目せざるをえなかった。


 やがて巨大生物の口から解き放たれ、宙に放り投げられる魔狼。地に落ちたそれは、脱兎のごとく巨大生物から――それこそシーラ達には目もくれず、この場から逃げ出していった。 


「…………」


 大森林の奥へと逃げ帰る魔狼の背を呆然と見送っていたシーラは、その姿が視界から消えてようやく我に返り、思わず生唾を飲み込む。

 

 圧倒的な力の差だった。

 とても戦闘などと言えるものではなく、一方的な蹂躙。……いや、ある意味それよりも性質が悪い。

 少年の召喚した巨大生物は、まるで魔狼で遊んでいたかのよう。敵とすらみなしていない。みなす必要が、ない。

 ――そしてそれは、魔狼を前にして余裕の笑みを浮かべていた少年も同様。


 シーラ達の視線の先で、未だに少年は巨大生物と戯れている。

 ただ、シーラ一行には気付いているのだろう。全くの無駄ではあったが、逃げてとシーラは叫んだのだ。

 だが、強大な巨大生物を従えるほどの人物。例えシーラが一声を上げなくとも、気付いていただろう。

 それでも、動きを見せない。或いは、シーラ達の出方を窺っているのか。


 シーラは、考える。

 ……話を、聞かなければならない。

 この現場にいた者として。何より、この国(デュニス)の第一王女として。


 故に、少年と巨大生物に向けて、一歩。シーラはゆっくり、しかし確実に踏み出した。

 

「お待ちください、シーラ様」

「危険です。ここは我々が」


 それを見咎めた護衛が口々に声を上げるが、シーラは手を上げてそれを制す。


「私が、行きます。……行かねばなりません」


 行って質さねばならない。彼の者がこの国に敵対する存在であるか、否かを。他ならぬ、第一王女のこの身が。

 シーラの決意が宿った声を聞き、護衛は口を閉ざす。なにより、第一王女直々の言。逆らうわけにはいかぬ。


「貴方たちは、負傷者の救護を。……私一人で大丈夫です」


 ならばせめて、付き従わん。そう、少年の元へ歩くシーラの後ろに着く護衛達であったが。

 それすらも許さぬ、シーラの一言。

 その思惑は、分かる。彼らの仕えるデュニスの第一王女シーラは、思慮深く、そして聡明だ。決して無謀な愚鈍ではない。

 武器を持った兵士を何人も伴って近づけば、あらぬ不信を誘発しかねない。シーラはただ、話をしにいくだけなのだから。


「……お気をつけて」


 故に、忸怩たる思いで、護衛達は頭を下げる。

 各々の胸中にあるは、己の不甲斐なさ。護衛であるはずの身なのに、役に立てないこと。

 そも、相手は先程まで苦戦させられていた魔狼をして、児戯のように軽くあしらわれた存在。

 今のところ、向こうにこちらを排しようという動きこそないものの。少しでも敵意をもたれてしまえば、護衛達がシーラの側に付き従ったところで、守りきれる可能性はゼロに等しいのだから。


 そんな護衛達に軽く微笑み、シーラは少年へと向き直る。

 深呼吸を一つ、やおら、一歩。


 ――まだ、少年はこちらを向かない。


 左、右、左、右。

 一歩ずつを確かめるような、普段とは比べものにならないほどに鈍重な足運び。

 だが、確実に距離を縮めてはいる。


 ――それでもまだ、少年はこちらを向かない。


 狂ったように、心臓が早鐘を打つ。

 近づくにつれ、震える足。けれども、シーラは歩みを止めない。一瞬でも止めてしまえば、完全に止まってしまいそうだったから。

 もはや頭は、足を動かすことにしか傾けられなかった。第一声をどうするかなど、考えられる余裕もない。

 ただ、近づくこと。その意思だけを抱き、シーラは少年の元に辿り着く。


 ――巨大生物が、シーラの方を向いた。

 改めて、その荒々しい面構えに身を竦ませる。ぎょろりとした両眼が、シーラを見据えた。

 だが、それだけ。それ以上は、今はしてこない。


 ――そして。


 巨大生物より、遅れること一拍。

 少年の漆黒の双眸が、シーラを射抜いた。

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