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最強のおもちゃ箱  作者: 鷲野高山
1章 超絶強化のおもちゃ箱
2/10

二話 生命を吹き込まれたおもちゃ

 ふと、瞳を開いた。

 開いてから数瞬、精一郎は思わず首を傾げる。


 意識は闇に落ち、自分は死んだはず。

 ぼんやりとそう考える精一郎であったが、そもそも何故瞳を開こうと思ったのかというのは、自分でも分からない。

 だが、結果として精一郎は瞳を開いた。

 そしてそこには――澄み渡るような蒼い空が広がっていた。


「え……」


 呟きが、口から漏れる。

 驚きとかそういうのではなく、何の感情を伴わない、無意識に出た呟きだ。

 さぁっ、と柔らかな風が吹き抜けていく中、精一郎は思案に耽った。


 つい先ほどのことのように思うし、忘れようもない。

 自分は――小守精一郎は、冷たい雨の降る交差点に倒れていたはずだ。もしあの後すぐに意識を取り戻した状態だとしたら、今も尚雨が降っていなければおかしい。

 だが、実際に頭上にあるのは。雨どころか、どんよりした鈍色の雲一つ無いすっきりとした青空。


 頭上ばかりに気をとられていた精一郎は、ようやくここで周囲へと目を向ける。

 一言でいうならば、そこは森だった。

 背の高い木々。生い茂った緑。

 灰色のアスファルトの地面など、一片もない。


 事故現場とは明らかに異なる場所であるというのは、明白。


 では、病院かどこかに運び込まれ、一命を取り留めたのか。

 しかし移動させられたのだとしても、ベッドの上か、そうでなくとも建物の中であろう。だが明らかに病院ではないし、そもそも外だ。


 ますます分からない、とただただ不可思議さに首を捻る精一郎。

 その時だった。


「――逃げてっ!」


 悲鳴のような、女性の声。

 それは、精一郎の背後から響いてきた。

 人と話すことが苦手であれど、この不可解な状況に置かれた今ばかりは、人がいるという事実は精一郎にとって安堵の対象となる。

 精一郎は若干の緊張を覚えつつも、ホッと息を吐く。次いで、ぎこちないながらも笑みを浮かべた。

 準備はオッケー。

 そうして、振り返ろうとした、瞬間――精一郎を覆い隠すように、地に影が差した。


 この時、精一郎は人の声がしたという事実だけに気を取られており、その内容などはすっかり頭の外にあった。決して聞き漏らしたわけではなかったのだが、あまりの不可解さに首を捻っていた時である。

 安堵が先に来てしまい、それ以外がすっかり抜けてしまったのだ。


 ――グルルゥッ!!


 妙な音がした。まるで獣が発するような、唸り声。それも、精一郎のすぐ近くでだ。

 突如地に差した影に目を瞬いていた精一郎は、緩慢な動作で背後を振り返る。直後、彼はピシリ、とそのまま硬直することとなった。

 

 精一郎の眼前にいたのは、人一人程度なら丸呑みしてしまうであろうほどの大きな体躯の生物。

 ()らしきそれが、口の端から低い唸り声を放ち、その両眼はギロリと精一郎を捉えているではないか。 


 ――声が、出ない。


 のそり、と一歩。狼が精一郎に近づいた。


 ――そもそも口が開かず、表情も引き攣った笑みのまま、変えることができない。


 鋭い歯を覗かせ、爛々と光る狼の両眼は精一郎を捉えたまま離さない。


 ――両足はまるで地面に縫い付けられたかのように、動こうとしない。


 グッと狼が足に力を込めたのが分かった。

 次の瞬間にでも、眼前の狼は精一郎に跳びかかり、息の根を止めるために喰らいつくだろう。

 丸腰にして指一本も動かせない精一郎は、黙ってそれを許容するしかない。

 いや、例え丸腰ではなく、身体が動かせたとしても。精一郎がこの狼の強襲を退ける可能性は、万に一つもないだろう。普通サイズの狼であろうと貧弱な身体の精一郎では勝てる見込みがないのに、大きさの段違いなこの狼なら尚更だ。


 ――ああ、今度こそ死ぬのか。


 浮かんだのは、諦観。

 未だに、精一郎は自身がどういう状況下にあるのか分かっていない。生きているのか、それとも死後の世界なのか。

 でも、どうせここで死ぬのだ、と思った。

 それに、あの時一度死を覚悟した身。それが今訪れるということだけ。

 だがもし、今が死して生き返ったという奇跡的な状況だったのならば。


「……会いたかったなぁ」


 声が、出た。

 狼に気圧されていた時は微かとも動かなかった口。

 それが、大切なおもちゃ達のことを頭に浮かべただけで、呆気なく開いた。

 が、所詮それだけのこと。眼前の狼を退けるには至らない。


 グルァッ、と狼が吼え、精一郎むけて跳躍する。

 接触まで、三秒ともないだろう。せめてもの抵抗として、精一郎は目を瞑った。


「……?」


 しかし、その時は訪れない。

 いつまでたっても激痛はおろか、衝撃一つなく、精一郎は大地に立っている。

 まさか、遊んでいるのか? 精一郎という獲物を前に。

 そんな考えが脳裏をよぎるが。

 

 キャイン、キャインッ!!


 聞こえてきたのは、今までの低い唸りとは異なる、狼の声。

 まるで痛がっているような、或いは怯えているような。

 ともかく、何かが起きている。そう判断し、恐る恐る目を開ける精一郎の視界に飛び込んできたのは。


 ――宙でブンブンと振り回されている狼。


 少々黒ずんだ緑の皮膚を持つ巨大な何かが、狼の背中部分を咥えるようにして、振り回していたのだ。

 硬直の解けた精一郎がハッとして頭上を見上げれば、そこには狼を咥えるなにがしかの腹のようなもの。


 慌てて周りを見回してみれば、その巨大な何かの太い両足のようなものが、精一郎から見て左右一本ずつに立っている。

 つまり精一郎は、いつの間にかあらわれた何かの真下――腹の下にいたのだ。

 足元で呆然とする精一郎をよそに、それはしばらく狼を振り回していたが、やがて飽きたようにポーンと狼を放った。


 キャンッ、キャンッ、とまるで犬のように吠え、精一郎を一瞥もせず逃げていく狼。

 それに一度は胸を撫で下ろした精一郎であるが、しかし状況は全く好転していないのを思い出し、再び身を硬くする。


 そんな精一郎をよそに、それは動いた。

 ドシン、ドシンと地響きを立てながら、精一郎の前へと移動。そして、今までそれの腹の下にいた精一郎へと振り返ったのだ。

 そうしてようやくその巨大生物の全身を見ることができた精一郎は、ポツリと呟いた。 


「……恐、竜?」


 眼前のそれは、精一郎の記憶にある、ティラノサウルスに酷似していた。

 黒ずんだ緑色の皮膚に覆われた全身。がっしりとした二本の足に、陽光を受けて鈍く光る鉤爪。全体に比べて異常に小さい前肢。頭部は大きく、微かに開いた口からは凶悪とも言うべき歯が見え隠れしている。そして、ゆらゆらと揺れる長い尾。


 それは、瞬きもせず真っ直ぐに精一郎を見下していた。


「…………」


 一難去ってまた一難とはこのこと。

 しかし、餌としてみるならば、だ。人間の中でも貧弱な部類にあたる精一郎よりも、先程の狼の方が遥かにでかい。

 或いは、人間が好物なのだろうか。


 だがここで、精一郎は自分がさほど恐怖感を覚えていないのに気付く。


 恐怖どころか、むしろ自身の内にあるのは――歓喜? 


 戸惑う精一郎をよそに、彼を見る瞳は、今尚精一郎を一心に、そして静かに見つめ続けている。


 眼前のティラノサウルスのような巨大生物からは、こちらを威圧するような雰囲気を全く感じない。

 でなければ、先の狼に睨まれた時のように、精一郎は身を硬くすることしかできなかっただろう。


 事実、彼の巨大生物は何もしてこない。それどころか、何かを待っているような節がある

 だが、果たして? 

 傍から見ればこの上なく危険な状況だが、精一郎はじっと眼前のそれを見つめる。自身の中にある不思議な感覚の答えを探るように。


 と、ここでその巨大生物は不思議な行動に出た。

 じれったそうに、背中を向けたのだ。まるでそこにある何かを、精一郎に見せつけるように。

 そしてその何かに、精一郎はすぐに気付いた。


 ティラノサウルスの背中部分。他の部位と変わらず、黒ずんだ緑色であるはずのそこ。

 色自体は変わらないが、元々の自然なものではなく、何らかの意図により加えられた色があった。


 はっきり言ってしまえば、見難いことこの上ない。実際、何も知らぬ人間からすれば、一見しただけではそれが文字(・・)であると十中八九気付かないだろう。

 なにせ、黒ずんだ緑の上に、黒。それも、かなり掠れている。

 だが、精一郎には分かった。


 ――ディノ。


 そこに刻まれるは、かつて精一郎が名付けし、おもちゃの名。彼自身が、過去にそれへと刻んだ文字。大きさこそ変わっているものの、見間違えようもない。

 そして、この嬉しいような懐かしいような感覚。

 完全に確信したわけではない。なにより、それは普通に考えれば有り得ないことだからだ。

 そう頭では理解しつつも、しかし精一郎はおずおずと、それでも一縷の希望を込めて言葉を発した。


「もしかして……ディノ?」


 それは、彼のおもちゃでしかなかったはずの、恐竜の名前。勿論、等身大のわけはなく、ミニチュアのおもちゃだ。少しでも考えれば、目の前のそれと精一郎が所持していたおもちゃが同一の存在であるわけがないのは明白。

 しかし眼前のティラノサウルスは、精一郎の囁くような呼びかけに反応し。

 そうだ、と肯定するかのように、天へと向かって咆哮を上げるのだった。

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