第46話 故障という報告
中国東部にある核融合発電施設の管理棟では、夜明け前から照明が落とされることなく、職員たちが慌ただしく行き来していた。
発電設備の運転室に設けられた大型表示盤には、施設内の電力供給状況が映し出されている。外部の送電網から必要な電力を受け取っているため、施設そのものの機能に支障はない。しかし、中央に配置された一つの項目だけが、ほかの正常な表示から取り残されるように灰色のままだった。
第一核融合炉。出力、ゼロ。
昨日まで、この施設で稼働していた日本製の小型核融合炉である。
もっとも、表示盤を見つめている職員の大半は、その装置が一度ここから運び出され、地下の軍事施設で起動を試みられたことを知らない。彼らに伝えられているのは、定期的な運転調整のために停止した装置に原因不明の異常が生じ、再起動できなくなったという説明だけだった。
その説明に疑問を抱く者がいなかったわけではない。だが、核融合炉の運用には日本との協定に基づく厳格な手続きがあり、現場の職員が独断で内部を調査することはできない。まして、昨夜のうちに装置の搬入が行われた理由を問いただせる立場の者は、ここにはほとんどいなかった。
午前五時を少し過ぎた頃、管理棟の会議室に陳文博が呼び出された。
室内には施設の運営責任者と数人の政府関係者が集まっており、その奥に劉振宇の姿があった。机の上には運転記録をまとめた資料が置かれている。
「日本側への報告書だ」
劉は挨拶もそこそこに、一冊の薄い書類を陳の前へ滑らせた。
「内容を確認しろ。技術的な記述に問題がなければ、今日中に提出する」
陳は書類を開いた。
冒頭には、登録済みの民生用施設に設置された第一核融合炉が、通常の運転停止後に再起動不能となった旨が記されている。続く欄には、運転管理者による再起動操作、外部電源の確認、接続系統の点検などが、時系列に沿って並べられていた。
形式は整っていた。使用されている専門用語も、おおむね正しい。
ただし、最も重要な数時間が、記録から抜け落ちていた。
「停止場所が違います」
陳が指摘すると、劉は眉一つ動かさなかった。
「現在の設置場所は正しい」
「現在の場所ではありません。停止したとき、装置はここにはなかった」
「その件は報告対象から外す」
劉の言葉に、施設の運営責任者が視線を落とした。
陳は書類を閉じず、記載された時刻を指で示した。
「この運転履歴では、装置が施設内にあったことになります。日本側が確認を求めれば、搬送記録や設備の接続状況と矛盾します」
「搬送に関する資料は管理部門で整理する。お前は技術上の不備があるかどうかを答えればいい」
「虚偽の運転履歴を提出すること自体が、技術上の問題です」
会議室の空気が重くなった。
劉は椅子に深く腰掛け、陳をしばらく見つめた。
「では聞くが、日本側に軍事施設への移設を申告した場合、何が起きると思う?」
「協定違反として扱われるでしょう」
「それだけか?」
「装置の運用停止、追加の調査、場合によっては返還要求もあり得ます」
「そうだ。しかも、我々は軍事施設で電力を受け取ってすらいない。装置は起動前に停止した。それでも、申告した瞬間に国家間の問題になる」
劉は机上の報告書を指先で叩いた。
「必要なのは、装置を正常に戻すことだ。日本の技術者が調査して修理できるなら、それで終わる」
「修理できると決まったわけではありません」
「だから調べさせる」
陳には、その考え方の危うさが理解できた。
核融合炉は、通常の発電設備とは違う。中国側が受け取ったのは、発電に必要な機能を備えた完成品と、その運用に必要な手順である。内部のあらゆる制御原理や安全機構を解析する権限まで与えられたわけではない。
外から確認できる情報だけで停止原因が判明する保証はなかったし、日本から派遣される技術者でさえ、装置の全機能を知っているとは限らない。
「日本側が原因を特定できなければ、どうするのですか」
「交換を要求する」
「交換したところで、停止した装置の説明は必要になります」
「そのとき考えればいい」
陳は返事をしなかった。
劉の目標は、装置を再び使えるようにすることだった。しかし陳にとっては、それ以前に解決しなければならない問題があった。
自分たちが、何をしたのか。
その事実を隠したまま、相手に原因を調べさせようとしている。
「私の名前を、運転記録の作成責任者として記載しないでください」
陳が静かに告げると、劉の表情が変わった。
「責任を逃れるつもりか」
「事実と異なる記録を、私が確認したことにはできません。技術的な意見書なら提出します。装置の分解や改造は行われていないこと、通常操作では再起動できないこと、原因が特定されていないこと。その三点は確認済みです」
「それ以外は書かないということか」
「移設と起動の経緯については、既に別の記録を残しています」
劉の目が細くなった。
陳はそれ以上説明せず、書類を机に置いた。
会議室を出る許可が下りたのは、それから十分ほど後だった。
廊下へ出ると、窓の向こうで朝日が昇り始めていた。敷地の外には工場地帯が広がり、遠くの道路を大型トラックが走っている。
いつもと変わらない朝だった。
その平穏な景色が、かえって陳には落ち着かなかった。
自分が保存した時刻記録は、まだ手元にある。地下施設への搬入、接続、起動操作、そして安全停止に至るまでの経緯を、少なくとも自分の目で確認した範囲については残していた。
ただし、それが装置内部の判定理由を証明するものではない。
陳に分かるのは、禁止された場所で起動を試みた直後に炉が停止したという事実までだった。
偶然の故障である可能性を、論理の上で完全に否定することはできない。だが、偶然だと信じる理由も、彼には見つからなかった。
午前九時過ぎ、中国側の運用窓口から日本へ、正式な故障報告が送信された。
そこには軍事施設の名前も、装置を移設した事実も記されていなかった。
ただ、登録済みの民生用施設で原因不明の停止が発生し、通常手順による復旧が困難になっていると説明されていた。
日本の技術支援を求める、丁寧な文章だった。
*
日本側の技術支援チームが現地に到着したのは、故障報告から二日後のことだった。
派遣されたのは、核融合炉の海外運用を担当する技術者三人と、契約・安全管理を担当する職員一人である。いずれも、装置の輸出と運用に関する研修を受けており、外部からの点検や通常の故障対応に必要な知識を備えていた。
ただし、彼らは装置の設計者ではない。
核融合炉の内部に組み込まれた特殊な保護機構についても、一般の技術者に開示されている情報は限られていた。
現地の運営責任者から説明を受けた後、技術チームの主任である佐伯は、運転室の表示盤を確認した。
「現在も外部系統から給電を受けているんですね」
「はい。発電施設としての運用に支障はありません。第一炉の停止分については、既存の電力網で補っています」
「第二炉は?」
「設置済みですが、こちらは予定どおりの運用準備段階です。今回の異常は第一炉のみです」
佐伯は頷き、携帯端末に情報を入力した。
日本から初めて輸出された核融合炉は、米国、中国、欧州にそれぞれ二台ずつ、合計六台。そのうち各地域の一台ずつが試運転を経て送電を開始していた。
中国に設置された二台のうち、第一炉は既に民生用の電力供給に使用されていた装置である。第二炉が正常であることは、少なくとも同じ地域にあるすべての装置で共通の問題が発生しているわけではないことを示していた。
もっとも、それだけで故障の範囲を判断することはできない。
「まず、こちらで許可されている外部診断を実施します。装置の封印状態も確認させてください」
佐伯の申し出に、中国側の担当者はすぐ応じた。
第一炉が置かれた設備室には、見慣れた白い筐体が設置されていた。
家庭用の大型冷蔵庫を思わせる大きさ。外観だけを見れば、これほど小さな装置が一つの地域の電力事情に影響を与えるほどの出力を持っているとは想像しにくい。
側面の管理表示は停止状態を示しており、通常運転時に点灯する項目は暗くなっていた。
佐伯たちは、装置に触れる前に外観を撮影した。
封印は保たれている。外部端子にも、目視で確認できる破損はなかった。
「分解された形跡はありませんね」
同行した若い技術者が言うと、佐伯は頷いた。
「少なくとも、外から確認できる範囲ではな」
続いて外部電源、接続端子、冷却系統の接続状態、周辺設備との通信状況を調べる。
どの項目も、明確な異常を示さなかった。
問題が見つかったのは、正規の診断端末を接続した後だった。
「再起動要求が受け付けられていません」
若い技術者が画面を見つめた。
「操作条件の不足ですか?」
「確認してみよう」
佐伯は診断画面を切り替え、通常の起動前確認項目を順に照合した。
周辺設備の状態、電力系統の接続、運転許可、外部から確認できる温度や圧力に相当する管理項目。どれも、手順書に定められた範囲に収まっている。
しかし、起動要求を送ると、装置はそれを受理しなかった。
表示されるのは、保護状態が継続していることを知らせる簡潔な通知だけだった。
「……保護解除ができないのか」
佐伯は小さく呟いた。
正規の診断画面には、保護状態の存在そのものは表示されている。しかし、その判断に至った内部条件の詳細までは出てこない。
一般の保守手順では、外部環境を確認し、運転条件を整えた上で再起動を試みる。それでも改善しなければ、より上位の技術支援へ引き継ぐことになっていた。
今回の状態は、まさにその範囲に入っている。
「故障コードは?」
「通常の故障分類に該当する詳細コードは取得できません。保護状態の継続という情報だけです」
「装置自体の通信は生きている?」
「はい。外部診断には応答しています」
佐伯は腕を組んだ。
完全に壊れている装置なら、何らかの異常が確認できることが多い。だが目の前の核融合炉は、外部からの問い合わせには応じながら、発電の再開だけを拒んでいた。
まるで、何かの条件が満たされるまで運転を許可しないと決めているようだった。
ただし、それが何を意味するのかは分からない。
「中国側から提供された運転記録を、もう一度確認させてください」
佐伯の要請に、運営責任者が資料を持ってきた。
記録には、通常停止後の再起動失敗が記されている。だが、装置が保護状態へ移行した瞬間の詳しい経緯については、説明が曖昧だった。
「停止した際、周辺設備で何か作業をしていましたか?」
「特別な作業はありません。通常の運転調整です」
「そのときの監視映像や、設備側の詳細ログはありますか?」
「現在、関係部門で確認中です。提出できるものから順次お渡しします」
佐伯は相手の顔を見た。
質問への回答としては、不十分だった。
もっとも、外国の発電施設では、設備の管理記録が複数の部門に分かれていることも珍しくない。すべての資料が現場に揃っていないというだけで、直ちに不正を疑うことはできなかった。
「分かりました。ただ、停止直前の状況は原因調査に必要です。できる限り、元の記録をそのまま提供してください。要約した資料だけでは判断できません」
「承知しました」
運営責任者は答えたものの、その声にはわずかな硬さがあった。
少し離れた場所でやり取りを聞いていた陳文博は、何も言わなかった。
佐伯が彼の存在に気づいたのは、昼の点検が終わった頃だった。
「陳先生。初回設置の際にもお会いしましたね」
「ええ。お久しぶりです」
「今回の異常について、先生は何かご存じですか」
陳は一瞬、佐伯の後ろに立つ中国側の管理担当者へ目を向けた。
「装置が通常操作で再起動できないことは確認しています」
「原因については?」
「まだ、確かなことは言えません」
慎重な返答だった。
佐伯はそれを、技術者としての節度だと受け取った。原因が分からない段階で推測を断定しないのは、むしろ正しい態度である。
「そうですか。こちらも同じです。内部の保護状態が解除されないことは分かりましたが、そこから先は通常の診断範囲では追えません」
陳は視線を上げた。
「日本の技術者でも、確認できないのですか」
「私たちに許されている診断手順では、という意味です。装置の内部には、一般の保守担当者が扱わない領域があります。そこに何が記録されているかまでは、私には分かりません」
「……そうですか」
陳は短く答えた。
その表情を見て、佐伯は少し不思議に思った。
落胆というより、何かを確かめたような顔だったからだ。
だが、佐伯が続けて質問する前に、施設の運営責任者が次の点検場所へ案内すると声をかけた。
陳は一礼して、その場を離れた。
午後になっても、調査は進展しなかった。
通常の再起動手順は既に試されている。外部診断では装置の通信機能が正常に動いていることを確認できたものの、保護状態が続く理由を特定する情報は得られない。
佐伯たちは、装置を分解することも、封印された領域へ独断でアクセスすることもしなかった。
協定に基づいて輸出された装置である以上、日本の一般技術者だからといって、すべての内部機構を自由に扱えるわけではない。
夕方、技術チームは現地での一次調査を終了した。
「現時点では、通常の故障対応による復旧は困難です」
佐伯が説明すると、中国側の運営責任者は険しい顔になった。
「装置を交換することはできますか」
「交換の可否も含めて、日本側で判断します。ただし、原因が分からないまま交換すれば、同じことが起きる可能性を排除できません」
「住民への電力供給に影響が出る恐れがあります」
「その点は報告します。現在は既存の電力網で供給できていると伺っていますが、予備電源の運用状況も確認させてください」
佐伯は、停止した炉を見た。
装置の外観は、初回の据付時と変わらない。
異常な音も、煙も、熱もない。
何も起きていないように見えるのに、肝心の発電だけが始まらない。
彼は現地での調査結果をまとめ、東京の技術支援窓口へ送信した。
報告書の結論には、次の一文を記した。
『外部設備に明確な異常を認めず。装置は保護状態を継続しており、通常診断の範囲では停止原因を特定できない。上位判断を要する』
その文章は、事実に忠実だった。
そして同時に、今回の問題を日本政府が直接扱うことになる、最初の報告でもあった。
*
翌朝、首相官邸の会議室には、関係省庁から集められた資料が並べられていた。
高瀬隆一首相は、中国の第一核融合炉に関する報告書を読み終えると、眼鏡を外して机に置いた。
「つまり、現地の技術者には原因が分からなかったということか」
「はい」
官房長官の三浦誠司が答えた。
「外部設備の異常は確認されておりません。装置の封印にも、目視で確認できる破損はありませんでした。現地で実施できる正規の診断手順は、ひととおり終えています」
「中国側の説明は?」
「通常の運転停止後に再起動できなくなった、というものです。ただし、停止直前の詳細記録については追加提出を求めている段階です」
高瀬は眉を寄せた。
「記録が揃っていないのか」
「提出された資料だけでは、停止の経緯を十分に確認できません。中国側は関係部門で整理中と説明しています」
技術顧問の白石理沙が、手元の資料を開いた。
「私たちが確認できる範囲では、装置は外部からの診断要求に応答しています。一方で、再起動の要求だけが受理されません。通常の故障分類に当てはまる情報も得られていないため、一般的な修理を試す段階ではありません」
「安全上の問題は?」
「少なくとも、現地調査では周辺環境に異常は確認されていません。装置も発電を停止した状態です。ただし、原因が不明である以上、あらゆる可能性を否定することはできません」
高瀬は小さく頷いた。
核融合炉の海外提供が始まってから、まだ長い時間は経っていない。米国と欧州では初期運用が続いており、中国でも第二炉の運用準備が進められている。
そんな時期に、原因の分からない停止が発生した。
それだけでも、政府にとっては軽視できない出来事だった。
「ほかの国で同じ現象は?」
「現時点で同様の報告はありません」
「ならば、中国の装置だけに起きた問題ということになるな」
「現在確認できているのは、そういうことです。ただし、設置環境や運転条件の違いが関係しているかどうかも分かりません」
白石は慎重に言葉を選んだ。
高瀬は再び資料へ目を落とした。
「中国側から、交換の要請は来ているのか」
「現地で要望が出ています。正式な外交ルートでは、早期復旧を求める連絡が届いています」
「交換するにしても、停止原因が分からなければ判断できん」
「はい。装置の問題であれば、他国への供給にも関係します。運用上の問題であれば、手順の見直しが必要です。いずれにせよ、現時点で断定はできません」
高瀬はしばらく考え込んだ。
中国側が提出した資料は不十分だが、それだけで協定違反と決めつけることはできない。故障が起きたという報告に対し、日本はまず技術的な調査を行う立場にある。
一方で、核融合炉は日本の既存産業が開発した装置ではなかった。
その構造や動作原理について、政府が知っていることには限界がある。
高瀬は三浦へ視線を向けた。
「ボスに相談するしかないな」
「私も、その必要があると考えていました」
「ただし、最初から中国が何かを隠していると決めつけるな。こちらに分かっている事実と、分かっていないことを区別して伝えてくれ」
「承知しました」
白石が資料をまとめながら口を開いた。
「技術的には、保護状態が解除されない理由を知りたいところです。ただ、装置にどのような内部記録が残されているかは、私たちには分かりません。まずは、調査可能な範囲があるか確認していただくのがよいと思います」
「そうだな」
高瀬は眼鏡をかけ直した。
「中国側には、追加記録の提出を引き続き求める。ほかの輸出先についても、通常の安全確認を続けてくれ。今回の件だけで、問題のない装置まで止める必要はない」
三浦は頷き、連絡用の端末を取り出した。
政府がボスとのやり取りに使用する連絡経路は、一般の行政連絡とは分けて管理されている。
もちろん、その経路を通じて相手へ連絡したからといって、いつでも都合よく回答が得られるとは限らない。
相手は政府機関の職員でも、契約で拘束された技術顧問でもないのだから。
三浦は、必要な情報を簡潔にまとめた。
中国に輸出した第一核融合炉が再起動できなくなったこと。現地での正規の点検では原因を特定できなかったこと。装置の保護状態が継続していること。そして、日本政府として、装置の状態について相談したいということ。
文章を確認し、送信する。
数秒後、端末には送信完了の表示が出た。
「連絡しました」
三浦が告げると、高瀬は椅子の背にもたれた。
「まったく、世界を変える技術を扱うというのは、簡単なことではないな」
その声に、技術を提供されたことへの不満はなかった。
むしろ、政府がどれほど慎重に制度を整えても、未知の技術を扱う以上、予想できない問題は起こり得るのだと改めて認識したようだった。
白石は机の上の報告書を見つめていた。
原因不明の故障。
それは現時点で最も正確な呼び方だった。
少なくとも、日本政府が把握している情報の中には、別の結論を導く証拠は存在していなかった。
*
中国の発電施設では、日本の技術支援チームが帰国した後も、停止した第一核融合炉が設備室に置かれていた。
第二炉の準備作業は続いている。既存の送電網も機能しており、施設の外を歩く人々が異常に気づく様子はなかった。
陳文博は、技術チームが残した点検結果を読んでいた。
外部診断では原因を特定できず、上位判断を要する。
その結論を見て、陳は予想していたことが現実になったと感じた。
日本の技術者たちは、装置の停止原因を見つけられなかった。
それは、装置に問題がないことを意味しない。
まして、軍事施設での起動が無関係だったと証明されたわけでもなかった。
陳は資料を閉じ、保存してある自分の記録を確認した。
軍事施設への搬入時刻。接続作業が完了した時刻。起動要求が行われた時刻。そして、保護状態への移行が確認された時刻。
それらは、中国側が日本へ提出した運転記録とは一致していない。
劉からは、これ以上余計なことをするなと念を押されていた。
陳は、まだ何も公表していなかった。
ただ、記録を消すこともしなかった。
画面を閉じた後、彼は窓の外へ目を向けた。
発電施設の敷地には、夕方の薄い光が差し込んでいる。遠くでは送電線が幾重にも伸び、街の明かりを支えるための電気が、今も絶えず流れていた。
あの小さな装置を初めて見たとき、陳は新しい時代が始まるのだと思った。
その考えは、今でも変わっていない。
ただし、技術がどれほど優れていても、それを扱う人間が正しいとは限らない。
そして、人間が何をしたのかを隠し通せるとも限らなかった。
机の上に置かれた日本側の報告書には、まだ原因不明と記されている。
その言葉がいつまで通用するのか、陳には分からなかった。
同じ頃、日本政府から送られた相談の連絡は、ボスたちのもとへ届こうとしていた。




