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お化け屋敷の怪演  作者: 遠山枯野
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3/4

怪演、再び

「リアルな演技は君たちのお望みだったよな。」


 恵と3年生部員4人の耳にねじ込まれたインカムを通して、芳沢の声が響く。いつもの彼の声ではない。罪人に制裁を加える悪魔のような重く低い声。芳沢は隣の理科準備室のデスクにいるようだ。


 当日の朝、開場前の打ち合わせのために理科準備室に集まった4人は、お化けの衣装に着替えた後、睡眠薬を飲まされた。開場時間は午後1時に変更され、それまでの間に4人は、芳沢の設置したお化け屋敷の中の拷問装置に眠ったまま拘束された。開場まで残り数分というところで、彼らはそろって目を覚ましたようだ。


 受付係の恵の耳にもインカムが取り付けられた。準備室に人を入れないように監視するなど、助手のような役割も担うことになった。


 インカムから芳沢が続ける。


「君たちの役割を説明しておこう。来場者が、お化けに変装した君たちの近くの床を踏む度にリレーが動作して、君たちの首をくくっているロープが上に跳ね上がる。一度上がるとそのままだ。ロープには棘がついていて、首に食い込むから痛いぞ。そして、やがて君たちは窒息して、首吊り死体になる。君たちが助かる方法は、来場者を怖がらせることだけだ。怖がって君たちから距離を置いてくれれば、君たちへの危害も軽減する。」


「・・・」


「君たちは化け物になりきるんだ。君たちが峰子にしてきたことは察しがついているんだ。今度は君たちの出番、というだけだ。」


 男2人、女2人はそれぞれ幽霊に変装して、文化祭のお化け屋敷の中でそれぞれの役割を果たしている。両足に重りを付けられ、首に天井からつるしたロープを括りつけられ、自由が利かない状態で立ったまま拘束されている。来場者から見れば、お化け屋敷の通路の両側の柵から上半身を出している幽霊だ。


 彼らの耳にはインカムがねじ込まれており、主催者からの音声が届けられてくる。マイクも常備されており、会話ができるようになっている。彼らはお互いには距離を置いて配置されており姿は見えないが、発する声はマイクを通して全員が聞くことができる。


 恵は呆気にとられた。ここまで、やるとは聞いていなかった。そしてインカムの主は恵にも制約を加えた。


「それから、恵、お前が変なことをすると、4人とも即、消すからな。俺の部屋からもリレーを操作して、ロープを上げる操作が可能だ。人を呼びに行くとか、バカなこと考えるなよ。出入口も廊下もカメラで監視している。それから、インカムも絶対外すな。」


 インカムに京子の声が響いた。


「恵、あんた、絶対、余計なことすんなよ!」


 恵自身にも制約が科されるのは当然である。怖くなって、計画を邪魔する可能性もあるのだから。

最初の来場者は、この高校の制服を着たカップルだった。女性の方が男性の腕に抱き着いて歩いてくる。最初の位置に配置されていた啓太の声がインカムを通して聞こえた。


「た、助けてくれ、君たち。俺たちは・・・ぐほぅ、・・」


 ほどなくして、芳沢の声。


「あ、言い忘れていた。余計なことしゃべる度に俺がロープを上げてくからな。お前たちはお化けの仕事にちゃんと専念しろよ。」


 カップルの女性の声が微かにインカムのマイクに乗った。


『さすが、レベル違うわね。妙にリアルじゃない。』


 続いて、京子の迫力ある声。


「ぎゃーーー!恨めしやーーー!」


 カップルの女性の飛びのくような声。


『きゃーー!びっくりした。』


 芳沢の声。


「そうそう、その調子だ、京子!」


 カップルの女性は怖がって、通路の京子とは反対側の隅っこを迂回しながら通過したのだろうか。ところが、次の瞬間、京子がうめき声をあげた。


「ぶほぉ、ギャー!」


 カップルの男性の声


『うぉ、すげーリアル。さすがに、実際の首吊り現場だよな。怨霊がとりついているかのようだ。』


 おそらく、男性の方は女性をかばうように通路の中央を通過したため、京子の首を括るロープがせりあがったのだろうあがったのだろう。


 来場者が通過するたびに彼らは必死で演技をした。インカムからは耳をつんざくような叫び声が、聞こえてくる。


 芳沢の声。


「恵、来場者の評判はどうだ。」


 恵が状況を淡々と伝えると、芳沢が不気味な笑いを含んで言った。


「やっぱり、リアルなお化け屋敷は評判みたいだな。お前ら大人気だよ、ハッハッハ。」


愉快そうに続ける。

「そうそう、頑張って怖がらせて、客を迂回させることができれば、お前ら助かるかもな。つらいか? でも、自業自得だよ。それを思い出してもらうために、BGMと行こうか。」


 1年前の峰子の金切声が流れる。嫌でも記憶が蘇る。まるで、お前たちも同じ痛みを知れ、と訴えかけているようだ。



 恵は、もっとも懸念していた事態にならないのが、不思議であった。いや、暗に予期していたことでもあった。


 4人の中の誰かが、インカムを通して、芳沢に恵の罪を話してしまうことだ。


 衝撃的な内容なので、彼もさすがに一度は耳を貸すだろう。今朝、眠らされた後に取り上げられた、4人のスマホを使って、証拠となる動画にもアクセスできる。しかし、それをしないのはなぜか。


 一つの可能性に思い至った。きっと、クラウドのフォルダには、あの動画以外にも見られたくない動画が一緒に格納されているのだろう。峰子を散々、虐待している動画。


 それを今の芳沢が見たら、何をされるかわからない。神経を逆なでするようなことはこれ以上したくないのだろう。このまま終わってくれることを願った。


 客の途切れた合間を縫って、京子が懇願した。


「ねえ、あれは事故か、自殺でしょう。とはいえ、私たちだって責任は感じてた。だから、十分、反省した。1年間、苦しんだんだよ。先生だって、指導教員なのに現場をちゃんとチェックしなかったんだから、悪いんだよ。」


 芳沢の声。


「お前らはいっつもそうだな。上っ面だけの言い訳しかできない、こんなグズに若い才能が消されたのが腹立たしいんだよ。事故にしたって、自殺にしたって、お前らが殺したのも同然だろう。俺は、前日に最終チェックはしたが、こんなことまでしているなんて聞いてなかったよ。お前らが峰子をいじめていることも薄々、感付いていた。去年、お前らが文化祭の練習をしていたと言っていたあの放課後、峰子のあの奇声だって、お前たちが実際に峰子を痛めつけていたんだろう。あの時はお前らに言いくるめられたが、よくよく考えたら、その可能性高い。あの傷だってそのときのものだ。お前たちさえいなかったら峰子は死なずに済んだんだ。」


 明美の声がする。


「ぐうう・・・もう限界!息ができない。お願い、助けて・・・」


 ちょうど3人組の女性客が受付に現れた。先頭にいた強気な女性が威勢よく言った。


『わたし、絶対怖くないから。いくわよ!』


  彼女たちが入場して間もなく、インカムからの明美の声。


「ぎゃーーー!恨めしや―!ぐほぉ、ぐええええ」


 ほどなくして、入り口から女性客の一人が飛び出してきた。シャツの中央を真っ赤に染めている。


「ちょっと、あのお化け、口から血吐き出したんだけど。お気に入りの服なのに。弁償してよね!」


 恵が駆けつけ、タオルで女性のシャツに着いた血を拭きながら、フォローする。


「本当にもうしわけありません。必ず、きれいにして返しますから。」


 女性は手に付着した血の匂いを嗅ぐ。


「なにこれ、まさか本物?」


「いいえ、本物そっくりに作った血液ですよ。」


 インカムから芳沢の声。


「明美は、次が最後かな。演技が下手糞だから悪いんだぞ。」


 文化祭終了の17時まで残り1時間を切っている。4人が始末され、芳沢は逮捕される。恵もただでは済まされないだろうが、あの動画さえ、表に出なければ、あとは自分の演技で何とかできる。そんなことを考えていると、啓太のか細い声がインカムから聞こえてきた。


「なあ、先生。本当は、峰子は殺されたんだよ。」


 恵は眩暈を感じ、足がふらついた。


「はあ?助かりたくて、口から出まかせ言ってんのか。」


「お願いだ、聞いてくれ・・・」


「で、だれがどうやって殺した。」


「やったのは、恵だよ。」


「はあ?」


「俺たちがセッティングしたとき、峰子の足は確かに段ボールの束の上に着いていたわけだし、危なくなったら、首の周りのロープを手で握れば、首とロープの間に隙間を作れる。だから、誰かが下の段ボールを一部外した可能性が高い。首吊り死体は放置されると伸びあがってくるから、後から死体だけ見ても、首吊り前にどんな状態だったかなんてわからないだろう。

 死亡推定時刻の9時少し前から10時までの間、あそこを通ったのは開場前の最終確認をした恵と何組かの来場者だが、事情を知らない来場者がそんなことをするはずもない。

 実は現場を捕らえた動画があるんだ。」


「ほお。じゃあ、さっそく見せてもらおうか?」


「クラウドに保存されている。俺のスマホからアクセスできる。」


 逃げなければ。インカムを外して、椅子から立ち上がろうとした恵は腕をつかまれ、入り口からお化け屋敷の中に投げ入れられた。体が固まって動けない。


 芳沢はやかましい金切声のBGMを停止させ、「準備中」の張り紙を扉に張って、自身も中に入ると、壊れるほどの勢いで扉を閉めた。


「さて、白状してもらおうか、このタヌキ女!」


 再び腕をつかまれ、引きずられるように、明美の前まで連れて来られた。瀕死状態の明美は首吊り治具から拘束を解かれ、床に放り出された。芳沢は明美から外された足の手錠と重りを恵の足に取り付け、恵を立ち上がらせて、首吊りのロープの高さを調整した。


 恵は抵抗しようとするも、髪の毛をつかまれて、ロープの輪の中に首をねじ込まれた。芳沢が床を踏むと、ロープがせりあがり、恵の首を絞めつけた。もう逃げられない。


 目の前の芳沢が啓太の所有物と思われるスマホを操作している。インカムを通して、啓太からスマホのロックキーとクラウドのパスワードを聞き出しているようだ。


「これか・・・で、どの動画だ・・・、どれどれ・・・あったぞ、ちょうどあの日のあの時間のだ。」


 首吊り装置のリレーが作動しないように、芳沢は恵の目の前の床を避けた。恵の斜め前に立っているが、いつでも足を伸ばして、床を踏みつけられる状態だ。


 恵の位置から、角度は悪いものの、動画の開かれる画面が見えた。そして、芳沢の人差し指が再生ボタンを押す。

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