怪演の余波
1年生部員の中で演劇部に残ったのは恵だけだった。2年生4人の機嫌を取りながら、言いなりになるしかなかった。部内のすべての雑用を押し付けられただけでなく、女性2人からはストレス解消のための暴力の対象となった。男性2人からは性的な行為を強要された。
このままで壊れてしまう。警察に駆け込んで、すべて自白してしまおうか、とも考えた。しかし、こんなことで屈したくもなかった。拷問を受けているような日々だった。
なんとか、あの動画を消すことができれば。しかし、恵が入り込める隙などなかった。
4月になり、恵は2年生に上がったが、新入部員はだれも入ってこなかった。京子たちは3年になり、やっと自分たちが主役になる番が回ってきたわけだが、後輩がほとんどいない部活としては廃れていく方向だった。謹慎期間を過ぎたが、事故がきっかけで精神的に病んでいた芳沢は引き続き休職した。
その年の文化祭まで残り1か月に迫る秋のある日、約1年ぶりに芳沢が復帰した。
「今年の文化祭もお化け屋敷の出し物だけは継続させてほしい。」
芳沢は、反対する他の先生たちに訴えた。伝統ある演劇部の復活のためにも、リベンジしたい、今度は自分も準備に携わり、万全の状態で運営する、ということだった。
芳沢の願いが通り、今年のお化け屋敷も文化祭にエントリーされた。2年生部員がいないため、今年も京子たちが担当する。彼らも少しは罪の意識があったのか、思い出したくなかったのか、辞退を願い出たが、芳沢の懇願もあって、結局は引き受けた。
恵の思惑通りである。
夏の暑さが和らぐころ、峰子に好意を寄せていた芳沢を利用することを思いついた。彼はきっと峰子の死に心を痛めたに違いない。自責の念もあったはずだ。
恵は、京子たちが峰子を虐待しているところ、それから、あの日の朝、嫌がる峰子に首を括らせているところを一部始終動画に撮っていた。これを今の彼に見せたらどうなるか?
恵は「峰子の事故のことで、今まで言えなかったことがある」という手紙を送り、休職中の彼と会う機会を得た。そして、動画を見せた。彼のやつれていた顔に生気が戻るかのようだった。それは悲しみが怒りに変わる瞬間に見えた。どこに向けていいかわからず、自分に向けていた矛先を「怒り」という形でやっと他に向けることができるようになったのだろう。
峰子が首を吊ったのが事故だったとしても、あいつら4人が強要して、危険な目に合わせたことが原因だ。あるいは、自殺だったとしても、あいつらの苛めのせいだ。きっとそう考えるはずだ。
恵は「私がどんな目に合うかわからないので、私がこれを見せたことは決して感づかれないように気を付けてほしい」とだけ言い残してその場を後にした。
2回目に彼に会ったとき、ある計画を打ち明けられた。そのときは恵に詳細までは話してくれなかったので、まさか、あそこまでするとは思い至らなかった。自分たちが峰子にしたことに罪の意識を持ってほしい、それを少しだけ4人にわからせるだけだ。その程度に思っているように感じた。
恵としては、4人と芳沢を敵対させることで、自分に向いている4人の攻撃意識が少しでも逸れてくれたら、あわよくば、芳沢が4人を処分してくれたら、と考えていた。見込みは甘かったかもしれない。それどころか、4人がクラウドに隠し持っている動画を明るみにするというリスクもある。しかし、恵にはもはやできることがなかった。
去年と同様に恵は受付係を務める。残っていれば、本来は自分たちの年代が担当していた企画であることを思い出した。
今回は芳沢が、大半の設備を準備してくれたようだ。カメラのような設備もつけて、隣の理科準備室で補助もしてくれるようだ。長い病から完全復帰したのだと生徒たちは思っていた。
開催前日、先輩4人と恵は放課後に集まった。京子が言った。
「準備の手間が省けて良かったね。面倒だから、去年と同じ段取りでやろう。」
啓太が言った。
「本当に先生、大丈夫なのか。1年間もメンタル病んでたんだろう。」
明美が言った。
「大丈夫よ、あんなに明るくなってさ。吹っ切れたみたいじゃん。」
武司が言った。
「でも、あんなことがあって、またお化け屋敷って、正気なのか。」
明美が言った。
「それはさ、峰子さんのためにも、ってことでしょう。犠牲を無駄にしたくないんじゃない。」
啓太の表情が少し曇る。
「お前ら、少しは罪の意識ないのか。」
明美が返した。
「だって私たち、何もしてないし・・・。罪悪感に苦しんでいるのはあんたぐらいだよね。ねぇ、恵。」
恵は下を向いた。




