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お化け屋敷の怪演  作者: 遠山枯野
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最初の怪演

 高校1年秋の文化祭、演劇部先輩の2年生たちが中心となって運営したお化け屋敷は異常なほどのリアリティを追求したものだった。


 恵は1年生ながら受付係として召集されていた。開場時刻の9時まで残り5分、セットの最終確認のため、順路に従って、お化け屋敷の中を歩いた。


 『実験室の怨霊』というテーマで理科室を使って設定された会場では、黒カーテンで窓を閉め切った教室の蛍光灯が落とされ、暗い空間は、赤や緑のライトで仄かに照らされていた。女性の金切声を吹き込んだBGMが断続的に聞こえてくる。


 手形をした血の跡を無数に付けた壁が連なり、迷路のように入り組んだ通路を形作っていた。途中の窪みには、理科の実験小道具や人体模型などが置かれ、気が狂った科学者や幽霊に扮した4人の先輩たちが、間隔を空けてスタンバイしていた。


 実験室の奥の角に位置する最終パートでは、白い衣装を着た女性が、天井から吊るされたロープで首をくくられている。暗い部屋の中、腰のあたりから、顔に向かって放たれたグリーンのライトが苦悶の形相を照らしていた。人体実験で焼け爛れたのであろう痛々しい皮膚が、乱れた髪の間からのぞいていた。


 恵と同じ新入部員の峰子は演技がズバ抜けて上手く、1年生にもかかわらず、3年生に混じって、大役に抜擢されることが多かった。伝統的に上下関係の厳しいサークルだったため、2年生たちからの妬みも相当だったに違いない。峰子も目上の人への気遣いに無頓着であったため、なおさら鼻に突いたのだろう。

 

 それでいて、演劇部指導教員の芳沢に才能を高く評価され、贔屓されているのが傍目にもわかる。峰子は先輩たちから冷たくあしらわれ、恵たち同級生部員たちも先輩たちの矛先が自分たちに向くのを恐れ、庇うこともしなかったため、彼女は部内で孤立していた。


 秋の文化祭、3年生たちは本格的な舞台の出し物をして、2年生たちがお化け屋敷を担当する、というのが通例になっていた。演劇部としての思い出作りも兼ねていたため、さすがに1年生の峰子が飛び級で抜擢されることはなかった。開催まで残り2週間を切ったある日、2年生の京子が、芳沢に提案した。


「先生、今年のお化け屋敷の件、峰子さんにも入ってもらっていいですか?ほら、私たちの学年、部員が少なめだし、峰子さん、演技上手いから、きっと盛り上がると思って・・・」


 どういうわけか、恵もそれに付き合わされることになった。峰子一人では心細いだろう、受付やアンケート収集など裏方をやってもらったらどうか、ということだった。結局、自分は脇役でしかないのだろうか。気乗りしない恵は重い腰を上げて、放課後のミーティングへ向かった。


 峰子とは、中学の頃、同じ演劇教室に通っていたころから付き合いがあったが、ある出来事をきっかけに絶交状態にあった。教員なんて生徒の表面的なところしか見てないから、付き合いが長いというだけで、恵がもっとも親しい同級生と思い込んでいたのだろう。


 開きっぱなしの扉から理科室に入ると、啓太、武司、京子、明美の2年生部員4人と峰子がすでに椅子に座って、テーブルの一つを囲んでいた。京子が栗色の髪をかき上げて、こちらを一瞥すると、口を開いた。


「全員そろったみたいね。始めようか。恵さん、扉閉めて。」


 企画の準備は2年生たちがすでに進めているようだった。黒カーテンや仕切りに使う段ボール、血糊を塗りたくった白衣、緑や赤のライト機器、人体や骸骨の模型などが向こうのテーブルの上に置かれていた。


 啓太が、やせ細った長身を起こして、ホワイトボードの前に立ち、企画のコンセプト、準備の進捗、当日の段取りを淡々と説明した。説明が終わると、獲物を捕らえる蛇のような眼光をした京子が峰子の方に体を向けて言った。


「峰子さんも私たちと一緒にお化けをやってもらいます。実験で体をぼろぼろにされたことを苦にして自殺した幽霊。あなたが最大の見せ場よ。お似合いでしょ。それから、恵さんは受付係ね。」


 峰子は不安そうな目で辺りを見渡している。恵は演技力で劣るだけでなく、喉の障害のせいで高い声を出せない。雑用係になるのは予想できたことだ。


 京子と明美は互いに無言で頷きあうと、峰子を座っている椅子ごと、ロープで縛りつけた。


「何するんですか、先輩。」


「知らない?お化け屋敷って、叫び声とかをBGMで流しておくと、雰囲気が出てね、効果的なんだよ。これからその音を収録するの。」


「なんで、私を縛る必要があるんですか・・・」


 京子は無視して続けた。


「明美、録音の準備できてる?・・・うん、じゃあ、峰子さん、恐怖の叫び声をあげてみて!」


「え?」


「早くしなさい!」


 峰子は深呼吸すると、奇声を発して、演技を始めた。


「キャーーー!」


 京子が何かをキャビネットの引き出しから取り出して、こちらに向かってくる。


「へぇ?その程度?全然、リアリティないね。そんな下手糞な演技しかできないなら、仕方ないよね。明美、手を押さえて。」


 明美が峰子の左手を広げさせ、手首に体重をかけて机に押さえつける。明美は両手で握ったハンマーを峰子の手の甲めがけて振り下ろした。


「ギヤ――――ッ!」


「いい声ね!その調子よ!」


 さらに、もう一発、振り下ろす。


「ギヤ――――ッ!」


「やればできるじゃないの。」


 武司が細い目をさらに細くして、にやにやと眺めている。


「女の本気の叫び声って、なんかムラムラしてくるよな。なあ、啓太。」


「くそ、変態が。おれはお前とは違う。芸術として妥協したくないだけだ。」


 理科室の扉の開く音にびくりとする。振り向くと、演劇部指導教員の芳沢が立っていた。彼はこの学校では物理と科学を教えている。


「おい、何の騒ぎだ。」


 縛られている峰子を体の陰に隠しながら、京子が言った。


「ああ、先生、お化け屋敷の練習してたんです。つい熱が入っちゃって。」


「なるほどな、ほどほどにしろよ。」


 芳沢は出て行った。


「さて、次は、このバーナーで腕をあぶっていこうかしら。いい声出してね。リアリティ上げてかないと、私たちも先輩に怒られちゃうから。」


「や、やめてください!いやーーーー!」


 啓太が間に入った。


「おい、それは、やりすぎだろう。十分、リアルな声が取れたんだし、もういいだろう。近所迷惑だしな。」



 やがて本番当日の朝を迎えた。お化け屋敷のセッティングは昨日のうちに済ませてあった。照明の微調整を終えた恵は、隣の理科準備室に2年生たち4人と峰子を呼びに行った。


 血糊のついた白い衣装、ゾンビのように不気味な特殊メイクをした顔。メイクはすでに終わっているようだ。


「じゃあ、持ち場に着こうか。」


 京子を先頭に演技者たちは理科室に向かった。恵が遅れて入ると、奥で2年生たち4人が峰子を取り囲んでいるのが見えた。


「峰子、あんたはここ。首を括りな。」


 天井からつるされたロープに、白い衣装を着た峰子が首をかける。足場には黒く塗った段ボールが何枚も重ねられている。いかにも宙に浮いているように、見せようというのだろう。暗い部屋の中、腰のあたりから、顔に向かって放たれたグリーンのライトが不気味な形相を照らした。京子が言った。


「なんか、いまいちなのよね。下に台があるのバレバレじゃん。もうちょっと、段ボール減らしてさ、そうそう、つま先立ちで、がんばって・・・苦しくなったら、両手で紐つかんじゃっていいからさ・・・これで耐えてみて・・・」


「無理ですって・・・」


 不安に顔をゆがめる峰子を気にも留めず、京子は段ボールを数枚抜き取る。


「こんなもんか。」


 9時の開場が近づいていたため、そこで解散して、それぞれの持ち場に着いた。


 恵はBGMをオンにし、最終確認のために一通り見回りをした後、受付に戻り、「営業中」の札を出して、来場者が訪れるのを待った。


 来場者は徐々に増えていき、午前中だけで二十数組に達した。恵は入口での受付と、出口でのアンケート配りを一人でこなさなければならず、休む暇もなかった。来場者の声が耳に入った。


「さすが、演劇部だな。最後の首吊り、まじで本物みたいだったな。ぞっとしたよ。」


 やがて昼休みになり、一時休憩となった。恵が「準備中」の張り紙を出すと、2年生の4人が入り口から出てきた。


「恵さん、昼食行ってくるわね。峰子さんにも声かけといて。」


 恵は峰子の持ち場に向かった。


「峰子、お疲れ。お昼だってよ。」


 こうしてみると、本当に不気味だ。うつむき加減で、手をだらりと下げて、重力のすべてを首に巻かれたロープに預けている姿。


「ほら、もう演技は終わり・・・え?」


 足元に目を向けると、束ねた段ボールの上に載っているはずのつま先がだらりと揺れている。つま先の先端は段ボールの束の上から外れていた。恵は急いで、峰子の胴体を持ちあげ、首に巻かれたロープを外して、床に寝かせた。首にはロープの痕が痣となって残っていた。息をしていなかった。


 救急車が来て峰子は運ばれていった。警察が到着すると、その日の文化祭は中止となり、現場検証が行われた。

 2年生4人と恵は口裏を合わせることにした。そして、一人一人が渾身の演技をした。


 京子が顔を覆った。


「ごめんなさい!私たちは危ないからやめようって。でも峰子さんが、これぐらいやらないとリアリティが出ないって。私たちも自分たちの持ち場に集中していたから、ずっと気が付かなかったんです。まさか、こんなことになってるなんて・・・」


「腕にある、あざや、やけどの痕に心当たりは。」


「わかりません。もしかして、家庭内暴力かもしれません。峰子さん、あまり家庭で上手く行ってないようなことを言っていましたから。」


 実際、峰子の家庭環境は良くなかった。母親がDVを受けているという噂もあった。明美が付け加えた。


「もしかしたら、峰子さん、自殺だったんじゃ・・・、きっとそうよ、あああ、なんでとめられなかったんだろう、私たち・・・」


 峰子は病院に運ばれたが息を吹き返すことはなかった。


 2日間に渡る現場検証でも事件性を示す証拠は見つからず、事故の可能性が高い判断されて、捜査は打ち切られた。


 峰子は無理な演技をしようとして、足を滑らせ、首が締め上げられたという結論に至ったようだ。


 芳沢は監督不行き届きによる処分として、今年度いっぱい自宅謹慎することとなった。この事故が演劇部の印象を悪くし、当時の1年生部員は次々に退部していった。


 恵も退部届を出そうとした矢先、2年生の先輩たちに呼び出された。放課後の理科室だった。恵は教室の隅で4人に取り囲まれた。最初に啓太が冷たい声で口を開いた。


「これを見てみろ。」


 啓太は手に持っていたスマホの画面を恵の目の前に突き付けた。動画が再生される。


 あの時、首を吊るされた峰子の姿。そこに恵が現れた。間違いない。開場前、見回りをしていた自分が撮影されていた。


 吊るされた峰子を見上げる自分。


 お互いに言葉を交わした後、恵がしゃがみこんで、峰子の足元をいじっている。傍から見て、足場に積まれた段ボールを調整しているように見えるが、恵自身の陰になって確かなことは捉えられていない。


 恵は再び峰子と言葉を交わし、その場を去っていく。


 直後、ロープをつかんでいた峰子の腕がだらりと下がり、ぐったりとした峰子の体が微かに揺れた。


 死亡推定時刻が9時少し前~10時の間であることを思い出す。この時、まさに峰子は息絶えたのだ。


 京子が腕を組んで見下ろしている。不気味な笑顔が言い放った。


「あんたがやったんだよね。」


 恵は体中から血の気が引いていくのを感じた。まさか、撮影されていたとは・・・


 あの位置は4人からは死角になるはずだ。峰子の前のパートの啓太が、偶然、移動して、峰子と話している恵を見つけた、そして、こっそり撮影したのだろう。


 開場には、事前に録音されていた峰子の金切声がBGMで流れており、恵と峰子の会話の内容はかき消されていた。4人に聞かれないようにこそこそと話したため、会話の声量自体も小さいのでなおさらだ。このことが恵の運命を決定づけた。


「あんたさ、峰子のこと、実は憎んでたんだってね。同級生から聞いたよ。」


「・・・」


「この日の動画は、私たち4人の秘密のクラウドで、ちゃーんと保存してあるからね。」


 恵の首に腕を巻き付けて、京子が顔を近づけてきた。


「大丈夫だよ、恵ちゃん。私たち絶対に漏らしたりしないからさ。だからね、これからはちゃんと私たちの言うこと聞くんだよ。」


 それから、恵にとって地獄の日々が始まった。

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