怪演の幕
峰子とは中学の頃に同じ演劇教室に通っていた。小さな教室だったが、二人の演技力は周囲と比べれば群を抜いており、お互いにライバル視していた。主演を巡って競うこともあり、当初は、お互いに高めあうような関係だったが、次第に険悪な関係になっていった。
恵が高い声が出せなくなったのは、峰子のせいだ。
峰子の家庭は上手く行っていないようだった。父親は闇の商売に手を染めている、母親が家庭内暴力を受けている、という噂があった。不思議とお金の羽振りは良く、そこそこお金のかかる教室にも、支障なく通うことができていた。
一方の恵の方は、母子家庭ということもあり、生活費も切迫していた。最初の1年間こそ、値引きもあって、教室の費用を用意できたが、これ以上続けることは困難だった。中学生なのでアルバイトもできない。
峰子は父親の影響なのか、社会の裏の事情に詳しかったのだろう。教室に通うお金に困っていた恵に闇風俗を紹介した。そこで感染症にかかってしまった。それが元で喉に障害が残り、高い声が出せなくなった。一生消えない心と体の傷だ。本来、未成年の売春は犯罪となるが、峰子の父親の力でもみ消されてしまった。
高校の演劇部に入ってから、峰子だけが優雅な道を進んでいくのを見て、毎日のように憎しみに心が支配された。特に、恵が出せなくなった甲高い声を出している峰子に対して、憎しみが倍増したのは言うまでもない。
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これから、峰子のやかましくて、甲高い金切声とともに動画が始まるはずだ。
芳沢はじっと動画を注視している。暗闇の中で表情が見えないことが返って不気味さを引き立てる。
恵は耳を覆いたかった。お願い、峰子、叫ぶのをやめて。
しかし、聞こえてきた動画の音声は予想したものとは違った。あのときの状況、そのものだ。
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開場前の見回りに来た恵は、吊るされている峰子の前で立ち止まった。峰子が目を微かに開けて、こちらを見た。
「恵、私の事、憎んでるでしょう?今ならやれるよ。」
「・・・」
峰子の哀れな姿を見て、恵は憎悪が薄れていくのを感じていた。峰子は続ける。
「私もう疲れちゃった。家にも学校にも居場所がない。私は暴力を向けられる対象、逃げる場所なんてない。これを最後の演技にする。」
「最後って何よ・・・」
「早く行きなさい。怖い先輩たちに怒られるよ・・・」
恵はしゃがみ込むと、峰子の足元の段ボールをさらに上積みして足場を提供しながら、言った。
「大丈夫、私、何も恨んでない。いつか、あたしたちの時代が来るから、我慢するんだよ。」
「うん。」
小さくうなずく峰子を見つめて、恵は優しい声で言った。
「段ボール増やしといたから、これでだいぶ楽になったでしょう。お昼にまた来るからね。」
「ありがとう・・・」
恵が去った後も動画は続く。
ロープの輪を握っていた峰子の腕がだらりと下に垂れる。
「・・・芳沢先生、期待に応えられなくてごめんなさい、私もう壊れちゃった・・・」
峰子がそうつぶやいた瞬間、彼女の首が締め上げられる。
彼女の足元は暗く、動画からは分からないが、自らの意思で段ボールの束から足を踏み外したことは明白だった。
*
芳沢は膝から崩れて、スマホを持ったまま、茫然と薄暗い宙を見つめている。
恵はやっと状況を理解できた。これが元の動画なのだ。あのとき、啓太が恵に見せた動画は、この元の動画に峰子の金切声を重ねて、加工したものだ。
今、考えてみれば、あの動画の不可解さに気付く。
会話を遮るほどの音量のBGWを流した覚えはない。恵自身が嫌っている音でもあるのだ。
しかも、金切声は断続的なものだった。一瞬の叫びの間には長い静寂がインターバルとして入る。絶えず、会話をかき消すような連続的な流れにはなっていない。
あのときは・・・峰子の発する高い音に対する不快感が冷静な判断をゆがめてしまったのだろうか?
あいつらの悪質な細工と演技にまんまと騙されて、心身を削り取られてしまった、自分の愚かさを呪った。
秋の夕暮れ、お化け屋敷の中の闇は一段と深まり、17時を知らせる「家路」のメロディーが聞こえてきた。長きにわたる悪夢が幕を閉じようとしている。




