銀脈根
銀色殻と蒼輝石を別々の布へ包み、装置から離して固定した。
画面は暗くなった。
だが、最後に表示された文字は頭から消えない。
《HOST UNKNOWN》
宿主、未確認。
部品は揃っている。
組み立てることもできる。
それでも、何へ取り付けるものなのか分からない。
人間。
宇宙服。
植物。
川辺に残された設備。
どれも可能性でしかない。
ここまで生き延びられたのは、未知のものを見つけるたび、使う前に一度止まったからだ。
だから今回も、完成は後回しにする。
代わりに確かめたいことがあった。
銀色殻を、四つ目の生物たちへ見せたらどう反応するか。
普通の黒光実の殻は、彼らにとって明確な価値がある。
群れで地中へ運び、保管している。
だが、濃縮粒子によって変化した銀色殻は、見た目も内部構造も違う。
彼らは同じ殻として扱うのか。
危険を感じて逃げるのか。
あるいは、用途を知っているのか。
蒼輝石を持っていた彼らなら、装置より先に何かを示す可能性がある。
時刻は午後二時五十分。
私は銀色殻だけを布へ包み、木を降りた。
*
巣穴の前へ直接置かない。
出入りを塞げば、贈り物ではなく障害物になる。
以前、黒い殻を積んだ場所に近い、平らな土の上を選ぶ。
銀色殻を置く。
布は回収する。
私は数メートル下がり、地面へ腰を下ろした。
手には何も持たない。
両手が見える位置。
身体を低くし、視線も一匹へ固定しない。
待つ。
三十秒。
一つの穴から灰色の頭が出た。
四つの目が、私と銀色殻を交互に見る。
次の穴。
さらに別の穴。
一匹。
二匹。
やがて十匹以上が地上へ現れた。
いつもなら、黒光実や殻を見つけると数匹がすぐ動き始める。
今回は違った。
誰も近づかない。
群れ全体が距離を保ったまま、銀色殻を見つめている。
恐れているようには見えない。
逃げる準備もしていない。
ただ、普段とは違うものとして認識している。
その中から、一回り大きな個体が前へ出た。
これまで見ていた個体と同じ種であることは分かる。
だが、体格だけではない。
額に、細い銀色の模様が走っていた。
毛の色が違うのか。
皮膚の下で何かが光っているのか。
距離があり、詳細までは分からない。
大きな個体は、ゆっくり銀色殻へ近づいた。
鼻先を触れそうな位置まで寄せる。
「……キィ」
低く、短い声。
それまで地上にいた個体たちが、同時に頭を下げた。
私に向けた動きではない。
銀色殻へ向かっている。
群れにとって、ただの資源ではないのかもしれない。
危険物なら、もっと遠ざかるはずだ。
食料や巣材なら、運び始めるはずだ。
しかし彼らは動かない。
大きな個体だけが、銀色殻を前足で持ち上げた。
私は巣へ運ぶと思った。
普通の殻と同じように、地下へ保管するのだと。
だが、そいつは巣穴へ向かわなかった。
銀色殻を抱えたまま、私の方へ歩いてくる。
一歩。
また一歩。
足元まで来る。
そして、殻を静かに置いた。
さらに前足で一度だけ押す。
こちらへ。
受け取らない。
返された。
私はすぐ手を伸ばさなかった。
大きな個体は、口元を動かした。
何か小さなものを取り出し、銀色殻の横へ置く。
細い根だった。
長さは十五センチほど。
植物の根に見える。
だが、表面には青白い結晶が付着し、内部を通るように銀色の筋が走っている。
普通の根ではない。
地中から掘り出したばかりなのか、土が少し付いていた。
大きな個体が私を見上げる。
四つの目すべてが、こちらへ向いている。
「キッ」
一声。
言葉ではない。
何を意味しているかは分からない。
それでも、行動の順番は明確だった。
銀色殻を持ち上げた。
私の前へ戻した。
別のものを置いた。
相手の意図を、人間の都合で「これを使え」と翻訳するべきではない。
ただ、銀色殻は受け取られず、代わりに根が差し出された。
それだけは事実だった。
私は大きな個体が少し下がるまで待った。
最初に銀色殻を布で包む。
次に、根へマルチツールを近づける。
熱はない。
強いエネルギー警告も出ない。
青白い結晶は、川の粒子を濃縮した粉より大きい。
銀色の筋は、根の表面へ付着したものではなく、組織の中へ入り込んでいるように見える。
私はそれを別の布へ包んだ。
仮称。
銀脈根。
銀色の脈を持つ根。
四つ目の生物たちは、普通の黒い殻を積極的に集める。
銀色殻は受け取らない。
その違いを理解している。
そして銀脈根を持っていた。
彼らが、この星の粒子や生体フィルターの仕組みを理解しているとは限らない。
人間も、使っているすべての物質を理解しているわけではない。
習性として扱い方を知っているだけかもしれない。
それでも、彼らの行動には区別があった。
黒い殻は地下へ。
銀色殻は私へ戻す。
銀脈根を渡す。
この群れは、私より多くのことを知っている。
少なくとも、地中にあるものについては。
*
銀脈根を得たあと、私はその場を離れず、群れの様子を見た。
大きな個体は巣穴の近くへ戻っている。
他の個体も、いつものように土を掘り、殻を運び始めた。
私への警戒は弱い。
逃げない。
足元近くを通る個体もいる。
その光景を見て、一つ試してみたいことが浮かんだ。
彼らの一匹が、巣から離れて私について来られるか。
捕まえない。
袋へ入れない。
餌を見せて無理に誘導もしない。
ただ、こちらの意図を行動で伝えてみる。
私はしゃがみ、自分の胸を軽く指差した。
次に、巣から離れる方向へ数歩歩く。
振り返る。
手を差し出す。
「一緒に来る?」
言葉は通じない。
声の調子に意味を持たせることもできない。
だから、同じ動きをもう一度繰り返す。
胸を指す。
進む。
振り返る。
群れの何匹かが首を傾げた。
「キッ?」
一匹が二歩だけ近づく。
そこで止まる。
誘っていることは伝わっていないのかもしれない。
あるいは、伝わっていても行きたくない。
私はポーチを確認した。
普通の黒光実の殻が一つだけ残っている。
以前、実験用に保管していたもの。
それを地面へ置いた。
私は後ろへ下がる。
大きな個体が殻を見る。
短く鳴く。
群れが殻へ集まり、数匹で回収し始めた。
そのあと、一匹の若い個体が私の方へ来た。
体が少し小さい。
銀色の模様もない。
私はゆっくり歩き始めた。
五メートル。
後ろを見る。
ついて来ている。
十メートル。
まだ来る。
二十メートル。
若い個体は、ときどき地面の匂いを嗅ぎながら進む。
三十メートル。
私との距離は五メートルほどを保っている。
近づきすぎず、離れすぎない。
巣穴から約四十メートル。
若い個体が止まった。
私を見る。
巣の方向を見る。
また私を見る。
「キィ……」
小さな声。
それ以上は進まなかった。
私は手招きを繰り返さなかった。
戻りたいなら戻ればいい。
少し待つ。
若い個体は地面を前足で二回掘った。
小さな穴ができる。
その中には、黒光実の殻が埋められていた。
巣穴から離れた場所にも、殻の保管場所がある。
一定間隔で資源を置いているのか。
避難時に使うのか。
地中の通路がここまで伸びているのか。
若い個体は殻の位置を確認したあと、巣へ引き返していった。
連れて歩くことはできなかった。
だが、私について来ること自体を、群れは止めなかった。
大きな個体も怒らない。
彼らには巣から離れられない絶対的な規則があるわけではない。
ただ、一定以上の距離を嫌う。
地上を長く移動する習性がない。
あるいは、殻の保管地点から先を危険と感じている。
この関係は、家畜やペットではない。
命令することもできない。
相手には相手の生活と範囲がある。
それでも、短い距離なら行動を共にできる可能性がある。
私は巣へ戻った若い個体を見送り、銀脈根を持って立ち上がった。
大きな個体が最後に二度鳴いた。
「キッ……キッ」
そして、前足で地面へ線を引く。
一本。
二本。
三本。
北東の方向へ顔を向け、そのまましばらく動かなかった。
偶然かもしれない。
だが、装置が湖で示したフィルターモジュールの方向も、北東だった。
同じ方向。
案内しているのか。
地中の何かを示しているのか。
単なる習性か。
今は判断しない。
記録だけする。
北東。
三本の線。
そして、銀脈根。
*
北東へ向かうことはしなかった。
時刻は午後三時半。
日没までに往復できる距離か分からない。
別のフィルターモジュールがあるとしても、食料にはならない。
私は今日、透明魚を食べることに成功した。
だが、毎回魚を捕まえられるとは限らない。
植物性の食料も必要だった。
下流で採った赤紫果。
長首草食獣が食べていた青緑色の葉。
そして黒光実。
加熱した時の変化を比較する。
湖なら消火用の水があり、焚き火の跡も残してある。
私は試料を持って、再び湖へ向かった。
赤紫果を二個。
黒光実を一個。
青緑色の葉を二枚。
銀色殻、蒼輝石、銀脈根は仮拠点αへ置いていく。
未知の部品を、食料実験へ持ち込む理由はない。
湖畔へ着く。
前に並べた石は、そのまま残っている。
燃え残りの枝も乾いていた。
火口へ使用済み繊維を置き、乾燥草を重ねる。
火花石を打つ。
前回より少ない回数で火がついた。
一度成功した手順は、二度目には早くなる。
ただし、省略はしない。
周囲の枯れ草を除く。
消火用の湖水を置く。
風向きを確認する。
まず赤紫果。
半分に切る。
中の果肉は透明感のあるゼリー状。
種を取り出し、別に保存する。
果肉を串へ刺し、弱火へ近づける。
最初は表面が揺れるだけだった。
数分。
甘い香りが強くなる。
果肉は水のように溶けない。
粘りが増し、ジャムに似た状態へ変わった。
色は鮮やかな赤紫のまま。
焦げにくい。
私は耳かき一杯ほどを冷まし、舌先へ乗せた。
甘い。
魚より、はるかに強い糖分を感じる。
苦味なし。
舌の痺れなし。
飲み込む。
十分待つ。
異常なし。
次に青緑色の葉。
長首草食獣が実際に食べていた植物。
そのまま火へ入れず、表面を炙る。
小さな水滴が葉から浮き出した。
香りは青リンゴに似ている。
地球の植物と同じ成分とは限らないが、刺激臭ではない。
ごく小さな一片を口へ入れる。
苦い。
すぐ吐き出すほどではない。
数秒後、口の中が妙にすっきりした。
冷たい水でゆすいだような感覚。
十五分待つ。
異常なし。
食料として大量に食べられるかは分からない。
少なくとも、加熱した少量で急性症状は起きなかった。
最後に黒光実。
これは食べるためではない。
高濃度粒子を入れた時には、銀色殻へ変化した。
水へ沈めれば、保水繊維になる。
では、熱だけを与えた時はどうなる。
実を串へ固定し、火へ近づける。
一分。
変化なし。
二分。
黒い殻の表面が少し茶色くなる。
三分。
パキッ。
殻が自然に割れた。
私はすぐ距離を取った。
だが、透明なゼリーは噴き出さなかった。
内部でゆっくり炭化していく。
青白い光もない。
銀化もしない。
熱だけでは、特別な変化は起きない。
黒光実の反応に必要なのは、単に刺激ではなく、粒子と環境の組み合わせらしい。
水と粒子。
高濃度粒子。
熱だけ。
同じ実でも、条件によって結果はまったく違う。
私は試験結果を書き留めた。
赤紫果。
加熱で粘度増加。
甘味増加。
少量摂取、急性症状なし。
青緑葉。
加熱で香り変化。
苦味。
口腔内の爽快感。
少量摂取、急性症状なし。
黒光実。
加熱のみでは炭化。
粒子反応なし。
実験を終え、赤紫果の種を片付けようとした時、小さな鳥型生物が近づいてきた。
透明な膜の翼。
以前、赤紫果をつついていた種類。
焼けた魚や果実の匂いに引かれたのかもしれない。
私は動かずに待った。
鳥型生物は地面へ降りる。
赤紫果の果肉ではなく、取り出した種へ近づいた。
一つをくわえる。
そのまま飛び去った。
以前は果肉を食べているように見えた。
今回は種を持ち去った。
食べるためか。
巣へ運ぶのか。
別の場所へ落とすのか。
植物の種を運ぶ役割を持っている可能性もある。
赤紫果は、鳥型生物に食料を与え、種を遠くへ運ばせる。
地球の植物にもある仕組み。
この星でも、似た関係が成り立っているのかもしれない。
時刻は午後四時十八分。
体調は安定している。
今日はこれ以上探索しない。
私は焚き火を完全に消し、仮拠点αへ戻った。
*
帰路の途中、四つ目の生物たちの巣へ立ち寄る。
残っている試料を置く。
赤紫果を一個。
黒光実を一個。
少し離れて観察する。
数分後、群れが出てきた。
最初に向かったのは黒光実。
いつものように持ち上げようとする。
だが、一匹が途中で動きを止めた。
別の個体が赤紫果へ近づく。
鼻先を動かす。
匂いを嗅ぐ。
もう一匹も寄る。
誰も食べない。
しばらくすると、一匹が赤紫果を前足で転がし始めた。
コロ。
コロ。
巣穴とは逆方向。
五メートルほど離れた、柔らかい土の場所へ運ぶ。
前足で穴を掘る。
赤紫果を入れる。
土をかぶせる。
それで終わった。
食べない。
巣へも持ち帰らない。
埋める。
保存するためか。
腐らせるためか。
発芽させるのか。
黒光実とは扱いが明確に違う。
黒光実は、群れ全体で地中へ運ばれた。
赤紫果は、巣から離れた土へ埋められた。
四つ目の生物たちは、果実の種類を区別し、それぞれ別の方法で扱っている。
人間の食料として安全かどうかは別として、彼らの行動は植物の性質を知る手がかりになる。
仮拠点αへ戻ったのは午後五時十八分。
銀色の装置の電源を切る。
銀色殻。
蒼輝石。
銀脈根。
三つを別々の布へ包む。
同じ袋の中でも、距離を空けて固定する。
意図しない反応を避けるためだ。
保水繊維の寝床を整える。
空腹は大きくない。
焼いた赤紫果と青緑葉を少量試し、魚も食べている。
水分も十分に残っている。
日が沈み始める。
私は木の上から、赤紫果を埋めた場所を見た。
地面は静かだった。
四つ目の生物たちも、いつものように穴へ戻っていく。
空が暗くなる。
川の青白い光が強くなる。
そして、夕日が完全に消えた瞬間。
赤紫果を埋めた場所が、一度だけ光った。
青白い光。
地面の下から脈打つように、ほんの一瞬。
見間違いかと思うほど短い。
だが、私はその場所を見ていた。
確かに光った。
四つ目の生物は、赤紫果を捨てたのではない。
少なくとも、何かが起きる場所へ埋めた。
地中の粒子。
植物の種。
彼らの巣や保管場所。
関係はまだ分からない。
私は木を降りて確かめなかった。
夜が始まっている。
現地生物が地下へ隠れる時間に、地上へ出る理由はない。
位置と時刻だけ記録する。
今夜は観察を終える。
保水繊維を身体へ巻き、枝葉の隙間へ身を伏せる。
遠くから、下流の轟音が聞こえた。
ゴォォォ……。
昨夜より、はっきりしている。
風向きが違うだけかもしれない。
音の発生源が強くなっているのかもしれない。
今日は木を叩く音はない。
四つ目の生物たちの巣も静かだ。
私は銀脈根を包んだ布が動いていないことを確認し、目を閉じた。
銀色殻を渡した。
返された。
代わりに根を受け取った。
北東を示す三本の線。
埋められた赤紫果の光。
分からないことは増え続けている。
それでも、最初の日とは違う。
今は、未知を一人で見ているわけではない。
言葉の通じない小さな群れが、私の行動へ反応し、彼らなりの答えを返している。
その答えを理解できるかどうかは、私次第だった。




