表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/37

森に溶ける装備


 湖畔前線基地βを離れる前に、私は持ち帰るものを一つずつ確認した。


 未調理の透明魚、三匹。


 取り分けた骨。


 半透明の鱗。


 煮沸した湖水。


 雨水。


 残った赤紫果。


 釣り竿と骨針。


 食料を得る方法は安定し始めている。


 水も、雨と湖の二つから確保できる。


 仮拠点αには屋根があり、湖畔には前線基地βがある。


 ここまでに作ったものは、どれも暮らすための道具だった。


 だが、暮らしが広がるほど、危険へ遭遇する範囲も広がる。


 竹林では、生物が近づかない銀節竹を見た。


 森の奥には、装置が異常地点と示す場所がある。


 夜には、正体の分からない音が木々の間を移動する。


 今は何も襲ってこない。


 それは、これからも安全だという意味ではない。


 身を守る準備が必要だった。


 重い鎧ではない。


 動けなくなれば、危険を防ぐ前に逃げられなくなる。


 森の中で目立たず、小枝や軽い引っかき傷を防ぎ、必要な時だけすぐ着られるもの。


 そして、近づかれる前に距離を取れる道具。


 帰り道では、武器や防具へ使える素材を探すことにした。



     *



 弓の弦に必要なのは、細く、強く、伸びすぎない繊維だった。


 これまで使ってきた丈夫な蔓は、ロープや釣り糸には使える。


 しかし水を吸うと少し伸びる。


 弓を引くたびに長さが変われば、同じ方向へ矢を飛ばすことは難しい。


 竹林の近くへ差しかかった時、以前採取した弾性茎を思い出した。


 内部が中空ではなく、細かな繊維で満たされていた植物。


 全体は強くしなる。


 その表皮を細く剥ぐ。


 外側は硬い。


 だが乾燥させると、内側から丈夫な繊維が現れた。


 一本を両手で引く。


 普通の蔓より伸びが少ない。


 強く引いても切れない。


 何本かを撚り合わせれば、弓弦として使える可能性がある。


 私は生きている茎を大量に傷つけず、倒れかけたものや採取済みの端材から四束分だけ確保した。


 仮称、弾性繊維。


 帰路の間、肩から提げた運搬筒は安定していた。


 魚が内部で激しく動く音はない。


 蓋も外れない。


 水筒も漏れていない。


 両手を空けたまま、素材を拾い、周囲を確認できる。


 容器を作った意味は、物を多く運べることだけではなかった。


 危険に対して手を使える。


 歩き方を崩さない。


 生活道具は、そのまま生存装備でもある。


 仮拠点αへ戻ったのは午後三時五分。


 日没まで、まだ二時間ほどある。


 私は魚を日陰へ置き、まず防護服へ取りかかった。



     *



 宇宙服には、外気を直接吸わないための機能がある。


 だが、森を歩くための外装としては弱点もあった。


 枝へ擦れる。


 尖った植物へ引っかかる。


 表面へ目立つ傷が増えれば、気密性にも影響する可能性がある。


 銀節竹の周辺や、白殻樹のような未知の植物へ近づかなくても、移動するだけで細かな危険はある。


 宇宙服そのものを加工することはできない。


 傷をつければ、修理できない。


 その上へ重ねる、脱着可能な防護層を作る。


 素材を並べる。


 保水繊維。


 苔。


 大きな葉。


 丈夫な蔓。


 透明魚の鱗。


 保水繊維は柔らかく、引っ張りにも強い。


 ただし、厚く重ねると水分を含んで重くなる。


 全身を包むのではなく、細い帯状へ裂き、網のように編む。


 宇宙服へ直接縫い付けない。


 前で結び、肩と腰の蔓を外せば、すぐ脱げる形にする。


 胴体。


 肩。


 前腕。


 太腿。


 小枝が当たりやすい場所を中心に覆う。


 内側には、乾いた苔を薄く挟む。


 厚く入れれば動きを妨げる。


 必要なのは、軽い衝撃を和らげる程度。


 胸と前腕には、透明魚の鱗を並べた。


 一枚では小さい。


 重ね方をずらし、魚の身体についていた時と同じように、上の鱗が下の鱗を覆う。


 骨針で保水繊維へ穴を開け、細く裂いた蔓で固定する。


 硬い板ではない。


 強い牙や爪を止めることもできない。


 それでも、鋭い枝が直接宇宙服へ触れることは減らせる。


 外側へ大きな葉を部分的に取り付ける。


 身体全体を葉で覆えば、歩くたびに大きな音が出る。


 必要なのは輪郭を崩すこと。


 肩。


 背中。


 腰。


 周囲の植物と同じ高さで揺れる位置だけ。


 立ったまま数歩歩く。


 葉が擦れる。


 少し音が大きい。


 取り付け位置を減らす。


 葉の付け根を強く固定せず、歩行に合わせて自然に動くよう調整する。


 木の下へ降り、数メートル離れた場所から拠点を振り返る。


 葉と苔の色が森へ溶ける。


 人間の形が完全に消えるわけではない。


 だが、宇宙服の人工的な輪郭と表面は見えにくくなった。


 再び着る。


 肩の結び目。


 腰の結び目。


 腕の固定。


 一分もかからない。


 脱ぐ。


 さらに早い。


 寝る時まで着続ける必要はない。


 危険な場所へ向かう時だけ羽織れる。


 偽装防護服、第一号。


 軽量。


 着脱可能。


 小枝や軽い引っかき傷を軽減。


 森で目立ちにくい。


 ただし、大型生物の攻撃を防ぐ装備ではない。


 防護服という名前だけで、守られていると誤解しないこと。


 私はその注意も記録した。



     *



 次は弓。


 竿へ使った空洞竹ではなく、弾性茎を選ぶ。


 空洞竹は軽く、しなる。


 しかし、強く曲げ続けた時の耐久性が分からない。


 弾性茎は内部まで繊維が詰まり、力を抜けば元へ戻る。


 自然な反りを利用し、長さを調整する。


 表面を削りすぎない。


 外側の繊維を切れば、引いた時に折れる可能性がある。


 中央部は持ちやすいよう、乾いた布と細い蔓を巻く。


 両端へ浅い溝を作る。


 弾性繊維を三本撚り合わせ、弓弦にする。


 最初から強く張らない。


 弱い張力。


 弓を少し曲げる。


 戻る。


 繊維に裂け目なし。


 張力を上げる。


 もう一度。


 弾性茎全体が均等に曲がる。


 一か所だけが大きく曲がっていない。


 さらに調整する。


 弓弦を指で弾く。


 短い音。


 蔓のような大きな伸びはない。


 矢も必要になる。


 細い竹の端材を、真っすぐなものだけ選ぶ。


 先端には透明魚の骨。


 すべてを鋭い矢にする必要はない。


 最初の試射では、平らに削った練習用の先端を使う。


 後端へ切れ込みを入れ、弓弦を受ける。


 矢羽の代わりに、半透明の鱗を左右へ貼る。


 樹脂で固定。


 鱗が完全な羽の役割を果たす保証はない。


 だが、飛行中の姿勢を安定させる面にはなる。


 私は拠点から離れた倒木を目標にした。


 背後に生物がいないことを確認する。


 矢の進む先を横切るものがない。


 初めは五メートル。


 弦を半分だけ引く。


 放す。


 シュッ。


 矢は倒木の下へ落ちた。


 方向は大きく外れていない。


 弦を少し強く引く。


 十メートル。


 矢は倒木へ当たり、跳ね返る。


 さらに調整。


 鱗の角度をそろえる。


 矢の重心を確認する。


 十五メートル。


 放す。


 矢は真っすぐ飛び、倒木へ当たった。


 深くは刺さらない。


 だが、飛距離と方向は実用になる。


 次に骨矢。


 魚の細い骨を先端へ差し込み、樹脂と蔓で固定する。


 強い力で撃たない。


 まず倒木へ向け、半分の張力。


 骨の先端が表面へ刺さった。


 抜く。


 固定部は外れない。


 狩りや威嚇。


 小型生物へ距離を取るための道具。


 大型生物へ対抗できる威力はない。


 それでも、石を投げるより遠くへ正確に届く。


 竹骨弓、第一号。


 練習矢六本。


 骨矢四本。


 矢は使えば失う。


 骨矢を無駄に撃たない。


 この武器の目的は、未知の生物を倒すことではない。


 近づかずに済む可能性を増やすことだった。



     *



 日没まで、あとわずか。


 私は接近された時の道具も作ることにした。


 弓は距離がある時に使える。


 森では枝や木が多く、矢を引けない場面もある。


 相手が近い時、マルチツールだけでは腕の長さまで近づかなければならない。


 長い棒があれば、距離を保てる。


 空洞竹を一本選ぶ。


 長さは約二・二メートル。


 持ち運べる範囲で、できるだけ長く残す。


 先端へ、透明魚の丈夫な背骨を差し込む。


 自然な突起を削り、尖らせる。


 樹脂で固定する。


 その上から、丈夫な蔓を十字に巻く。


 樹脂だけへ頼らない。


 接着が弱くなっても、蔓が骨を保持する。


 火の近くで樹脂を少し温める。


 液状にしすぎない。


 蔓の隙間へ染み込み、冷えると固定される程度。


 倒木へ突く。


 ドスッ。


 骨の穂先が表面へ刺さる。


 引く。


 抜けない。


 もう一度、強く突く。


 柄は大きく曲がらない。


 固定部も外れない。


 竹槍、第一号。


 長い間持ち歩けば、枝へ引っかかる。


 狭い場所では使いにくい。


 だが、小型から中型の生物を近づけないためには役立つ。


 水辺でも、深さを確かめる棒や、魚を追い込む道具として使える。


 武器専用ではない。


 用途を一つに限定しないことは、素材を節約することにもつながる。



     *



 未調理の透明魚は、三匹ある。


 そのまま一晩置けば、傷む可能性がある。


 湖畔前線基地βで気づいた新しい課題。


 保存。


 塩は見つかっていない。


 冷蔵設備もない。


 乾燥させる。


 煙を当てる。


 それで腐敗を遅らせられるかもしれない。


 ただし、拠点のすぐ下で魚を長時間燻せば、匂いが木や寝床へ残る。


 捕食者を呼ぶ可能性がある。


 私は仮拠点αから約三十メートル離れた、風通しのよい場所を選んだ。


 四つ目の生物たちの巣穴からも離す。


 石で新しい火床を作る。


 大きな炎は使わない。


 枝を燃やし、赤い熾火が残る状態にする。


 煙がゆっくり出続けるよう、少し湿った木片を加える。


 透明魚を二つに分けた。


 一匹は今日食べる。


 いつもどおり完全に火を通す。


 残りは保存実験。


 身を骨から外す。


 細かくすりつぶす。


 厚い塊では、表面だけ乾いて内部に水分が残る。


 薄く、平らに広げる。


 竹の細片を格子状に組んだ網へ載せる。


 火から約七十センチ。


 炎が直接届かず、熱と煙だけが当たる距離。


 風向きが変わるたび、位置を調整する。


 煙は目に見える。


 だが、宇宙服の外気警告に新しい反応はない。


 それでも直接吸い込まない位置へ立つ。


 一時間。


 魚の表面が乾き始める。


 色は白から薄い褐色へ変わる。


 裏返す。


 二時間。


 水分はかなり抜けた。


 煙の香りが付いている。


 腐敗臭はない。


 ただし、完全には乾いていない。


 中央はまだ柔らかい。


 一晩かけてさらに乾燥させる必要がある。


 その間、奇妙な違いがあった。


 今日食べる魚を焼いている側には、小さな虫が集まってきた。


 火へ近づきすぎず、匂いの周囲を飛んでいる。


 だが、煙を当てている魚のすり身には、一匹も寄らない。


 同じ魚。


 同じ場所。


 違いは、煙。


 煙には、乾燥させる以外に虫を遠ざける効果がある可能性がある。


 保存とは、腐敗だけを遅らせることではない。


 虫に食べられない。


 卵を産み付けられない。


 それも重要だった。


 私は記録へ書く。


 燻製魚ペースト、試作。


 長時間の煙で乾燥。


 虫は近づかない。


 保存可能期間は未確認。


 焼き上がった魚を食べる。


 湖水と雨水を飲む。


 骨は回収する。


 日没はすでに過ぎていた。



     *



 片付けの最中、煙の向こう側で光が見えた。


 一つではない。


 四つ。


 低い位置。


 こちらを見ているように並んでいる。


 私は動きを止めた。


 弓へ手を伸ばさない。


 竹槍も構えない。


 四つの青白い光。


 四つ目の生物なら、一匹の目と同じ数だ。


 だが、距離がある。


 煙と暗さで身体までは見えない。


 光は近づいてこない。


 しばらくその場に留まり、やがて森の奥へ消えた。


 四つ目モグラ。


 それとも別の生物。


 確認はできない。


 私は火を消した。


 保存実験用の魚は、雨の当たらない風通しのよい場所へ吊るす。


 地面へ置かない。


 小動物の手が届きにくく、煙が少し残る位置。


 竹製運搬筒も木の枝へ吊るす。


 水は十分。


 雨水。


 煮沸済み湖水。


 武器は寝床から手の届く場所へ置いた。


 竹骨弓。


 竹槍。


 マルチツール。


 偽装防護服は着たまま眠らない。


 すぐ羽織れるよう、寝床の横へ置く。


 濡れた部分がないことを確認し、葉が音を立てないようまとめる。


 身体を保水繊維へ包む。


 今日は十分に動いた。


 湖畔前線基地β。


 魚の確保。


 運搬。


 防護服。


 弓と矢。


 槍。


 保存食。


 生活を広げる作業と、守る準備を同じ日に行った。


 森の夜は静かだった。


 だが、以前の静けさとは違う。


 私は少しずつ、異常でない音を覚えている。


 葉が揺れる音。


 夜行性の鳥の声。


 遠くの湖から来る風。


 地面の下で、四つ目の生物が土を掘る音。


 すべてへ身構える必要はない。


 いつもの音を知ることが、異常な音を見つけるための基準になる。


 深夜。


 一度だけ目が覚めた。


 空には二つの月が見えた。


 淡い光で、森の輪郭が青白く浮かぶ。


 巣穴の方向から、小さな明かりが動いていた。


 四つ。


 先ほどと同じ。


 私は息を潜めて見る。


 別の四つが、隣に現れた。


 八つ。


 二匹の四つ目モグラ。


 並んで歩いている。


 一匹が足を止めた。


 木の上を見上げる。


 四つの目が、こちらへ向いた。


「キッ」


 小さな一声。


 警戒を知らせる鳴き方ではない。


 群れを呼ぶ声でもない。


 意味は分からない。


 それでも、以前のように私を見てすぐ逃げることはない。


 彼らはしばらく木を見上げ、再び森の中へ消えた。


 煙の向こうに見えた四つの光も、彼らだった可能性が高い。


 魚の匂いを見に来たのか。


 煙を確かめたのか。


 私の行動を観察していたのか。


 答えはない。


 ただ、彼らの活動範囲が巣穴の周囲だけではないことは分かった。


 私は武器へ手を伸ばさず、再び横になった。



     *



 朝日は午前六時二分に昇った。


 身体の疲労は抜けている。


 痛み。


 発熱。


 食事による異常。


 どれもない。


 私は最初に、保存実験中の魚を確認した。


 表面は、昨夜よりしっかり乾いている。


 指で押しても、水分は出ない。


 中央にはわずかに柔らかさが残っている。


 完全な乾燥食品ではない。


 それでも腐敗臭はない。


 煙の香りが保たれている。


 虫に食べられた跡もない。


 一晩の保存には成功した。


 何日保つかは分からない。


 食べて安全かどうかも、少量ずつ確かめる必要がある。


 だが、魚を釣った日にすべて食べ切らなくてもよい可能性が生まれた。


 それは、遠くへ進むための条件でもある。


 湖から離れる日。


 雨で釣りができない日。


 怪我で移動できない日。


 保存食があれば、食料を得られない時間を越えられる。


 私は乾いた魚ペーストを布へ包んだ。


 装備を見る。


 偽装防護服。


 竹骨弓。


 骨矢。


 竹槍。


 空洞竹水筒。


 竹製運搬筒。


 釣り竿。


 六日目の朝。


 この星で暮らすための基盤は整った。


 次に必要なのは、その生活圏の外へ進むこと。


 四つ目の生物が示した北東。


 銀色の装置が指す方向。


 そこへ向かう準備が、ようやくできていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ