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湖畔前線基地β


 次の朝、私は空洞竹を一本、寝床の前へ置いた。


 雨水を集める。


 湖水を運ぶ。


 魚を釣る。


 三日目までに、それぞれの方法は形になっていた。


 だが、魚を捕まえたあと、それをどう持ち帰るかという問題が残っている。


 これまでは一匹ずつ布へ包み、手や物資袋で運んでいた。


 一匹ならそれでもいい。


 しかし、釣り竿が実用になれば、複数の魚を捕れる。


 手で持てる量を超えれば、釣る技術があっても食料を拠点へ運べない。


 しかも生の魚は水分が多い。


 布へ包んだだけでは他の荷物を濡らす。


 血や匂いを森へ残せば、未知の生物を引き寄せる可能性もある。


 釣れるようになったなら、持ち帰る手段も必要だった。


 私は空洞竹の中でも、節と節の間が長い一本を選んだ。


 水筒の時とは違い、飲み口を小さくする必要はない。


 魚を入れ、取り出せる大きさが必要だ。


 片側の節は底として残す。


 反対側は大きく開く。


 空洞竹は硬い。


 無理に刃を押し込めば、マルチツールを傷める。


 自然に裂けた端から、硬石を楔のように当て、少しずつ開口部を広げた。


 鋭く裂けた繊維を平板石で磨く。


 指を入れても宇宙服や布を傷つけない程度まで滑らかにする。


 内部も洗う。


 細い枝へ布を巻き、奥までこする。


 竹の中へ残っていた透明な液体や、削りくずが魚へ触れないよう、雨水を何度か通した。


 次は蓋。


 完全な密閉にはしない。


 魚を生のまま入れるなら、内部に湿気と熱がこもる。


 密閉すれば保存できるとは限らない。


 むしろ、傷みを早める可能性がある。


 厚い葉を数枚重ね、開口部を覆う。


 中心へ細い枝を一本通し、形が崩れないようにする。


 丈夫な蔓を回せば、簡単には外れない。


 それでいて、結び目を一つ緩めればすぐ開けられる。


 容器の底には、保水繊維を使わなかった。


 水を保持する素材を敷けば、魚が長く濡れた状態になる。


 代わりに、雨のあとに採った乾燥しかけの苔を薄く敷く。


 魚から落ちる余分な水分を受け止め、運搬時の衝撃も和らげる。


 側面には、ごく小さな穴を数か所開けた。


 魚や果実が落ちない大きさ。


 大きな虫が入りにくい大きさ。


 それでも空気は通る。


 完全密閉ではなく、通気性を持たせた運搬容器。


 最後に、丈夫な蔓を肩掛け紐として取り付ける。


 手を塞がずに運べる。


 弓や槍はまだない。


 それでも、湖へ行く途中でマルチツールをすぐ使えるよう、両手を空けておくことには意味があった。


 試験として、魚の骨と硬石を中へ入れる。


 蓋を閉じる。


 肩へ掛けて歩く。


 軽く走らず、身体を左右へ動かす。


 中身が一か所へ強くぶつかる音はしない。


 蓋も外れない。


 容器そのものが重すぎることもない。



 完成した運搬筒を、空のまま使えるとは判断しなかった。


 最初に乾いた骨と小石を入れる。


 蓋を閉じる。


 肩へ掛け、木の周囲を一周する。


 身体を屈める。


 枝をまたぐ。


 木へ登る直前の姿勢まで試す。


 中で骨が激しく跳ねる音はしない。


 蓋もずれない。


 次に、底へ敷いた苔へ少量の水を落とした。


 水は広がり、すぐには竹の底へ溜まらない。


 吸いすぎるようなら魚から水分を奪う可能性がある。


 逆に少なすぎれば、運搬中に液体が底へ溜まる。


 苔の量を半分に減らす。


 容器を傾けても、内部から水が流れ出さない程度。


 それで固定する。


 側面の通気穴から、光が小さく入る。


 大きすぎる穴はない。


 虫が入りにくく、空気だけが抜ける。


 使う前に弱点を見つける。


 それは、屋根や釣り竿を作った時と同じだった。


 竹製運搬筒。


 魚なら四、五匹。


 赤紫果のような小さな果実や、濡らしたくない資材も運べる。


 竹を加工した時に出た端材も捨てない。


 輪切りになった節は、小さな皿になる。


 縦に裂けた細片は、串やヘラへ使える。


 削りくずは、火口や焚き付けになる。


 素材が限られているから無駄にしないのではない。


 一つの素材へ、最初から複数の用途がある。


 それが少しずつ分かってきた。



     *



 運搬筒ができると、私は湖までの往復を思い返した。


 仮拠点αから湖へ向かう。


 魚を捕る。


 焚き火の準備をする。


 水を沸かす。


 食べる。


 荷物をまとめ、またαへ戻る。


 湖へ着いてから作業を始めるたび、座る場所を探し、道具を地面へ置き、火を囲う石を並べ直していた。


 同じ場所を使うなら、毎回すべてを最初から作る必要はない。


 湖の近くに、小さな作業拠点を残す。


 夜を過ごす場所ではない。


 貴重な装置を保管する場所でもない。


 釣り、火起こし、水の処理を行うための中継地点。


 仮拠点αとは別の役割を持つ場所だ。


 私は持ち物を必要最低限へ絞った。


 試作釣り竿。


 骨製釣り針。


 竹製運搬筒。


 空洞竹水筒。


 雨水を入れた容器。


 火花石。


 乾燥草。


 マルチツール。


 丈夫な蔓。


 銀色装置や蒼輝石、銀色殻、銀脈根は持っていかない。


 今日は文明の痕跡を調べる日ではない。


 生活圏を広げる日だった。


 湖へ着いたのは午前八時二十分。


 まず水辺へ近づかず、周囲を見る。


 前回の焚き火跡は残っている。


 魚の群れも見える。


 新しい大型生物の足跡はない。


 だが、湖岸へ直接拠点を作れば、増水した時に浸かる。


 魚を釣るたびに地面を踏み荒らせば、浅瀬へ来なくなる可能性もある。


 私は水辺から約二十メートル離れた高台を選んだ。


 湖面は見える。


 風も通る。


 それでいて、岸から少し離れている。



 高台を選んだあとも、すぐ作業へは入らなかった。


 地面の傾斜を見る。


 雨が降った時、水が湖側へ流れるか。


 逆に、森の奥から泥水が集まる場所ではないか。


 倒木の下に巣穴がないか。


 地面へ新しい糞や食べ残しがないか。


 湖へ通う大型生物の通り道ではないか。


 周囲を一周する。


 足跡はある。


 ただし小型。


 数も少ない。


 水辺から二十メートル離れているため、直接ここへ立ち寄る生物は多くないようだった。


 風向きも確認する。


 焚き火の煙が湖面へ流れれば、魚が浅瀬へ寄らなくなるかもしれない。


 森の奥へ強く流れれば、別の生物へ匂いを届ける。


 風が横へ抜ける位置を選ぶ。


 前線基地と呼んでも、危険へ近づくための陣地ではない。


 危険を増やさず、同じ作業を繰り返せる場所。


 それがβの条件だった。


 倒木を一つ動かし、座れる位置へ固定する。


 完全な椅子ではない。


 釣りや調理の間に身体を休められれば十分だ。


 次に、平板石と枝を使い、小さな資材置き場を作る。


 道具を土の上へ直接置かない。


 雨が降れば泥になる。


 虫や小動物が触れる可能性も減らせる。


 焚き火の場所は、以前使った湖岸の跡をそのまま再利用しなかった。


 水へ近すぎる。


 作業拠点から火まで距離がありすぎれば、道具や食料を運ぶ回数が増える。


 高台の風下側。


 周囲の枯れ草を除く。


 石を円形に並べる。


 煙が座る場所へ直接流れないことを確認する。


 作ったのは、それだけだった。


 屋根はない。


 寝床もない。


 壁もない。


 雨宿りできるほどの設備ではない。


 しかし、座る場所。


 資材を置く場所。


 安全に火を使う場所。


 半日作業するためには十分だった。


 仮拠点αが生活と保管の中心なら、この場所は湖を利用するための前線基地。


 私は地図へ印を付けた。


 湖畔前線基地β。


 第二の拠点。


 ただし、αと同じものを二つ作ったわけではない。


 役割が違う。


 それぞれの場所に必要なものだけを置く。


 複数の拠点を持つとは、同じ家を増やすことではなく、移動の途中へ機能を分けて置くことなのだと思った。



     *



 前線基地βを作り終えると、赤紫果を採りに向かった。


 透明魚は、生の赤紫果にも寄ってくる。


 加熱してジャム状にしたものには、さらに強く反応する。


 熟していない実まで採る必要はない。


 色の濃いもの。


 触れても崩れないもの。


 鳥型生物がつついた傷のないもの。


 一つずつ確認し、十二個集めた。


 すべてを餌には使わない。


 食料試験。


 保存試験。


 種の観察。


 今後、用途は増える可能性がある。


 竹製運搬筒へ入れる。


 苔が底で衝撃を吸収し、実同士が強くぶつからない。


 肩へ掛けてβへ戻る。


 焚き火を起こす。


 使用済み保水繊維の細片。


 乾燥草。


 細い枝。


 火花石。


 回数を重ねるごとに、火がつくまでの動きは安定してきた。


 それでも、湖水を消火用として横へ置く手順は省かない。


 赤紫果を少量だけ加熱する。


 果肉が崩れ、粘りが増す。


 甘い香り。


 骨針へ薄く付ける。


 湖へ静かに落とす。


 最初の一匹は、すぐには掛からなかった。


 餌だけをつつき、離れる。


 二度目。


 竿先が小さく動く。


 待つ。


 糸が張ったところで、ゆっくり竿を立てる。


 透明魚が水面へ上がった。


 一匹目。


 竹製運搬筒へ入れる前に処理する。


 生きたまま何匹も詰め込まない。


 内臓を残したまま長く運べば、傷みも早くなる。


 湖水で道具を洗い、魚は日陰へ置く。


 二匹目。


 三匹目。


 骨針は折れない。


 空洞竹の竿は、魚の動きに合わせてしなる。


 撚り蔓の糸は水を吸い、少し伸びる。


 そのため、何匹か釣るごとに結び目を確認する。



 釣り上げるたびに、私は魚の大きさも記録した。


 一匹目、約十七センチ。


 二匹目、十五センチ。


 三匹目、十九センチ。


 群れの中で特に小さい個体は狙わない。


 産卵期も成長速度も分からない。


 湖にいる魚を取り尽くせば、安定した食料源ではなくなる。


 必要な量だけ。


 今日食べる分と、保存や運搬を試す分。


 五匹で止める。


 釣れるから釣り続けるのではなく、次も釣れる状態を残す。


 この湖を使い続けるなら、魚もまた限りある資源として扱う必要があった。


 約一時間。


 透明魚を五匹確保した。


 追い込み漁で一匹を捕まえるために何度も浅瀬へ入っていた頃とは違う。


 湖岸から釣れる。


 魚を必要以上に散らさない。


 身体も濡れない。


 魚を得る作業が、偶然の成功ではなく、繰り返せる手順へ変わっていた。



     *



 五匹すべてをその場で食べる必要はない。


 二匹だけ焼く。


 三匹は持ち帰る。


 最初にすべての魚を下処理する。


 内臓を取り除く。


 骨や鱗を傷つけない。


 食べたあとの骨は針や細い道具へ使える。


 半透明の鱗も、軽くて丈夫な素材になる可能性がある。


 取り外したものは別々に洗い、布へ包む。


 食べる二匹は、火から少し離して焼く。


 強火で表面だけ焦がさない。


 皮が白くなり、身の透明感がなくなるまで、何度も向きを変える。


 持ち帰る三匹は、内臓を除いたあと、竹製運搬筒へ入れる。


 底の乾いた苔。


 一匹。


 薄い苔。


 二匹目。


 また苔。


 三匹目。


 魚同士が直接強くぶつからないように重ねる。


 蓋を閉じる。


 運搬筒は日陰へ置く。


 竹だからといって冷却できるわけではない。


 時間が経てば鮮度は落ちる。


 今日中にαへ持ち帰り、加熱か別の保存方法を試す必要がある。


 塩はまだない。


 燻製。


 乾燥。


 冷却。


 今後の課題になる。


 魚が焼ける間に、水を準備した。


 空洞竹水筒へ湖水を満たす。


 別の容器には、αから持ってきた雨水。


 まず雨水を沸騰させる。


 屋根。


 大きな葉。


 空洞竹の樋。


 竹筒。


 複数の表面を通って集まった水。


 見た目は透明でも、そのまま安全とは限らない。


 十分に沸かす。


 湯気へ異常はない。


 沈殿も見えない。


 冷ます。


 次に湖水。


 すでに二度の煮沸と少量飲用を行っている。


 それでも、今回も同じ手順を繰り返す。


 青白い粒子なし。


 沈殿なし。


 湯気の変色なし。


 冷めた二種類の水を、少量ずつ飲み比べた。


 雨水。


 味はほとんどない。


 口当たりも軽い。


 湖水。


 ごくわずかな甘み。


 これまで飲んだ時と同じ。


 どちらも、舌や喉へ刺激はない。


 飲み比べた結果は、味だけで決めない。


 雨水を飲んだ時刻。


 湖水を飲んだ時刻。


 量。


 その後の脈拍、体温、腹部の感覚。


 同時に大量へ増やせば、どちらの水が影響したのか分からなくなる。


 最初は雨水を一口。


 十分待つ。


 次に湖水を一口。


 さらに待つ。


 急性症状はない。


 雨水には湖水のような甘みも、川のろ過水を飲んだ時の代謝変化も見られない。


 現時点では、最も癖の少ない水だった。


 ただし、雨が降らなければ得られない。


 湖水は安定して存在する。


 安全性だけでなく、供給の安定性も含めて使い分ける。



 三十分待つ。


 体調変化なし。


 雨水は飲料へ向いている。


 集められる量は天候に左右されるが、拠点で自動的に得られる。


 湖水は、いつでも汲める。


 調理や洗浄にも使える。


 それぞれを同じ水として扱う必要はない。


 雨水を飲料。


 湖水を調理と補給。


 用途を分ければ、どちらか一方へ依存せずに済む。


 私は焼いた透明魚を食べた。


 途中で体調を確認する。


 異常なし。


 食事を終えたあと、βの周囲を片付ける。


 火は完全に消さない。


 再び使えるよう、燃え残りをまとめたうえで、表面へ湖水をかける。


 炭の内部まで熱が残っていないことを確認する。


 餌の赤紫果は、密閉せず日陰へ置く。


 ただし、βへ大量に残さない。


 匂いを追って生物が来る可能性がある。


 必要な分だけ持ち帰る。


 道具を資材置き場へ並べてみる。


 ここで火を起こせる。


 魚を釣れる。


 水を汲める。


 煮沸できる。


 食事ができる。


 仮拠点αへ戻らなくても、昼間の生活に必要な作業が一通り完結した。


 生活圏が広がった。


 以前の湖は、危険を確かめながら魚を一匹捕まえた探索地点だった。


 今は、何度も利用できる水場であり、食料源であり、作業場所になった。


 場所そのものが変わったのではない。


 そこへ安全に滞在し、資源を利用する方法を作ったことで、私にとっての意味が変わった。


 仮拠点α。


 湖畔前線基地β。


 二つの場所が、道でつながる。


 この先、さらに遠くへ進むなら、同じように中継地点を作れるかもしれない。


 ただ遠くへ歩くのではなく、生きて戻れる範囲を少しずつ延ばしていく。


 開拓とは、地図の空白を埋めることではない。


 生きられる場所を、一つずつ増やしていくことだった。



     *



 時刻は午後一時五分。


 食料と水は十分。


 疲労も大きくない。


 それでも、運搬筒に入れた魚の鮮度は時間とともに落ちる。


 私はβでの作業を終え、αへ戻る準備をした。


 持ち帰るもの。


 未調理の透明魚三匹。


 魚の骨。


 半透明の鱗。


 煮沸した湖水。


 雨水。


 残った赤紫果。


 釣り竿。


 持ち物は増えた。


 しかし、竹製運搬筒と肩掛け水筒のおかげで、両手は空いている。


 マルチツールをすぐ使える。


 帰り道に、細くて伸びにくい繊維がないか探すこともできる。


 釣り糸の改良。


 弓の弦。


 丈夫な縫い糸。


 今ある素材から、次に必要な道具が見え始めている。


 私は前線基地βを振り返った。


 倒木の座席。


 石で囲った焚き火場。


 小さな資材置き。


 それだけ。


 建物と呼べるものではない。


 それでも、ここへ戻れば、すぐ作業を再開できる。


 最初の日、私は一晩を越すために木の上へαを作った。


 今、βは一日を安全に働くための場所として生まれた。


 同じ「拠点」でも、目的は違う。


 私は地図に二つの印が並んでいることを確認し、仮拠点αへ向かって歩き始めた。



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