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だが、急流は無慈悲だった。
川の中央に達した瞬間、渦巻く泥水が牙を剥き、重い三十八式野砲を積んだ竹筏を激しく揺さぶる。
「傾いているぞ! 綱を引け! 規則通りに間隔を保て!」
私は岸辺で絶叫した。
しかし、激流の暴力の前に、兵卒たちの絶望的な叫び声は無残にかき消されていく。
水流に引っ張られたロープが、激しい摩擦音を立ててちぎれ、竹筏が音を立てて分解を始めた。
「助けてくれ! 泥に引きずり込まれる!」
冷たい川水が太ももまで浸かり、私の羅紗地の乗馬ズボンを重く湿らせていく。
水の冷たさは、肌を刺すように鋭く、私の思考を凍りつかせた。
沈みゆく資材と、溺れかける兵たちの阿鼻叫喚を前に、私は完璧な計画書を握りしめたまま立ち尽くす。
「馬鹿者が! 叫ぶ暇があるなら綱を掴め!」
私の横を、凄まじい泥飛沫を上げて何かが通り過ぎた。
宮崎少将だった。
少将は乗馬靴すら脱ぎ捨て、裸足のまま濁流へと飛び込み、千切れかけた牽引ロープを素手で掴んでいた。
「全員、俺に続け! 兵器を捨てても、兵の命を救うのだ!」
泥水を浴び、大声で怒鳴りながら泥を吐き出す少将の姿が、そこにあった。
その無骨な体は、濁流の圧力に耐えかねて何度も沈みかけながらも、決してロープを離さない。
私は、ただ呆然と、濡れた乗馬ズボンのまま、その泥まみれの指揮官を見つめることしかできなかった。
「矢崎中尉! 司令部より無線電信であります!」
呆然とする私の背後から、通信兵が血相を変えて駆け寄ってきた。
彼が差し出した受信メモには、信じがたい文言が躍っていた。
『宮崎支隊、チンドウィン川の渡河に成功。これを祝す』。
「な、何だと……まだ第一波すら渡りきっていないのだぞ……」
私は乾いた声を漏らした。
司令部は、我々の上申書に書かれた「予定日時」だけを頼りに、現地を見ずして「成功」の祝電を送ってきたのだ。
国を動かす巨大な官僚組織の、その底知れぬ欺瞞の深さに、私は息が詰まるような目眩を覚えた。
「矢崎! 突っ立って何をしている!」
濁流の中から、泥まみれの宮崎少将の怒号が響いた。
「死にたくなければ、その綺麗な手で泥を掴め!」
私は完璧な行軍地図を、泥水に塗れたポケットへ乱暴にねじ込んだ。
私の「規則」は、この圧倒的な物理の前に、何の役にも立たなかった。
激しい敗北感と屈辱に塗れながら、私は一歩、冷たい泥水の中へと足を踏み出していた。
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