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目の前に広がるチンドウィン川は、乾季の終わりとは思えぬほどに荒れ狂っていた。
川幅約六百メートル、対岸は朝霧に閉ざされ、まるで巨大な泥の怪物の背中を見つめているようだ。
粘土を削り取る濁流の泥臭い匂いが、容赦なく私の鼻腔を突き刺す。
「工兵第31連隊が用意した舟艇は、要請した数の三分の一であります!」
私は濁流の轟音に負けぬよう、喉が裂けんばかりの声で支隊長に報告した。
手元にある渡河計画書には、厳密な時間単位の舟艇運用ダイヤが美しく印刷されている。
だが、眼前の河原にあるのは、数隻の折畳舟と、現地で徴発された粗末な竹筏の群れだけだった。
「残りはこれを使うしかありません。しかし、川の流速を計算すれば、この筏の強度では――」
「構わん、流せ」
宮崎少将は、私の言葉を遮って短く命じた。
少将はすでに軍帽を脱ぎ捨て、泥まみれの軍衣の袖をまくり上げている。
その眼光だけは、朝霧を切り裂くように冷たく、鋭かった。
「夜が明ければ、イギリス軍のスピットファイアが飛んでくる。一刻も早く、全兵員を対岸のジャングルへ叩き込め」
「しかし閣下、大本営の『渡河規定』には、敵前での分散渡河は厳禁とあります! 陣形を整えねば混乱が生じます!」
私はなおも食い下がった。
秩序のない渡河など、烏合の衆の敗走と変わらない。
陸軍士官学校で叩き込まれた、整然たる「渡河作戦の要諦」が、私の脳内で警告音を鳴らし続けていた。
「矢崎、お前の綺麗な教科書には、川を渡りきる前に撃沈される確率は書いてあるか?」
少将は冷ややかに言い放つと、自ら最前線の筏へと歩み寄った。
「整列などしている暇はない。渡れるものから順次、泥に潜り込んででも対岸へ這い上がれ」
川岸に引っかかった巨大な竹の束から、青い繊維がほつれて水面を蛇のように漂っている。
その繊維の隙間に、死んだ魚の白い腹が、激しい水流に翻弄されながら見え隠れしていた。
この濁流に飲まれれば、我々も同じ運命をたどるのだと、冷たい戦慄が背筋を走る。
「第一波、発進せよ!」
私の下令とともに、兵器と食料を積載した筏が、怒号とともに濁流へと押し出された。
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