↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インパールから生還せよ ──不敗の将兵と、泥に塗れた僕の階級章──  作者: 端野ゼロ
完璧な地図と、泥濘の初陣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

3

目の前に広がるチンドウィン川は、乾季の終わりとは思えぬほどに荒れ狂っていた。

川幅約六百メートル、対岸は朝霧に閉ざされ、まるで巨大な泥の怪物の背中を見つめているようだ。

粘土を削り取る濁流の泥臭い匂いが、容赦なく私の鼻腔を突き刺す。


「工兵第31連隊が用意した舟艇は、要請した数の三分の一であります!」


私は濁流の轟音に負けぬよう、喉が裂けんばかりの声で支隊長に報告した。

手元にある渡河計画書には、厳密な時間単位の舟艇運用ダイヤが美しく印刷されている。

だが、眼前の河原にあるのは、数隻の折畳舟と、現地で徴発された粗末な竹筏の群れだけだった。


「残りはこれを使うしかありません。しかし、川の流速を計算すれば、この筏の強度では――」


「構わん、流せ」


宮崎少将は、私の言葉を遮って短く命じた。

少将はすでに軍帽を脱ぎ捨て、泥まみれの軍衣の袖をまくり上げている。

その眼光だけは、朝霧を切り裂くように冷たく、鋭かった。


「夜が明ければ、イギリス軍のスピットファイアが飛んでくる。一刻も早く、全兵員を対岸のジャングルへ叩き込め」


「しかし閣下、大本営の『渡河規定』には、敵前での分散渡河は厳禁とあります! 陣形を整えねば混乱が生じます!」


私はなおも食い下がった。

秩序のない渡河など、烏合の衆の敗走と変わらない。

陸軍士官学校で叩き込まれた、整然たる「渡河作戦の要諦」が、私の脳内で警告音を鳴らし続けていた。


「矢崎、お前の綺麗な教科書には、川を渡りきる前に撃沈される確率は書いてあるか?」


少将は冷ややかに言い放つと、自ら最前線の筏へと歩み寄った。


「整列などしている暇はない。渡れるものから順次、泥に潜り込んででも対岸へ這い上がれ」


川岸に引っかかった巨大な竹の束から、青い繊維がほつれて水面を蛇のように漂っている。

その繊維の隙間に、死んだ魚の白い腹が、激しい水流に翻弄されながら見え隠れしていた。

この濁流に飲まれれば、我々も同じ運命をたどるのだと、冷たい戦慄が背筋を走る。


「第一波、発進せよ!」


私の下令とともに、兵器と食料を積載した筏が、怒号とともに濁流へと押し出された。


もし面白かったと思っていただけましたら、下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマーク登録で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。