自分の言葉で
※レベッカさん視点です。
メイが倉庫から去った後……アタシはもう一度窓の外、壁沿いの植え込みの陰に目をやった。
こちらの視線に気づいたらしく、人影が慌てて引っ込んでいく。やっぱりな。
外から窓ごしにこそこそ覗かれていたのは気付いていた。
隙間からさっきまでの会話が漏れていた事も。
「……盗み聞きかい?」
それでもこそこそと逃げようとするそれ。
窓を勢いよく開け、まだ近くにいたその腕をガシッと乱暴に掴む。
「待ちな!逃げることはないだろう?」
「……」
捕まったその男は、飼い主に怒られた犬のように眉を下げてしょんぼりとしていて。
情けない奴だ。こんなのが自分の弟だなんて。
彼を椅子に座らせる。メイがさっきまで座ってた方。
何年ぶりだろう……こうやって二人きりで顔を合わせて席につくなんて。
こうして見ると、ずいぶんでかくなったもんだ……残念ながら、その中身はまるで変わってないようだけど。
「ねぇちゃん……どうしよう」
最初の言葉がこれだ。情けないなんてもんじゃない。
「何がさ」
「俺、どうしたらいいんだろう」
「どうしたらも何も……はっきり言えばいいじゃない」
「でも……」
「不安?」
「違う」
「恥ずかしい?」
「それもある、けど……」
なんだい、随分とまどろっこしい言い方だね。
小さい頃から世間ずれしてて口達者で……でも都合が悪くなると、いつもこうやってすぐごにょごにょ。分かりやすいやつだ。
とはいえここでごまかしてちゃ話が進まないんだよ、まったく。そのために時間割いてやってるんだから。
早く言えと視線で促す。
「俺、嫌われてるんだ」
「ほぉ。言い切るね」
「そりゃあ、だって……昨日は思いっきり嫌がられちゃったし」
「ああ、お詫びがどうのって言ってたやつ?」
「そうそれ。それに、そもそも初対面からもう駄目だったんだ。酔ってて……その、つい……」
「つい?」
口を開きかけたけど、すぐに閉じてしまった。
なにやら言いにくいことらしい。一体何をやらかしたんだか……しょっちゅう女追いかけてるような男ならまだしも、恋愛のれの字も知らないようなのが。
「……だから、きっと遊びだって思われてる。何をしたって、もう今さら駄目なんだ……」
やっと口を開いたと思ったら、この世の終わりみたいな顔して俯いて。
その声は今にも消え入りそうで。
図体ばっかりでかくて、本当に意気地なしだこと。どんな悪漢相手でも怯まないくせにこういう時は臆病。
だからといってこのままじゃ、メイが可哀想で可哀想で。
煮え切らない男のせいで毎日悩んでばかりでさ。見てらんないよ。
しょうがない、一肌脱いでやるか。ほんとに手のかかる奴だ。
もういい歳だっていうのに、なんでアタシが尻を叩いてやらなきゃなんないんだか……
「ならアンタ、諦めるかい?」
まさか、といった表情で彼はばっとこちらを向いた。
「メイは……絶世の美人とまではいかないにしろ、一応年頃の女だ。それで性格もそんなに問題ないときた……ほっといたらいずれ他の男が来るよ」
「……!」
ほら食い付いた。よし、あともうひと押し。
「年齢もあるし、案外それであっさり結婚するかもしれない」
「……っ、そんなの……!無理だ……!」
「それなら、頑張んなさいよ!ちゃんとはっきりさせなさいよ!」
「……」
「さっき、メイの話聞いてたんでしょ?なら分かったでしょ?まだなんとでもなる、少なくとも彼女は『迷ってる』んだから。嫌いな奴にああも悩むなんてしないよ」
不意に彼は椅子から立ち上がった。テーブルに手をつき、その場でキョロキョロ何かを探し始める。
「酒かい?無いよここには」
再び椅子に戻った彼は、項垂れるように座った。
「……酒があれば言えるのに」
「酒があるから駄目なのよ」
酒が入ってるからこんなややこしい話になってるんだろうが、まったく。
両目に今にも溢れそうな水を湛えて彼はいっそう俯いた。
「おいおい……アンタ、そんな……泣く事ないだろう?」
すーっと降りてきたその雫は、テーブルに小さな染みを作って。
アイツの涙。こんなのいつぶりだろう。
そういえば小さい頃によく喧嘩して泣かしてたっけ。
母親は出稼ぎでほとんど家にいなかったからアタシからほぼ一方的に言いたい放題。
今思うと可哀想だけど、でもその分母親には甘やかされて育ったんだからね。いつもアタシより贔屓されてさ。
体ばっかり立派で頼りなくて甘ったれな性格なのはそのせい……って勝手にアタシはそう思ってる。あながち外れちゃいないはずだ。
困ったもんだよ。ほんとに。
「そんな……そんな、素面じゃ俺、うまく言えねぇよ……」
「なにも綺麗事を求めてる訳じゃない」
「……」
「別に歯の浮くようなセリフも、気の利いた言葉もいらない……それよりも、アンタがどう思ってるかさ」
本当はここで、アンタがはっきりしないからああもメイが苦しんでるんだろうが!なんて思いっきり言ってやりたかったが、目の前の女々しい男がそれに耐えられるとは思えなかった。
「だから、アンタの言葉で伝えるんだ」
「……」
「別に変に気取らなくていい、ダサくてもいいから……アンタの気持ちを聞きたがってるんだ、あの子は」
「……そっか」
分かった、と言う彼の表情はまだなんか悩んでるようだった。
でも、アタシができるのはここまで。
はぁ疲れた……むしろここまで長々とよく付き合ったよアタシも。
誰かにこの頑張りを褒めて欲しいくらいさ。後で旦那に肩でも揉んでもらおうか。
「さて、アタシそろそろ店に戻るけど……ついでに呼んでこようか?メイを」
席を立って入口のドアノブに手をかけながら、一応尋ねる。
「いや、いい」
即答。
だろうな。そういうと思った。自分のタイミングってもんがあるんだろう。
彼は真剣な顔でなにやら考え込み始めたていた。
椅子に座ったまま、像のように固まって。
まぁそのうち勝手に帰るだろうし、放っておく。アタシも暇じゃないし。
ドアを開けると、窓からふわっと風が入ってきて。鼻先をかすめたそれに思わず振り返る。
彼の方からかすかに爽やかな香りがしたから。
いつもの酒の臭いじゃなくて……なんだ?香水?
アイツが、香水……
あれほど無頓着だったアイツが。
服装を気にするようになったかと思えば、今度は。
ふふっと漏れた笑い。
頑張りなよ、そう小さく呟いた言葉は誰に聞かれることもなくただ空気に溶けていった。




