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姉と弟

 


「メイ……!大丈夫……?!」

 息を切らせて店内に駆け込んでくるレベッカさん。

 異様な騒音に気づいて、急いで作業を切り上げてきたようだ。


「はぁ、はぁ……何かあったかと思って……ああよかった、無事なのね……」

 無事が分かりほっとした表情を見せる彼女……しかしそれもつかの間、私の隣に立つ男に気づくなりみるみる嫌そうな顔になった。

 優しく心配の声をかけてくれたその口は、一変して悪態をつき始める。

「誰かと思えば……なんだ、クライドか。やっと来たのね、暇人のくせに遅いじゃない。いい年して定職にも就かず酒飲んでばっかりいて……」

「遅いんじゃなくて、ねぇちゃんがせっかちなだけだって。それに、今日はまだ飲んでない」


 ね、ねぇちゃん……?!


 ……って事は家族?姉と弟って事?

 確かに、よく見ると二人とも色黒でなんとなく目鼻立ちが似てる……

 けど、まさか血の繋がった家族だったとは……


 というか、あの人クライドさんって言うんだ。

 その日暮らしで飲んでばかり……ああ、やっぱり。見た目のイメージ通り。


「よく言うよ。まったく、どこほっつき歩いてたんだか……」

 そう言いかけて、ふと何かに気づいて視線を落とすレベッカさん。足元には気絶して倒れた男。

 それを見るなり彼女はふんと鼻を鳴らし、呆れたと言わんばかりの表情で一言。

「……なんだい、これは?」

 ドスの利いた低い声。

 あれ?なんかちょっと不穏な空気……?


「あ、いや……違うんだ、これは……」

 弁解しようとする彼に、ずんずんと詰め寄っていくレベッカさん。

 迫力がすごい。脇にいる私まですくみ上がっちゃうくらいの。ひぇっ……


 それに対して、大きな背中をぎゅっと丸めて静かに後ずさりする彼。

 しかし数秒も経たずに、下がる背中は壁にぶつかって。


 そして、向かい合う二人の視線……目の前に立つ姉の視線と必死になんとか逸らそうとする弟の視線が、パチッと合った瞬間。

 とうとう戦いが始まってしまった。


 ……といっても、ほぼ一方的だけど。


「これは、じゃないでしょう?!ま〜たアンタは!また酔っぱらって喧嘩吹っ掛けたのかい?!」

 反論の余地なんてなく、次が間髪入れずに飛んでくる。

「もうこれで何度目だい?!ほんとどうしようもない奴だね!散々やらかして、周りに迷惑かけて……まだ反省してないときた!」

「いや、その……」

 なんとか間に一言挟もうにも、勢いで押し流されてしまって。

「次からは、お縄になっても庇ってやったりなんてしないからね!もうアタシ知らないよ!」

「ち、違うってば!これは違うんだって!」

 そう言ってあたふたと手を振る弟、そんな彼の胸ぐらをがしっと掴んでさらに迫る姉。

 姉より弟の方がだいぶ背が高いはずなのに、なんだか今はやけに小さく見えた。


「ああ?!何が違うっていうんだい?!いっつも、アンタはそう言って!言い訳ばっかり!」

 胸ぐらを掴む腕にさらに力が入る。

「ほんとほんと!ほんとだって!……っく、苦し……!」

 レベッカさんの手元に引っ張られてしわしわになった彼の服は、じわじわと締まっていってその首を絞めていく。

 それでも勢いは止まらない。

「これでもまだ言い逃れするつもり?!この!減らず口が!」

「ぐ、ぐるじい……っ!」


 なんていうか、悲しいくらいにはっきり分かるパワーバランス。

 さすがにそろそろ可哀想になってきたので二人の間に入り、助け舟。


「違うんです!変な男に襲われて……彼が助けてくれたんです」

「えっなんだって?……それは、本当かい?」


 頷く私を見て、パッと手を離すレベッカさん。

 やっと解放された彼は首をさすりながら大きく噎せた。なかなかの力だったみたいだ……


「そうだったのね。なんだか釈然としないけど……まぁ、それならいいわ。クライド、商売の邪魔だから外にどけといてちょうだい」


 彼は男の体を軽々と抱え上げ外に運んでいった。

 すぐに騒ぎを聞きつけて衛兵達が駆けつけてきたので、後は任せることに。




 レベッカさんの話によると彼は入荷の手伝いに来たらしい。


 今日はスイカとか、大きくて重い果物が入荷する日。

 でも、私とレベッカさんの二人だけじゃあんまり重い物は持てなくて。


 だから、男手として弟のクライドさんが呼ばれたらしい。

 どうせ暇だろうというのもあって。




 彼はひょいひょいと果物の入った箱を搬入していく。

 まるで空箱のよう。もちろん中身はちゃんと入っている。


 いつもなら二人がかりでひぃひぃ言いながらやってるのに……すごいなぁ。

 箱を持つたびにしなる腕の筋肉、浮き出る血管……そして肌の上をすーっと流れていく一筋の汗。




 うっかりまたドキドキし始める心臓。


 いやいや、いやいやいや!駄目だってば!

 飲んだくれってだけならまだしも、定職に就いてない男とまできたら……完全アウトー!


 そんなの駄目に決まってるじゃない、私!


 危ない危ない、雰囲気に飲まれちゃいけない。

 それに、そもそも目の前の男は酔った勢いで私の初めてを奪った最悪な人なんだから……好きになるなんて、とんでもない。




 ぐるぐるし始めた思考のまま荷ほどきを始めると、全て運び終えた彼が話しかけてきた。


 かっこ悪いところ見せちゃったなぁ、とか言いながら苦笑いしていて。

 素面の彼はなかなか気さくで話しやすい人のようだ。見た目はあれだけど。


 せっかくだし、作業しながら色々と彼の事を聞いてみた。




 彼は私より三歳上で、独身。もちろん、彼女なんていない。

 てっきりもっとおじさんかと思っていた。


 顔の皺で老けて見えたっていうのもある。

 こう言うのもなんだけど、西洋の人ってほんとパッと見じゃ年齢が分からなくて。


 それで、普段は日雇いで運送業とかそういった力仕事系の仕事が多いけど、どこもあまり長続きしたことは無いんだとか。

 やる気が続かないんだそう。おいおい……


 そうして稼いだお金も、結局全部お酒か家賃に消えていって。

 宵越しの銭は持たないっていうか……持てないタイプ。

 もちろん貯金なんて無い。


 う~ん、なかなかの駄目男っぷり。

 姉のレベッカさんがあんなに強く当たるのも頷ける。

 厳しく言わないと駄目なタイプなんだろう。




 お喋りに夢中であっという間に作業は終わり、私は店に戻った。


 レベッカさんはなにやら急いでいて、早めに仕事を上がっていった。

 その後店番は一人だったけど特に何事もなく、無事閉店時間を迎えた。


 一階の店舗脇の階段から二階に上がり玄関のドアをくぐる。

 お店の上は住居になっていて、私が居候させてもらってる部屋もその二階にある。




 廊下を歩いていると、リビングの方から陽気な笑い声が大音量で聞こえてきて。




 このガサガサ声……間違いない、あの人だ。


 作業が終わってからかれこれ三時間以上。

 でも、彼は私が店に出ている間ずっとここにいて、ずっと飲んでいたって事?うわぁ……

 てっきり帰ったもんだと思ってた……


 なるほど、だから今日レベッカさんは慌ててたんだ。

 長々居座ってしまった飲んだくれを、そろそろここから追い出すために。


 当の本人は気持ちよく飲んでるだけなんだろうけど、とんだ災難だ……




 恐る恐るリビングのドアをそーっと開ける。


 そこにあったのは予想通りの光景だった。


 べろんべろんになって一人で笑い続けるあの人と、彼が握りしめて離さない酒瓶を必死で奪い返そうとするレベッカさん。

 そんな二人を見て楽しそうに笑う子供達……そして、普段通りの無表情だけどいつもよりにぎやかでちょっと嬉しそうなヴィルヘルムさん。


「俺はなぁ、世界一の男なん()ぁ~あははっ!ちょうどいい、ほら!一緒に飲むかぁ?」

「な〜にが世界一だ!ちょっと!メイまで巻き込まないの!」

「世界一ぃ〜!」


 せ、世界一……?

 いきなり強めの迷言が飛んできて、返事に困る。

 今日もなかなか出来あがっちゃってるようで……


「ほらアンタ、もういい時間なんだから!(それ)置いてとっとと帰った帰った!」

「だいじょ〜ぶ、だいじょ〜ぶ!まだ余裕だってぇ!あははははっ!」


 全然大丈夫じゃないし、余裕じゃない。

 もう、なにがなんだか。




 そんな意味不明な事を口走りながら、顔を赤らめて楽しそうに笑っている彼。

 子供のような無邪気な笑顔で、とっても幸せそうだ。


 ある意味、彼は世界一の『幸せな』男なのかもしれない……



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