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ゲームオーバー

 


 店の手伝いをしながら平和な毎日を過ごす。

 あの後特に事件もなく、のんびりと時間が過ぎていった。


 あれから彼は頻繁に店に現れるようになった。

 レベッカさんもびっくりしてたから、どうも彼女に言われて来たって訳じゃないみたいだけど。

 仕事、とくに力仕事を色々手伝ってくれてとっても助かっている。


 仲良し、とまではいかないけどたまに喋るくらいの仲にはなった。敬語はなんか嫌だって彼が言うから呼び捨て、タメ口で。


 レベッカさんの身内だって分かったのもあって、初対面の『得体のしれないゴロツキの男』っていうイメージはなくなっていた。嫌悪感もだいぶ消えた。


 なんとなく、その格好も前よりましになってきてる気がして……目が慣れただけ?

 なにせ最初がひどかったから些細な変化が良く見えてるのかもしれない。


 かといって好きになったとかそういう訳じゃないけど。




 そんなある日、店の外で風で倒れた看板を立て直していると通りががりの人に声をかけられた。


「あの、おすすめの果物はありますか?」


 爽やかな笑顔に、優雅な物腰。

 この人、知ってる……というか、あの人以外有り得ない……まさか。


「えっ、まさか……お、お、お、王子ぃ?!」

「……!よく気づいたね」


 えっ、えっ、えっ?!ほ、本物……?!

 えっ待って……!心の準備が……!ちょっ、色々待って……!


 立ち絵の束状に描かれた髪と違って一本一本に艶がありしなやかで、不規則に塊を作っては空気を含んでふわふわとしている。触ったらくしゃっと手が埋もれちゃいような柔らかい質感。

 肌もベタッと塗ったような均一な色じゃなくて、自然な濃淡がついていて所々うっすらピンクがかっている。つやつやと張りがあっていかにも水をはじきそうな瑞々しさ。


 呼吸でゆったり上下する肩。

 わざとらしくない自然なタイミングの瞬き。




 すごい、本物だ……!

 ゲームの中にいた彼も、ちゃんとこの世界で生きてる……!


 穏やかな表情も、優雅な雰囲気も、あの画面のまま……でもはっきりと目の前にあって、生き生きとしていて。


 ふと目にかかった前髪を払う動作も、流れるような手つきが優雅で。

 瞬きのたった一瞬すら、ふわっと揺れる長いまつ毛がこれまた綺麗。


 そんな……どこを見ても、どの瞬間を切り取っても、絵になるような美青年が……現実となって目の前に立っている。


 えっなんだこれ……なにこれ最高すぎない……?




 うっかり永遠に見惚れてしまいそうになったけど、ここで思い出す。

 よく気づいたね、の返事がまだだった。


「タイ……んんっ、失礼しました……雑誌か何かで王子のお写真をお見かけしたことがあって」

 タイトル画面で穴が開くほどよく見てたから……とうっかり言い出しそうになり慌てて咳払いでごまかす。あっぶな。


「そうだったのか、なるほど。そう、僕はこの国の王子……レオナルドだ。今日はお忍びで来ているから、どうか他の人には内緒にしておいてほしいな」


 程よい低さで、聞き取りやすいスッキリした良い声……まさか生で聞けるなんて。

 耳に心地いい音だ。誰かさんのカッスカスの声とは天と地ほどの差。


 それに……ああ、いい匂い。香水付けてるのかな。

 どっかの酒臭い男とは大違いだ。


 サラサラとした少し癖ののある柔らかい銀髪に、グレーがかった淡い緑の目。

 ゲームでは何度も見てたけど……ああ、やっぱりイケメン……


 こんな直近で喋れるとか……やばい、至福の時間すぎる。

 画面越しでも眼福だったのに今はもう目の前にいて、話の合間の息を吸う音や吐息まではっきり聞き取れて……


 あああ、幸せ。ここで時が止まってほしい。

 いつまでもこのままいられればいいのに……




 と、浮かれるのはほどほどにして。

 お客様なんだしきちんと対応しないと。ここで何かイベントがあるかもしれないし。


 浮つく気持ちを仕事モードに切り替える。


 本当はすぐにでも部屋に戻って高ポイントの服装に着替えたかったけど、そんな時間はなかった。

 だからせめて今のこの状態でもなんとかポイントを稼がないと……


 一応店員としてしっかり応対。

 あまり聞かれることが無くて久しぶりだったそれぞれの果物の解説も、この町自体の説明も、うまくいったはず。


 こんなイベント、本来はなかった。

 でももし今のがゲームだったらきっと高ポイント出てたってくらい、今回は自信があった。


 どうだ!さぁ!

 これで、これで私は……ここで見初められて……!


 楽しい宮廷ライフが私を待って……




「色々とご丁寧にありがとう。それじゃあね」

 手を振り、にっこりとほほ笑む王子。




 楽しい宮廷ライフは……私を待っていなかった。


 彼は陰で控えていた従者に高級メロンを持たせ、ゆっくりと去っていった。

 すらっとした長い足……歩く後ろ姿すら綺麗。


 そんな彼の丁寧な別れの挨拶は、私を凹ますのに充分な威力を持っていて。


 ……というか充分すぎた。

 オーバーキルだ。致命傷レベル。悲しいなんてもんじゃない。


 頭の中では言葉の最後の『それじゃあね』がいつまでも残って鳴り響いている。


 それじゃあね……それじゃあね……それじゃあね…………




 王子は去っていった。

 つまり、彼は()()()()()()()()


 全身にずしんと重りが乗ったような脱力感。


 今も、そしてこの先も、永遠に王子に会えないことが決まってしまった。

 もちろん他のイケメン達とも一生無縁である事も完全に確定。


 イベントが発生しなかったあの日。

 ほとんど諦めつつも、いつかはまた機会がくるんじゃないかってまだ内心僅かな望みに賭けている自分がいて。


 シナリオが狂って前後入れ変わっただけかもしれない、と。


 でも、現実は。

 完全に可能性そのものが消えてしまっていた……




 えっなにこれ。


 ここに来てから、今まで。ずっと何のために頑張ってきたんだろう。


 その動機は確かに不純なものだったけど……この世界に来てからイベントまでに間に合うようにって、色んな服装とかアイテムのために必死にゼロからお金貯めて、あちこち探し回って奔走して、慣れない世界の中で必死に頑張ってきて……


 それで、こんな結末なんて。




 そして……王子との会話で分かった、もう一つの真実。知りたくなかった事実。


 それは、このゲームのシナリオ自体は()()()()()()()()()()という事。私抜きで。


「結婚式、盛大にやるから楽しみにしていて欲しいな」

 去り際の王子の何気ない一言。それが全てを物語っていた。


 全く悪意のない……というかむしろ善意しかない優しい言葉が、瀕死の私にとどめを刺した。


 華やかな世界への道は閉ざされ、しかもそれだけじゃなくて……知らない間に王子の婚約者が他に決まっちゃってた、なんて。


 なにそれ。ほんとなにそれ。

 推しの結婚式、それも相手は他人……を笑顔で見届けろ、とか……拷問なの?


 ほんとに私は聖人でも何でもないから。普通の人間だから。


 気持ちを押し隠して、穏やかにニコニコしながら参列なんて無理。絶対無理。

 なにそれつらい。つらさしかないじゃん、それ……


 もう笑うしかない。辛い時、人間ってほんとに笑うんだな。

 あははは……ははは……




 ……諦めよう。うん、ほんとに。全部。


 イベントが無かったあの日から、散々諦めよう諦めようって思っててもなかなか踏ん切りがつかなくて。変に可能性が残ってたから。

 でも、もうここまで綺麗に駄目って分かった今なら。今度こそ本当に諦めもつく。




 まぁでも、唯一の救いはこれからの人生が苦痛じゃないって事。


 今の私の身の回り……優しい店主夫婦や周りの人々、楽しくてやりがいのある仕事に、綺麗な自分の部屋……居候だけど……と、あとそうだ、あの酔っ払いも。


 意外と恵まれた環境なのかもしれない……こうしてなんだかんだ毎日過ごせるのは。


 そう、だから、諦めるんだ綺麗さっぱり。

 ここで私の恋は終わり……ゲームオーバーだ。



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