純白のドレス
ドレスなんて初めて着た。
きっとこれが最初で最後なんだろう。
町娘の私には、もうこの先着る機会はない。
でも、これでいい……
いや、これがいい。
彼の隣にいたいから。
今も、そしてこれからも……ずっと。
町の外れにひっそりと建つ古い教会。朝早くから私とクライドはそこにいた。
着くなり、呼ばずともいつの間にか集まってきた人だかり。
田舎の寂れた小さな町ゆえに結婚式場スタッフなんている訳もなく。
花屋に仕立て屋、ケーキ屋、それに神父、そして近所のおせっかいおばさん達(?)……と、大勢巻き込みながら色々と手伝ってもらって、結婚式の準備はあれよあれよという間に進んでいった。
いったいこの町での結婚式は何回目なんだろう……と思うくらいにだいぶ慣れているようで、いきなり当日なんの打ち合わせも無しにスイスイ進んでいく。
まるで大きなお祭りでも始まるかのような……まぁある意味そうなんだけど……みんななんだかとっても楽しそうで。
転生してきてすぐは、そんな村社会の過干渉気味なおせっかいが嫌で嫌で仕方なかったけど……今ではその暖かさに心が包まれていた。
ちょっと強引なのも、優しさの裏返しと思うとそこまで嫌な気持ちはしない。
コルセットやパニエをぎゅっとキツめにはめて、ドレスを着る。
落ち着いた光沢のある、純白のウエディングドレス。全体のボリュームは控えめで少し大人しい雰囲気のもの。
大きく出した両肩やデコルテは、教会の柔らかい照明が肌に溶けて綺麗に魅せてくれた。
胸元にはぎっしり花やハートの細かい刺繍がされていて、体の下にいくにつれシンプルになっていく。
後ろは腰のあたりに大きなリボンが一つ。そしてそこから下に視線を誘導するようにゆるくドレープがついていて、裾が長く伸びている。
慣れないヒールの高い靴をなんとか履いて、真っ白でサラサラと手触りのいい手袋をぎゅっとはめて。
ふと見た目の前の鏡には、緊張して硬い表情の花嫁が映っていた。
少しでも動くたびに背後でさらさらと布が擦れる音がして、増していく緊張感。
楽しみ、と言う気持ちもあるけど……人生で一度だけと思うと、なんだか重圧を感じてしまって。
なんとなく後ろに視線を感じて振り返ると、仕切りのカーテンの隙間からこっそりこちらを覗き込んでいる新郎の顔があった。
目を見開いてポカーンとしていて、ただただ無言。
どうやら目の前に見惚れているらしい。
集中し過ぎて、ドレスの本人が振り向いたって事まで気が回っていないようだった。
思わずふふっと笑うと、ようやく私が見ていることに気付き恥ずかしがって引っ込んでいった。
慌てて閉められたカーテンが大きく跳ねて揺れる。
ちょっと!まだアンタ準備終わってないんだから!じっとしてて頂戴!とおばさん達が彼を嗜める声が向こうから聞こえて、また笑ってしまった。
でもそんな彼らのおかげで緊張がちょっとだけほぐれた。
前日からずっと張り詰めていた気持ちが、ようやくやっと少し余裕ができて。
今の私にはそれがとんでもなくありがたかった。
しばらくすると騎士団の同僚達が集まってきたようで、すごい綺麗で!美人なんだ!とかしきりに褒めちぎる彼の興奮気味な声が聞こえてきた。ちょっと恥ずかしい。
なんなら、後で直接言ってくれればいいのになぁ。
直接言わない……いや、言えないのは彼の性格。
喜びより照れの方がはるかに強くて言えないタイプ。あれから今まで付き合ってきて、よく分かった。
好き、だなんてあの告白の日から滅多に聞かなくなった。恥ずかしがってなかなか言おうとしなくて。
誕生日や記念日にはどうしても言ってほしくて、半ば強制的に言ってもらったけど……
そんな彼の操縦にはもう慣れた。レベッカさんからもお墨付き。だいぶうまくなった。
あれほど悩んでいた彼の心の内だって、今じゃ手に取るように分かる。
彼の性質だって、だいたい分かってきた。
ちゃんとしてる時もあるけど、基本的におおざっぱで気が利かなくて案の定色々だらしない性格。
彼が一人暮らししていた家なんて、とてもじゃないけど見れたもんじゃなかった……
でも、それを含めて支えていきたいと思った。
駄目なところも、格好いいところも。
全部ひっくるめて、好き。
もちろん喧嘩もたまにするけど……それでも、彼と一緒に歩んでいきたいと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
ギイィィ……と重い音を立てて教会の大きな扉がゆっくり開く。
町の人々はもちろん、騎士団のみんな、そしてその関係者達……と大勢集まってきてくれて、中はぎゅうぎゅうの満員。
これだけで胸がもういっぱいだった。周りの暖かさが本当に嬉しくて。
でもまだ泣いちゃいけないと自分を戒めて、開いた扉の前に立つ。
レベッカさんにベールを優しく被せてもらって、また目頭がぐっと熱くなって。
顔を上げてまっすぐ前を見ると、離れたところに私と同じような色味のタキシードに身を包んだ彼、クライド。
布越しでも、緊張した面持ちで立っているのがなんとなく分かる。
バージンロードのエスコートはヴィルヘルムさんから始まり、彼にバトンタッチ。
二人で歩みを合わせてゆっくりゆっくりと教壇に上がり、神父の前で向かい合って。
慣れない手つきでベールを上げてもらうと、鮮明になった視界いっぱいに彼の顔があった。
久しぶりに見た真剣な表情にどきりと大きく胸が跳ねる。
健やかなるときも、病めるときも。
喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも。
愛し、慈しみ。
その命ある限り、真心を尽くす……
誓います、そう答えた二人の声は、ふんわりと重なり合って教会に響いた。
少し間を置いて……ゆっくり、そしてしっかりと、いつもより控えめで優しいキス。
唇同士がくっついたかと思うと、表面をふわっと撫でて離れていって。
そして、じっと見つめ合い……
『これからも末永く、どうぞよろしくお願いします』……そう心の中で言って。
……お互いに強く頷いた。
私と彼、同じ想い。
言葉には出していなくても……でも、二人にははっきり聞こえていた。
そうして割れんばかりの大きな拍手に包まれて、『私』の人生は……『私達』の人生となり。
二人で幸せへの第一歩を踏み出していった……




