不格好な愛の形
その後、私が起きたのはなんと……翌々日の朝。
翌日だと思ってレベッカさんに話かけてしまい、思いっきり笑われてしまった。
またいつも通り店の仕事をし、何事もなく平和に一日が終わって。
片づけをしているときに、彼はひょっこり現れた。
特に今日は用事があった訳じゃなくて、ただ本当にたまたまふらっと立ち寄っただけのようで。
そこで。
「クライド、この後どこか行かない?」
私から散歩に誘った。
彼に言いたいことがいっぱいあったから。あの日の謝罪やお礼はもちろん、この想いも。
「ん?急にどうした?」
突然の事にその声は驚いていたけど、その表情には嬉しさが溢れていた。まるで散歩に呼ばれて尻尾を振る、大きな犬みたいで。
「ううん、なんとなく……どっか歩きたいなって。二人きりで」
彼は目を大きく開いたかと思うと、急にその場でわたわたして棚に腕をぶつけて。
売れ残りのレモンを見事に全部床に落とし、レベッカさんからお小言をもらってしまった。
もちろん私もこれから二人きりになれると思うと内心わくわくしてたけど、そんな動揺っぷりの彼を見て余計に嬉しくなって。
思わず漏れた笑み。
レベッカさんからばっちり見える位置だったけど……
バレてもいいや。なんだか今はそう思えた。
散歩ならおすすめの場所があるから、って言われ着いて行くこと数十分。
ここはどこだろう。初めて来た場所だ。
静かで爽やかな風が吹き抜ける夜の川。
小さくなった街並みが遠くに見える。ずいぶん家から離れたところまで来てしまったみたい。
足もちょっと疲れてきていて、そろそろ休憩を、と言おうとするけどタイミングをさっきから逃し続けている。あまりに前に集中しているから、どうにも言いづらくて。
そんな彼は時々キョロキョロと周りをしきりに気にしながら、人気のない方へとどんどん進んでいく。
道中会話は一切無く。お互い地面を見つめてただただまっすぐ前へ。
「ねぇ、どこまで行くの?」
さすがに不安になってきて、彼に尋ねてみる。
何か目的があるんだろうと黙っていたけど……周りの知らない景色になんだか落ち着かなくて。
でも、彼は下を向いたまま何も答えない。
まさか怒ってる?
いやでも、怒るも何も……ずっとただ歩いてるだけで会話も何もないし……
「えっと、別に咎めるつもりは無くて……その、あの、どこへ向かってるのかな〜って」
控えめに聞いてみるも、やっぱり返事は無い。
長々歩き続け、目の前が行き止まりになってしまった。
大きな岩がいくつも転がっていて、この先は行けそうにない。
そこで彼はようやく足を止めて、ゆっくりとこちらを向いた。
やっとの休憩にホッとした私の目に飛び込んできたのは、なんだかやけに固く強張った彼の表情。
私までなぜか緊張してきて、ごくりと唾を飲み込んだ。
静かな川の流れを聞きながら、待つ事数分。
ようやく彼は重い口を開いた。
「母親が死んでから、俺には何にも残って無かった。自分で言うのもなんだけど……燃え尽きたんだ。あの家を必死に支え続けて」
私の言葉を待たずに彼は続ける。
「でも、親は死んで。その同じ年にねえちゃんは結婚して。それまで頑張り続けてきた目的が急に無くなった。それから今までずっと、ぼーっと適当に生きてきた」
まだ続く、彼の独白。
「酒で誤魔化して、なにもかも全部忘れて、現実からひたすら逃げてさ……」
そう吐き出す彼はどこか力なく。
声はあくまで明るいトーンで、過去の自分を笑い飛ばしているようだったけど、翳る表情には本心が滲み出ていた。
ふとレベッカさんの言葉を思い出す。
やっぱり言ってた通り。彼は苦しさゆえに酒に溺れていた……
一呼吸おいて、彼はすっと目を伏せ……そして何かを振り切るように軽くかぶりを振った。
再びゆっくりと見開いたその澄んだ瞳は、まっすぐ前を見据えていて。その真剣な眼差しにドキリと胸が跳ねた。
「でも、君に会ってから……変わった」
気恥ずかしさから思わず逸らそうとした私の目は、彼の強い視線にすぐに捉えられてしまった。
なんだか無性に恥ずかしい……でも逃げる事は許されず。
かあっと顔がみるみる熱くなるのが自分でもよく分かる。今の私、外から見たらきっと真っ赤だ。
「また会いたいって思うようになって、なんだか一日一日が待ち遠しくなって。毎日生きるのがなんだか楽しくなってきて……」
そこで口を閉ざす。
始終無言の私に、少し不安げに。
私の口は閉じたまま。言葉が出ない。
別に変な意味じゃ全然ない。怒ってるとかそういう無言じゃない。
彼の話は聞こえてる。ちゃんとその意味も分かってる。
でも、突然のこんな少女漫画みたいな展開に頭が追いついてかなくて。
何か言葉を返したいけど、真っ白な頭からはなんにも出ない。
体中かっかと熱く、熱に浮かされてしまって。
言いたい事がたくさんあったはずなのに、まさにタイミングは今だというのに、頭脳は全く働いてくれない。
「つ、続けて……」と風で消え入りそうなか細い声でなんとか答えを紡ぎ、場を続ける。
そのたった三文字しか今の頭からは出てこなかった。
「……そしたらさ。今まで見た目とか自分の事なんて気にしたことなかったけど……自分磨きも悪くないなって思えてきて」
自分磨き。
確かに今の彼は初めて会った時とは大違いだ。
服は決して高価なものではないけど清潔なものだし、髪もきちんととかして、髭などもそって。
纏う香りも今日は酒臭いそれではなく、爽やかな香水の香りがいい感じにほんのりと。
ガタイのよさは相変わらずだけど。まくり上げた袖から太く筋張った腕が見えていて。
こうしてまじまじと見るとただの普通の人……むしろ、私の目ごしにはイケメンに見えていて。
飲んだくれ駄目男の姿はすっかり消えてしまった。
変な話だけど、ちょっとだけ寂しい気分だった。
別に、以前の汚い彼が恋しいってわけじゃないけど……なんとなく長年の知り合いと別れるような感じの悲しさがほんの少しだけあった。
それくらい今の彼は前とは別人のように全然違っていて。
「それで、酒飲み仲間以外に知り合いも増えてさ。今じゃ人脈も広がって騎士団からお誘いまで来てる」
き、騎士団のスカウト……?!
彼の言う騎士団とは、つまりこの国のお抱えの騎士団の事。通称、帝国騎士団。
世界最強と名高く実力者ぞろいで……戦いの腕はもちろん、選ばれるのはその中でも人格者ばかり。
腕っ節が強いだけじゃそうそう簡単になれるものじゃなかったはず。
そんな人達の目に留まり、さらには仲間にならないかと呼ばれている……
「すごい……!」
「すごいのは君の方だろう?」
「そんな、私何もしてないし……」
私は何もしてない。
全然謙遜とかじゃない。心からの本音。
そういうつもりは一切無かった。
王子とかイケメンとか自分がどうだとか、そんな事ばかり考えて……
「メイは、俺に生きる意味をくれた」
「そんなこと……」
「俺には君しかいないんだ」
また捕まった。彼の視線に。
お互い顔真っ赤にしながら、なんとも情けない顔しながら、見つめ合う。
時間がじわじわとゆっくりになっていくように感じた。まるでスローモーションのようで。
「だから、その……す、す……す……」
言葉の先がなかなか出てこない。
なかなか恥ずかしさや照れに阻まれて出てこないその一言。
私もなんだかもどかしくて思わず顔をそらす。
視線を無理矢理奪い返して、つま先を凝視。体がかっかと熱くてのぼせてしまいそう。
なんだか学生の告白シーンみたいだ。屋上に呼び出して……みたいな。もういい大人だけど。
とはいえ、まさかこんなに恥ずかしいなんて。
次に来る言葉は完全に分かっているからこその、こそばゆい感覚。
背筋を直し、こちらを向き直した彼。
ゆっくりと震える唇を開き……
「す、す……好きだ!」
その瞬間、ぶわっと溢れ出す愛に包まれて。体がふわふわと浮くような感覚。
ゲーム内じゃ散々言われた言葉のはずだった。
その時もぐわっと体が熱くなるような変な感覚はあったけど、でも今のこれとは比べ物にならなくて。
熱いというより、あったかい。あったかくて柔らかい空気。
心がぽかぽかと満たされていって、とても気持ちいい。
よし、今だ。私も言わなきゃ、私の想いを。
軽く深呼吸して、口を開いて。
よし!……せ〜の!
「私も、す……んむっ!」
勢いよく塞がれた唇。二文字しかない返事すら彼は待てなかったようで。
なんだかまた大きな犬に見えてきた。待てができない、ちょっとやんちゃなわんちゃん。
最初に会った時もそういえば待てなかったんだっけ。『待て』が出来なかった。
「好きだ!」
逸れていった私の思考をぐいっと引き戻す、止めの追撃。
二度目の好きだ、が出た瞬間、タガが外れたかのように私を求めてくるそれは。
待ちきれないと言わんばかりに、溢れた気持ちのその勢いのまま私の唇を奪っていた。
堰き止めていた想いが一気に溢れてくるような、荒っぽいキス。
そしてまた唇を合わせ。離して、また深く……
思わず漏れた吐息は、もはやどちらのものか分からない。
目の前には肩をしきりに上下させて荒い息の彼。
その腕は私を絡めとり、がっちりと押さえていて。
彼の物になったという感覚に体がじんわり蕩けていって……
でも、ストップ。
「待って……その先は、また後で……ね?」
そう言って、にやりと笑ってみせた。悪戯っぽい笑みで。
その先、という単語に反応したらしい目の前の顔は、分かりやすく耳まで一気に赤くなって。まるで茹で蛸だ。
ここまでずっとドキドキさせられっぱなし、勢いに押されっぱなしで……なんとなく悔しいからちょっとした仕返しのつもり。
思惑通り、彼はその意味深な笑みにどぎまぎしていて……しめしめ。ちょっとだけ優越感。
こうして楽しめるのも、現実ならでは。きっとゲームじゃここまでできない。
豊富とまではいかないけど、私の方が多少は経験はある。
女を知らないどころか、恋愛そのものをほとんど分かっていない彼。
王子みたいにきちんとエスコート、なんてまだまだずっと先の話だろう。
さっきまでの『休憩なしノンストップ散歩』がその証明。おそらく一緒に歩く女性に気を使う、なんて彼の頭にはまだない。
でも、そこが可愛いかったりして……あばたもえくぼ?
でも私もそんな彼と成長しつつ、お互い支え合いつつ……一緒に生きていこう。
元駄目男、でも今は最高の恋人。




