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恋に落ちた



「……お断りします」

 震える声で、小さな声で……でもはっきりと。私は断った。


 殺されるのは怖い。

 でも、あいつらに捕まるくらいなら……


 言葉を吐き出し終わった唇は細かく震え、閉じてくれない。

 恐怖で息が苦しい。吸っても吸っても全然間に合わない。


「ああ?!ここで断るって事はよ!どういう意味か知ってんのか?!」

「ふざけんなよ!このアマァ!」

 まさか断られるとは思っていなかったのか、男達は一斉に大声で罵声を飛ばす。


「そんなに死にてぇのか、おめぇは!」

 黒い残像と共に何かが私の鼻先をかすめていき、切れた髪の毛が宙に舞った。

「……っ!」

 恐怖に全身の毛がよだつ。

 背中がさあっと冷たくなり、体がぎゅっと縮み上がって。


「そうか、分かった。ならお望み通り……お前はここで……!」

 再度狙いを定めるようにゆっくりとこちらに向かってくる刃。

 こちらに近づくにつれて、べっとりと染み着いた血のりやところどころ刃こぼれしているのまでよく見えてくる。


「死ねぇ!!」

 声と共に、今にも私の首を断とうとするそれ。

 見ていられずぎゅっと目を瞑った。心の中でこの世界に別れを告げながら。




 首に刃が触れる……まさにその瞬間。


 バリーンとガラスが割れる大きな音がして、床にパラパラと何かが崩れ落ちた。


 驚いて目を開けると、重い音を立てて斧が私のすぐ横の壁に突き刺さる。

 頬に鋭い風圧を感じてひやっとしたが、綺麗に斧は私を避けていた。文字通り間一髪、本当にギリギリのところで。


 足元には見覚えのあるラベルの酒瓶の破片が散らばっていた。いつぞやの、リビングで酔っ払いが握りしめてた……お気に入りのあの銘柄。

 窓から投げ込まれたそれは男の頭に命中し、注意を逸らしてくれた。おかげで私は命拾いしたみたいだ。


「クライド……!」

 また、助けに来てくれた……!

 縮こまって固まっていた心がふわっと安心感に包まれる。


 ドアから遠い位置にいた私を助けようと、わざと近くの窓から強引に押し入ってきてくれた。


 彼は肩で荒く息をしていて。本当に急いで駆けつけてきてくれたようだった。

 嬉しさのあまり思わず駆け寄っていきそうだった私に手で動くな、と指示をすると、無言のまま男達の方を向き、息を整えながら身構える。


「ははっ、また素手とか!猿かよ!」

「無理に決まってんじゃん!とんだ間抜けだな!」

「おいおい、まさかそれで戦おうってか?そりゃおもしれ~な!はははは!」

 余裕そうに笑う彼らはそれぞれ武器を手にして彼の周りを取り囲んでいって。


 彼らの注目からひとまず解放された私はこの隙に助けを呼ぼうとしたが、体が言うことを聞いてくれず。未だに震える足は前は進むことすらできなくて。


 ストンとその場に膝から落ちて、ただしゃがむ事しかできなかった。




 雄叫びをあげて、男達は一斉に彼に向かって武器を振りかぶる。


 しかしどんな武器を持ってようといくら大勢になろうと、彼にとっては問題ないようだった。

 次々襲い掛かってくる剣や斧の波を軽くひょいひょい潜り抜けては、それぞれ懐に潜り鋭く重い一発をお見舞いしていく。


 盗賊達のがむしゃらな攻撃の合間に隙間に潜り込んで三人連続で腹に一発。

 また仲間の敵を討とうと鼻息荒く振り下ろした剣を避けて、よそ見していた二人の振り向きざまに殴って。

 狙いを定めて大きく振りかぶった斧をギリギリでかわしみぞおちに一撃、そして……


 前回同様、リズミカルで見ていて気持ちいい動き。

 また今度も素手だったが、固く握りしめた一撃は軽鎧を易々と突き抜けていく。




 前と違うのは……その動きに一つ一つに込められた、激しい殺意だった。

 纏う空気にはいつになくピリピリとしていて。そこにあるのは、むきだしの強い怒り。


 そんな状況でも私の方はちゃんと把握し、しっかり守ってくれていた。

 男達がこちらに来ないよう、そしてその攻撃が間違って飛んでこないよう常に注意を引きつけ、気が逸れて少しでもこちらを向いた男は真っ先に倒して。


 でも、たったの一度もこちらを向かず。視線すら合わそうとしない。

 ずっと目の前の敵を睨みつけ、ひたすら無言で拳を叩きつけて。




 それはきっと、私が襲われた事への怒り……多分、そうだ。

 その怒りはおそらく演技じゃない。キーンとした冷たさを孕んだこの怒気はどう見ても本物で。


 だとすればつまり。自分で言うのもなんだけど……その、私は彼にとってそれだけ大事な存在なのであって。

 その裏付けがこうして取れてしまったわけだから。


 であるからして、えっと……えっと……

 頭が情報を整理しようとぐるぐるし始める。


 でも、違うの。これは理屈じゃない。そんな立派な理論を求めてる訳じゃなくて……


 ええっと、だから、その……彼は本気、なんだなって。


 言葉にせずとも、その態度で告白されてしまった。




 ……!


 急に心が苦しくなったかと思ったら、いきなり周りの音がふっと消えた。


 体がふわっと浮き上がっていく。

 突然現れた落とし穴に、うっかり落ちてしまったかのような感覚。

 それと同時に体がじわじわと熱くなっていって……


 恋に落ちるとはこの事か、となんだか変に納得してしまった。


 助けてくれた感謝の気持ちももちろんあったけど、新たに芽生えた想いの方がはるかに大きくて。

 あれほど抵抗していた私の理性はようやくここで負けを認めた。


 今の私の心の中は……


 好き。ただ、それだけだった。




 ガシャーンと派手な音を立てて横にあった斧が落ちた。いきなり。

 中途半端に壁に刺さっていたけど、重さで落ちてきたようだ。


 その音で強引に現実に引き戻される。


 そうだった、今は安心しきってる場合じゃない。彼は……彼は無事?


 慌てて彼の方を見る。だいぶ息は上がっていたが、なんと……無傷だった。

 それに、ちょっと目を離した隙にもうあらかた勝負はついてしまっていたようで。


 ぐったりと倒れた盗賊達が、お互い腕やら足やら重なり合いながら床に散らばっていた。

 最後の一人もとうとう力尽き倒れて、彼らの体の上にさらに積み上がり、この場はようやく収まった。




「メイ!メイ……!大丈夫?!」

 離れたところからレベッカさんの声。倉庫から慌てて駆け寄ってくる二人の足音。

「はい、なんとか……!また彼に助けてもらっちゃって……」

「ならよかった、安心したわ。人が見てない隙を狙って……まったく迷惑な奴らだこと……お~い!」

 窓の外に見えた衛兵を呼び止め、店に引き入れる。


 後は彼らに任せることに。よかった、これで一安心。

 鎧や武器を没収され薄着になった盗賊達は、ぶよぶよと揺れるだらしないお腹を見せたまま、衛兵達に担がれ次々引きずられていった。


 その男達がまさにここ最近連続した襲撃事件の犯人だったそう。

 後日、捕まえた彼らからアジトの在りかも吐かせリーダーもすぐお縄になった。


 そうして、再びこの辺りは田舎の平和で穏やかな雰囲気に戻っていった。



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