015◆勇者サイド
質実剛健、といった風の邸宅の内部を俺達は歩いていた。
ナギが事前に使用人達へ暗示をかけておいたおかげで、俺達は簡単にヒューゴ邸へと侵入する事ができた。
「ここからは別行動になりますね。ウィルさん、ドライお嬢、ご武運を」
ちょうどジーナやカレンがいる場所とヒューゴがいる場所の中間地点、そこで俺達は別れる事となった。
「あぁ、そっちも気をつけてな。例の作戦を使えば大丈夫だと思うが……」
ナギには侵入前の作戦会議の場でカレン対策を伝えていた。王国に来る前のトンネル内のトラップを仕掛けたがナギだったと聞いたからこそできる作戦だった。
カレンは俺の目から見ても素晴らしい剣士だ。弱点らしい弱点等無いように思える彼女だが、そんな彼女にも苦手なものがあった。それは軟体生物――とりわけナメクジが苦手なのだ。
おそらく俺とドライをトンネル内で追いかけまわしていた化け物が出たら気が気でないだろう。
「正直まだ信じられないのですが、付き合いの長いウィルさんが言うのですから本当なのでしょうね……では」
半信半疑なのだろう、苦笑いを浮かべながらナギはその場から立ち去る。
「ウィル殿、拙者達も行くでござるよ」
「……あぁ」
ナギと別れた俺とドライは、そのままヒューゴがいる書斎へと向かった。
変わり映えしない通路を歩き続け、書斎の前へと辿り着く。
「ドライ、ジーナが来たら教えてくれ」
「了解でござる」
手筈通りに事が進めば、やがてここにジーナがやってくるだろう。それまで俺は……。
「少しあいつを痛めつけてくる」
俺は書斎の扉を乱暴に開け放った。
机で書類に目を通していたヒューゴが一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま近くにたてかけていた槍を手に取り臨戦態勢となる。
「貴様……何者だ!」
「……………………」
俺は何も答えない。こいつと話すのはジーナがここに来てからだ。
お前には自らの口で自らの罪を語ってもらう。ジーナの目の前でな……。それまでは生かしておいてやる。
「答えぬか……ならば力ずくで答えさせるまで!」
俺めがけて一直線に突進してくるヒューゴ、だが……
(……遅い)
槍の切っ先をひらりと避け、剣の柄で接近してきたヒューゴの脇腹を殴打する。
「ぐっ……貴様……」
たまらず後ろによろめくヒューゴ。今なら簡単に首をはねる事もできるだろう。だが俺は溢れ出る殺意を抑え、蹴り飛ばすだけにとどめた。
無様に床を転げまわるヒューゴだが、槍を支えにしてすぐさま起き上がり再び俺に攻撃をしかけてくる。先ほどと同様に突進してくるヒューゴだが、途中で槍を器用に扱い床にある絨毯をめくり上げた。
(……フェイントのつもりか?)
絨毯に隠れ俺の背後に回り込むヒューゴ。俺はその動きを先読みしてヒューゴの顔面に思いっきり拳をぶち込んだ。
「ぐおぉっ!!」
またしても床を転げまわるヒューゴ。その鼻は潰れ、血が流れている。それでもまだ目に宿る闘志に衰えは見えない。
(少し強くやりすぎたかと思ったが、まだしばらくは大丈夫そうだな)
その後もヒューゴが挑んできてはそれを軽くあしらう。といった事を何度か繰り返した。そしてヒューゴの攻撃が済んだタイミングで、ドライが俺の背後に現れて俺にだけ聞こえる声量で話しかけてくる。
「ウィル殿、部屋の外に姫君が来たでござる。どうやら中の様子をうかがっているいるようでござる」
「わかった」
横目でジーナがいるであろう方向を確認する。確かに扉の影からこちらを覗き込むようにしているジーナの姿があった。
「貴様……貴様らはいったい何者だ!」
新たに現れたドライの姿を見て、ヒューゴは再度問いかけを投げる。
そろそろ頃合いか……。
俺は月明かりが入り込む窓際まで近づき、被っていたフードを脱ぎ顔を晒す。
「な……な、何故貴様が生きて……馬鹿な! 確かに私が殺したはずだ!」
散々痛めつけても冷静だったヒューゴだが、俺の正体を見て流石に動揺しているらしい。
「……蘇ったんだよ。俺を殺すだけでなく、約束を破り皆を殺したお前達に復讐するために」
「死者の蘇生だと……!? 馬鹿な! そんな事を信じられるか! 正体を現せッ!!」
槍を構え直し再び俺に攻撃をしかけるヒューゴ。
先ほどまでよりも単調な攻撃。よほど気が動転しているのか全く俺に当たる事無く隣をすり抜けていく。
「ッ! しま――」
だがどうやらヒューゴの狙いは最初から俺では無かったらしい。気づいた時には既にドライが人質にとられてしまっていた。
「油断しましたな、勇者殿……。お優しい貴方の事だ、これで前の様に何もできますまい」
「くっ……」
「……体格からして魔術師の少女ですかな? また死にたくなければ無駄な抵抗はしないで頂こう」
奴の言う通り、格下だと思って完全に油断してしまっていた。どうするか必死に考えを巡らす……そんな中、ドライの声が聞こえた。
「――忍法、変わり身の術。でござる!」
気がつくと白ローブを脱ぎ、普段の黒装束姿のドライが俺の背後に立っていた。
それと同時にヒューゴがうめき声をあげて、足を押さえながら倒れる。よく見るとドライが使っているクナイがヒューゴの足に突き刺さっていた。
「すまないドライ、油断した」
「大丈夫でござるよウィル殿、敵地で足を引っ張るほど拙者は未熟では無いでござる。……むしろやっと良いところをお見せできて拙者的には大満足でござる!」
得意げに笑うドライ。そういえばノエルも安全な場所ではドジをするが、外に出ればしっかり働くとドライを評していたな……。トンネル内の出来事はいわば自陣内での出来事だったし、探索や索敵だけでなく、もしかしたら戦闘でもドライは頼れる存在なのかもしれない。
「ぐっ……貴様。……獣人、いや、獣魔族か……! そうして勇者と共にいるところを見るに、勇者が魔を呼び込むという占いは本当だったか……。ならば殺して正解だったな……この人族の裏切り者め!!」
忌々し気に俺らを睨み、好き放題言うヒューゴ。この物言いには流石に殺意が湧きあがった。
「貴様――」
「口を慎め! この下郎が!!」
俺が言葉を発するよりも強く、ドライが声を荒げた。
「先にウィル殿を裏切ったのは貴様等でござろう! ウィル殿を殺めるだけでなく、ウィル殿が命を賭して守ろうとした仲間にまで手をかけ……挙句そのウィル殿に対して裏切り者? 恥を知れでござる!!」
お調子者のドライが、俺が今まで見た事無い真剣な表情で俺のために怒っていた。その剣幕に押されたヒューゴは何も言い返せないようだった。
そしてドライはクナイを持ってヒューゴの元まで詰め寄ろうとするが、俺はドライの肩に手を置いてそれを止めた。
「……ありがとうドライ、俺のために怒ってくれて……。だが後は俺がやる。下がっていてくれるか?」
「……ウィル殿。……出過ぎた事を言って申し訳無いでござる。……後はお願いするでござるよ」
ドライは俺に止められると素直に引き下がった。……ドライが怒ってくれたおかげで、俺も幾分か冷静になる事ができた。
「……何か言い残す事はあるか?」
ヒューゴの前まで行き話しかける。
「無い。……あの少女の言う通りだ。私は貴殿にとやかく物を言える立場では無い」
観念したようで、潔い態度をとるヒューゴ。
この老騎士がどんな理由で俺達を殺したのかは分からない。だが、その行為を俺は決して許す事ができなかった。
「そうか」
剣を振り上げ、ヒューゴの首をはねるべく振り下ろす。
その瞬間――。
「お、お待ちください! ウィル様!!」
扉の近くで隠れていたジーナが、部屋の中に飛び込んできた。




