014◆第一王女と女騎士2
◇ ◇ ◇
「雨が降ってきましたね……」
私がお仕えしている主――ジーナ様が窓際で外を見ながらそう呟いた。
外はすっかり日が暮れて、窓の外には暗闇が広がっている。何も見えない闇の中に雨音だけが僅かに響いている。
「ジーナ様、そんなところにいてはお体を冷やしてしまいます。暖炉をつけますので此方へいらして下さい」
「えぇ……わかりましたわ、カレン」
ジーナ様がやってきて、私は暖炉に火をつけようとするが、どうやら薪がきれてしまっているようだった。
「……申し訳ございません、ジーナ様。家の者に薪を貰って参りますので、少々お待ち頂けますか?」
「暖が無いなら無いで別に私は大丈夫ですよ?」
「これからウィル達の事を調べるのに、体調を崩されてしまっては大変です。すぐ戻って参りますので」
私は客間から廊下に出て、使用人を探すが廊下にはいなかった。すぐ近くにある広間の方へ向かってみると、なんと給仕の女性がうつ伏せで倒れていた。
「ッ! 君、大丈夫か!?」
倒れていた女性に駆け寄り、声をかける。幸いな事に息はあったが、どうやら気を失っているようだった。とりあえずどこか安静にできる場所へ連れていこうと思い、女性を抱き上げようとした時だった。
持ち上げようとして女性の腰のあたりに回した手に、ぬるりとした感触が走る。
「ん……? なんだ――ひやああああああぁぁっ!?」
手を確認すると、ナメクジがついていた。
私の! 大嫌いな! ナメクジが! 手についていた!!
そして辺りをよく見ると、他にも大量にナメクジがいるではないか。
「きゃ……きゃああああああああぁぁぁぁ!!」
我ながら情けない事だが、騎士とは思えない女々しい叫び声をあげてしまう。
他のものならともかく、どうしてもこいつだけは苦手だった。
「うぅ……いったいなんだというのだ……」
その場から飛び退き明らかな異常事態に混乱してしまうが、少し落ち着いたところですぐにジーナ様の元へ戻るべきだという考えに至った。
「カレン! いったい何があったのですか!?」
私の悲鳴が聞こえたのだろう、ジーナ様の方から私がいる広間へといらしていた。
「お、お騒がせして申し訳ございません! 何か様子が変です。ジーナ様、私から離れないで下さい!」
すぐに私はジーナ様の元へと駆け寄り、帯剣していた剣に手をかけながら辺りを警戒する。
「……私はヒューゴ伯の元へ行きこの事を知らせてきます」
心なしか少し虚ろな目をしたジーナ様が、そんな事を仰られると部屋の外へと走り出して行った。
「ジーナ様! お待ちくださ――」
走り去る主の後を追いかけようとしたその時だった、自身の背後に何かが急速に接近してくる気配を感じ、振り向きざまに剣でそれを切り捨てた。
床に緑色の不気味な物体がぼとりと落ちる。謎の物体が飛来してきた方向である隣の部屋を見ると、暗がりから緑色の触手を無数に生やしたナメクジのような生物が現れた。
「――――――――ッ!!」
また悲鳴をあげそうになってしまったが、今はそれどころではない。ジーナ様をお守りするため、背後の存在を無視して私は走りだした。
「おっと、すみませんがここから先へは行かせませんよ」
そんな私を邪魔するように進行方向に白ローブを纏った何者かが現れる。だがそんな者にいちいち構うつもりは私には無かった。
「問答無用! 押し通るっ!!」
牽制するために剣を振るうと、白ローブはそれを躱してあっさりと私に道を譲るのだが……。
「なっ……!?」
ジーナ様が走っていた通路の先に、背後にいる触手ナメクジと同種のものが大量にいた。
よく見ると他の通路、部屋にも次々とナメクジが湧いて出てきている。
「私を倒さない事には先へは進めませんよ」
「くっ……」
声からしておそらく女だろう。
私は白ローブの女に向き直り剣を構えた。
「ヒューゴ伯の元へ……って、あら?」
気がつくと私はヒューゴ伯の書斎の前まで来ていた。何故だか少し意識が朦朧としている。
確か私は先ほどまで客間にいて、そこでカレンの悲鳴を聞いて部屋を飛び出すと給仕の女性が倒れていて……。そこから先の事については思い出す事ができなかった。
しばらく呆然としながら何があったのか考えに耽ってしまったが、すぐに意識を現実に引き戻される事になった。書斎の中から剣戟の音が聞こえてきたからだ。
「こ、これは何がおきているのですか……」
開いていた扉から中を覗きみると、ヒューゴ伯と白いローブを纏った人物が戦っていた。
室内は僅かに月明りが入り込む程度で薄暗く、ローブの人物はフードを被っていたため顔をうかがい知る事はできなかった。
私に分かる事は、果敢に挑むヒューゴ伯をローブの人物が赤子の手を捻るように、やすやすとあしらっているという事くらいだった。
「あの方はいったい……」
ヒューゴ伯は高齢ではあるが、それでも王国内では指折りの騎士である。そんな人物を難なく相手にできる人なんて、私が知る限り1人しかいなかった。
「……いえ、ですが彼は亡くなって……」
正直、彼は本当は生きていると信じたい気持ちはあった。遺体を確認した訳では無いし、彼が簡単に死ぬなんて思いたくなかった。……でも彼は王国に帰って来なかった……。
感傷に浸っていると、中で動きがあった。新たにもう1名小柄なローブの人物が現れ、何やら会話をしている。ここからでは話を聞く事はできないが、ヒューゴ伯も何か言っているようだった。
そしてヒューゴ伯と戦っていた人物がフードを取った。
雨音はまだ聞こえるが、雲間が晴れたのだろうか……露わになったフードの人物の顔を一際強い月明りが照らす。
「え……」
そこで私が見たのは、死んだと聞かされていたウィル様の姿だった。
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