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こちら、<対魔族魔法精霊学園>  作者: 海鼠なまこ
1 精霊の天敵
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14/15

Ep.12 <暴食>の精霊 前編

 12-1


 彼の姿がぼやけて見え、イヴは口を覆った。


「すみません……こんなことに巻き込んでしまって……」

「だから、謝るなって言っただろ。似合わないぞ」

「だって……貴方、彼と戦ったら絶対、傷だらけに……!」

「それは違うな」


 鋭く、強く、絶対に認めない声で、真來(しんらい)は言った。


「俺の相棒は世界一だ。俺は絶対に傷ついたりはしない。それに」

「……それに?」

「お前はもう、傷だらけだ」


 真來の背中から、静かに燃える炎のような、冷たい怒りが伝わってくる。

 彼の怒りが、踏みにじられたイヴの心を包み込んだ。

 ほんの少しだけ、痛みが和らいだ気がした。

 平静を取り戻し、イヴは傷ついたオーディーンを抱き上げ、きっと顔を上げる。


「……シンライ、状況を理解していないのかな?」


 真來と白夜(しろや)の向こうでは、ファルシアが困惑の色を見せていた。


「よく聞いてくれ、シンライ。<精霊の天敵(アンノウン)>の正体はイヴだったんだ。僕は風紀委員長として、彼女を捕縛しなければ──」

「やれやれ。下手な芝居でも、もう少し良い脚本は書けると思うぞ、風紀委員長さま?」


 僅かに、ファルシアの体が浮ついた。

 ……動揺している。

 これを、真來は見逃さなかった。


「確か、お前はイヴの部屋にある霊晶(コア)は『<精霊の天敵>が消したもの』としてイヴのところへ行ったんだよな?」

「……そういうことになるね」

「つまり、その証拠はまだ不完全な訳だ。<精霊の天敵>はイヴじゃない」


 微かに震える声で、ファルシアは反論した。


「でも、こうして彼女は僕の放った囮の精霊(えさ)に食いついたんだ。彼女の部屋から発見された霊晶も、こうなった以上は<精霊の天敵>のものだと考えて当然──」

「言い忘れてたが、あといくつか、こっちには証拠があるんだ。お前の言い訳なんざ無力になっちまう、悪魔の証拠がな」


 そう言って、真來はデバイスを操作した。

 そして、音声データが再生される。


『恨むなら、この魔触の年を恨むんだね。君と僕が、偶然にも会ってしまったことを』

『彼には、君が僕の正体だと伝えた。直にここに到着するだろうね』


 それは、つい先刻、ファルシアがイヴに話した内容と同じものだ。


「ここに来る直前、イヴからこんなものが送られてきた。このデバイスにはお前から送られてきたメッセージも残ってる。これを照合すれば、イヴが<精霊の天敵>じゃないことは分かるはずだ」

「……でも、それも不完全だろう?そんなものじゃ、僕を<精霊の天敵>として捕らえることはできないはずだ!」


 目に見えるほど狼狽しながら、ファルシアは弁明を続ける。


「それと、クエストの申請書を見たら面白いことになってたんだ。どうやら今も、俺とイヴが受けたクエストは続いているらしい」


 それを聞いて、イヴは急いでデバイスを操作し、自身が受けたクエストの内容を確認した。



【クエスト名:魔物の討伐


 クエスト参加者:イヴ・アレスターナ、黒鋼真來(くろがね・しんらい)


 クエスト詳細:

 ・小人鬼(ゴブリン)五体の討伐:完了】



【クエスト名:<精霊の天敵>拘束


 クエスト参加者:風紀委員、黒鋼真來


 クエスト詳細:

 ・<精霊の天敵>の正体究明及び拘束】



 「俺が受けたクエストは、魔物の討伐だけじゃない。イヴと外出する前に、<精霊の天敵>のやつも受けてたのさ」

「そんなこと、僕は聞いてないぞ……」

「当然、あんたには言ってないからな」


肩をわなわなと震わせるファルシアをよそに、真來は話を続ける。


「知らなかったのか?どうやらクエスト中は、デバイスが周囲の音声を記録して、クエストの参加者と共有できる仕組みになってるらしい。イヴがここに来たのは、自分が囮になって、<精霊の天敵>に襲わせるつもりでいたのさ。録音してたのは、いざというときに情報を残すためだったんだよ」

「……やはり、君は非常に危険な存在だった。もう少し早いうちに消しておくべきだったよ」

「おや、俺は別に、お前が犯人だとは一言も言ってないぞ?」


 まあ、お前は一つ罪を犯しているけどな、と言い、真來はファルシアの腰を示した。


「……何を言っているんだい?」

「クエスト中の<ネイティブドライヴ>の使用禁止──まさか風紀委員長ともあろうお方が、それを忘れるのか?」

「──っ!!」


 そう、校則によって、クエスト中は<ネイティブ>の使用は禁止されている。

 小人鬼と対峙したとき、イヴに教わった事だ。


「これでも、風紀委員に協力してる身だ。イヴのことは霊晶の鑑定が終わってからでいい。お前は、校則違反者として、俺が裁く」


 ファルシアはため息をつき、愉しげに肩を震わせる。


「──やれるものならやってみなよ!」


 そして、猛烈な速さで真來に突進する。


「行け、白夜」


 はい、という白夜の返事は、遥か前方から聞こえた。

 イヴの目には、白夜の体が透けたように見えた。

 それが網膜に残った残像だと気づくまで、少し時間がかかる。


 まさに疾風。

 白夜は一足飛びに間合いを詰め、敵に襲い掛かった。

 しかし、ファルシアは虚空から剣を取り出し、白夜の猛進を迎え撃つ。

 流石は<十一人(デクリメント)>といったところだろうか。


 その刹那、両者の力が交差した。

 白夜は刃を素手で払いのけ、認識できないほどの速さで拳を撃ち込んだ。

 敵は首を逸らして交わしたが、小指が顔面を掠めたらしい。

 顔面を覆っていたマスクはまるで蜘蛛の巣のように容易に変形し、引きちぎられるようにして割れた。


 白夜は大きく跳躍し、ほんの数瞬で戻ってくる。

 彼女が真來の前に着地したとき、敵のマスクの左半分が落ちて、その素顔があらわになった。


 中から見えたのは、酷く歪んだファルシアの顔だった。

 イヴを身代わりにする計画の失敗や焦りから、普段の彼と比べるとだいぶ落ち着きがなくなっている。


 ここで、イヴは()()()()に気がついた。


「ふむ。君の精霊の力はよく分かった。けれど、君はいつまでそうしているつもりだい?君はまだ生身──まさか、戦闘は全て精霊に任せるつもりかい?」


 そう。真來はここまで、たったの一度も、魂端末(ソウルガジェット)を起動していない。


 精霊や召喚獣たちは、学園に張られた結界内において、その実力の全てを発揮する事はできない。

 故に、学園の敷地内で行われる戦争では、精霊たちの召喚は必須とされてきた。


 だが、真來はどうだろう。

 魂端末を起動もせずに、白夜の拳は武装したファルシアの防御をいとも容易く貫通し、そのマスクを砕いた。


 学園の結界内でこれだけの力を出せるのなら、真來の魔素位階(マナレベル)はゆうに三を超えるはずだ。

 以前、イヴが自身の魔素位階を測定したとき、イヴの魔素位階は二・六だった。

 ファルシアの魔素位階も、風の噂では二・九程と聞いたことがある。


 もし真來が白夜を召喚したら、彼はどれほどの強さなのだろう?

 そんな思考が、イヴの頭をよぎった。


「ご指摘ありがたいが、もちろん、俺も戦うさ」


 真來は<ホゥリィドライヴ>を装着すると、魂端末を起動した。

 真來の高められた魔力が、空気を震わせる。

 魂端末を<ホゥリィドライヴ>に差し込み──


召喚(コール)


 そして、レバーを展開。

 瞬時に魔法陣から鎧が出現し、真來の体に纏われる。


 その姿は、あたかも鎧武者。

 現代の機械的な意匠がみられる、メカニカルな鎧だ。


「おい、イヴ」


 突然名を呼ばれ、イヴはびくりとした。


「お前も武装しろ」

「でっ、でも……オーディーンが……!」

「何だ、パニックになって頭も回らなくなっちまったのか、優等生」


 真來はイヴの肩に手を置いて、真正面からイヴの瞳を見つめた。


「っ!?何をするんですか!?」

「ちょっとは落ち着け、らしくない。あるだろ、オーディーンが複製した能力の中に、回復魔法の一つや二つ」

「……あなたに指摘されるとは心外です。ですが……ありがとうございます」


 一つ、深呼吸。

 イヴはきっとファルシアを睨み、魂端末(ソウルガジェット)を起動、<ホゥリィドライヴ>に差し込んだ。


「……召喚」


 レバーを展開し、イヴは駆け出した。

 中世の騎士のような鎧を身につけ、長剣(オーディーン)を握ったイヴは、オーディーンを瞬間的に回復させると、ファルシアを左肩から胸にかけて斬りつけた。


 が、ファルシアはその動きはすでに見切っているようで、イヴの攻撃を剣でいなし、裏拳で反撃した。

 簡単に吹っ飛ばされるも、それだけでやられてしまうイヴではない。

 即座に空中で体制を変え、地面に剣を突き刺した。


 しかし、勢いを殺しきることができない。

 そのまま転がり、木の幹に背中を打つ。


 そして、ファルシアはその隙を見逃さない。

 一瞬にして魔力を練り上げ、水の槍を()()()()()()放つ。


 とっさに剣で弾くも、刃の一部が欠け落ちた。


 ──このまま戦うのは危険だ。

 そう考えたイヴは、隠れることを決断したようだ。


 イヴはオーディーンの魔術記憶(ログ)から色に紛れ込む魔術を発動し、夜の闇に溶けるようにして消えた。

 やや離れたところへ移動し、欠け落ちた刃──長剣(オーディーン)を修復する。


「すぐにでもカタをつけたいところだけど……厳しいわね」

「ああ。恐らく、ファルシアは防御系統の魔術も『喰った』のだろう。だとすれば──」

「アンノウンを一撃必殺できるような攻撃が必要、ってこと?」

「その通りだ──来るぞ!」


 瞬時に身を投げ出す。先ほどまでイヴがいたところには、帯電した水の槍が突き刺さっていた。

 上を向くと、第二射、第三射が飛んできている。

 きわどく身体をそらし、イヴは槍の雨を切り抜けた。


「……鬱陶しいですね。閃光(ライトニング)


 呟いた瞬間、地表を電気が駆け抜けた。

 爆発的に流れた雷電により、水の槍は全て弾け、月光を反射して美しい光景を生み出していた。


 攻撃の間が生んだ一瞬の隙を突き、再び闇へと消える。

 真來たちが交戦していた場所に戻り、背後からファルシアを斬りつけた。


 その瞬間、イヴは僅かな魔術的な抵抗を感じ取った。

 魔力の波動から察するに、ある程度の攻撃なら防ぐことのできる初歩的な障壁魔法だ。

 つまり、これはファルシアの<暴食(クロノス)>によるものではない。


 そう、基本的な魔法に限って言えば、ある程度の技量のある者は扱うことができる。

 遠い昔、精霊たちを使役しない魔術師たちが編み出した、基本魔法と呼ばれるものだ。


 イヴ自身も、七大エーテル元素系とダメージ遮断などの基本魔法なら、一通り扱うことができる。

 イヴが知っている障壁魔法の特徴は、「密度によって強度が変わること」だ。

 つまるところ、障壁魔法は「点の攻撃に強く、面の攻撃に弱い」という、表裏一体の魔法なのだ。


 もっとも、学園長のナドラル・レンロウグとなれば話は別だが。


 イヴはファルシアを背面から斬りつけたとき、違和感を感じた。

 その違和感の正体。それは──


「……委員長──<精霊の天敵>、貴方はなぜダメージを受けていないのですか?」


 イヴの太刀筋は長かった。

 最も大きな的である胴体を、外さないため、回避させないために。


 それを障壁魔法で受けるなら、必然的に剣の軌跡を「面」で受けなければならなくなる。

 そうなれば、僅かでもダメージは貫通するはずだ。


 だが、目の前のファルシアは無傷。

 一体、どのようにしてダメージを防いだのか?


「愚問だね。<十一人>にも匹敵する君が、こんなことも分からないなんて。もし君が<十一人>の一人なら、<十一人>の名が泣くよ」


 芝居がかった動きで、ファルシアは腕を広げて言った。


「ほんの一部分に収束させた障壁を、君の動きに合わせて移動させただけさ。確かに、障壁は広い範囲での攻撃には弱い。なら、強度を高めた「点」を移動させればいい。僕の念動が成せる業だよ」


 簡単な話だろう?と付け加え、ファルシアは肩をすくめた。


 イヴは戦慄すると同時に、<十一人>に対して畏怖めいたものを覚えていた。

 まさか、障壁を念動で自在に操るとは……。


 次の瞬間、一陣の風がイヴの横を吹き抜けた。

 イヴの鎧に、亀裂が走る。


 何が起こったのか理解できぬまま、イヴは背後を振り返った。

 そこには、長剣を振り抜いた()()()姿()があった。


 イヴは瞠目した。

 もう一人の「イヴ」はゆらりと立ち上がると、うねるように姿を変え──ファルシアが武装した姿になった。


「今の攻撃も、変化(へんげ)の魔術も、全て僕が『あの方』に授けてもらった、<暴食>の食事の成果さ。変化の魔術を持つ精霊は殺してしまったけれど、今の風──<疾風を弄ぶ(ウインド・)堕天使(ルシファー)>のルシファ・エミアの精霊は殺すことが出来なかった。おかげでこの一種類の魔術しか使えないわけだけど──」


 そこで言葉を切り、ファルシアは空間に消えた。


「風を操る──響きだけ聞くと単純に聞こえるかもしれないけど、予想以上に応用の利く魔術でね。こんなこともできるんだよ」


 誰もいないはずの空間から、不気味に声のみが響く。

 そして、突風が吹いたかと思うと、再びイヴたちの鎧に亀裂が走った。


風の刃(サイクロン)鋼の刃(メタル)──いわゆる『かまいたち』というやつさ。障壁魔法じゃ防げない、見えない刃……防御こそ最大の攻撃とはよくも言えたものだよ」


 姿を現したファルシアは薄く笑い、イヴに向き直ってから、攻撃の構えを取る。


「まずは君から「喰べて」あげよう、イヴ」


 風と同化し、凶刃となった風鋼(サイクロンメタル)が、イヴの喉を引き裂こうと直進した。

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