Ep.13 <暴食>の精霊 中編
13-1
「まずは君から『喰べて』あげよう、イヴ」
風と同化し、凶刃となった風鋼が、イヴの喉を引き裂こうとした。
しかし。
風の刃は、真來の持つ剣によって両断されていた。
真來がその手に握っている黒い機械的なメインモジュールから、青白く伸びる刃。その輝き、放たれる波動から、刃はエーテルで構成されているはずだ。
「……全部が思った通りに進むと思ったら大間違いだぞ?」
真來はそう言うと、剣を振り下ろした。
すると、真來から離れた位置に、ファルシアが倒れるようにして出現した。
真來は早足でファルシアに近づき、さらに斬りつけた。
ファルシアは剣で攻撃を防ごうとしたが、剣は一撃で二つに折れ、障壁はいとも容易く破られた。
「なぜだっ……どうして、こんなにもっ……」
装甲を破壊されながら、ファルシアは疑問の声を上げる。
イヴは短考した。
魔術を打ち破り、武装を破壊する剣。
まさか。
「魔力──エーテルの……無力化……?」
「ご名答」
体勢を崩したファルシアを蹴り飛ばし、真來はイヴに近づいた。
「この剣は、俺の実家にあったんだが、ちょいと訳アリでね。曰くつきの代物なんだよ」
「そんなものが……どうして──」
イヴの言葉を遮り、真來はイヴに尋ねた。
「確か、オーディーンは能力をコピーできるんだよな?」
「そうですが……それが何か?」
「白夜の能力をコピーしろ」
「……良いんですか?」
能力を複製すると、オーディーンとその主であるイヴには、能力の全貌が知れることとなる。
イヴは戦争への参加者だ。
将来的に戦うかもしれない相手に能力の全貌を明かし、ましてや能力を扱えるようにするというのは、普通ならばありえない行為であった。
「戦争のことより、まずはファルシアを倒すことを考えろ。いいな?」
「……分かりました。では、そのまま動かないでください」
イヴは真來に手をかざした。
手のひらから、淡いブルーの光が発せられる。
「──終わりました。もういいですよ」
「よし、あとはとどめを刺すだけだな」
よろめき立つファルシアを睨み、真來は魂端末のレバーを押し込んだ。
「……シンライ。君こそ、全てが思い通りに進むと思ったら大間違いだ」
ファルシアが<ネイティブ>のボタンを押すと、黒い魔法陣が出現した。
「──ヴオオオォォォォ……」
「君たちには特別に見せてあげよう。これが一連の事件で僕の<暴食>が手に入れた力──<精霊の天敵>だ」
魔法陣から、人間とも動物ともつかない「モノ」が飛び出した。
まさに異形。
エーテルで構築されているであろう体表には、いくつもの顔が浮かび上がっている。
人の顔から、精霊や召喚獣らしきものの顔。
相当な数の人間たちを屠ってきたようで、それらの顔はみな、怒りや憎悪といった激情を、その表情と呻き声で訴えていた。
「……そコノ、にんゲ……ん……。ココか、ラ……た……すけ……テ……ク……れ……」
「絶景だろう?実にいい画だろう?ここにいる者たちはみんな、僕が直々に調査依頼を出して、そして裏切った者たちだ。僕に裏切られたときの彼らの表情といったら……ああ、今思い出すだけでも鳥肌が立つよ!」
恍惚とした笑みを浮かべ、ファルシアは体を震わせた。
真來の背中に、びりびりと戦慄が走る。
(こいつ、いよいよやばいな……)
「イヴ。俺が合図したら、お前は白夜の能力を全開にして発動しろ。俺がファルシアの動きを止める。とどめはお前が刺せ」
「……わかりました」
真來はファルシアとの間を一瞬で詰め、鋭く拳を打ち込んだ。
対するファルシアは先ほどと同じ障壁を張って、真來の拳を受けた。
真來の拳がファルシアに当たる寸前のところで止まり、動かなくなる。
「障壁は点の攻撃に対しては強度が高くなる。そんなことも理解できずに向かってくるのは随分と無謀なんじゃないのかい?」
「いや、無駄じゃないさ」
ぐらり、とファルシアの体勢が崩れる。
「なっ──!?」
「白夜の能力を、お前は少しみくびってるみたいだな」
止まっていた真來の拳が再び動き出し、ファルシアの胸に当たる。
ファルシアは豪快に吹っ飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。
「……どういうことだ?胸部装甲が……」
「破損してない……。オーディーン、どういうこと?」
「ふむ。どうやらあれは白夜の能力のようだな。白夜の能力は、力を制御すること。おそらく、白夜の能力を使って、無理やりファルシアの体に衝撃を与えたのだろう。これならば、障壁を破壊する必要はない」
ファルシアは立ち上がろうとしたが、体がうまく動かなかった。
さらにファルシアが動けないように、真來はファルシアに馬乗りになった。
「動かない……!?シンライ、一体僕に何を……」
「何って、ただ白夜の能力を使っただけさ」
「……<暴食>、シンライを攻撃しろ」
ファルシアの命令により、<暴食>は真來への攻撃を開始した。
「イヴ!<暴食>はお前に任せた!」
「──分かりました!」
イヴは白夜の力を発動し、<暴食>の動きを止める。
そして、<暴食>に斬りかかろうとした。
が、しかし。
「──たのム!殺サないデクれ!嫌ダ……シにたクナい……」
「──っ!」
イヴの腕が止まる。
いくら敵と言えども、イヴにとって、命乞いをする精霊を攻撃することは難しいようだ。
その精霊が、多くの人間の顔を持っていることなら、なおさら。
ファルシアはその様子を見て、にやりとした。
「──イヴ!早く<暴食>から離れ──」
「<暴食>!イヴを攻撃しろ!今こそ好機だ!」
「──ウ、あ、アぁ……ガぎゃぎグるルるるルぁ……ルぉおおおおっオオおヲおアぎゃぎャアあああッ!!」
完全に不意を突かれ、<暴食>の豪腕はイヴに直撃した。
しかし、イヴが傷つくことはなかった。
「……さすがですね、シロヤさんの能力は……。さすがに死を覚悟しましたよ」
イヴは白夜の能力で、<暴食>の腕を止めていた。
そのまま剣で<暴食>の腕を押しのけ、イヴは<暴食>の腕を切断した。
「まさか精霊を強制的に支配するなんて……」
その時、脳内で、オーディーンがイヴに囁いた。
『イヴ。この<暴食>とやら、どこかで感じたことのある魔力の波動をしていたが──その正体が分かった』
『──何だったの?』
『こいつは──』
『……っ!』
<暴食>が、イヴに突進する。
イヴは、長剣を<暴食>に向け、白夜の能力を発動した。
<暴食>の動きを止め、イヴはファルシアを冷たい瞳で見下ろした。
「……あなたは学園に居てはいけません。あなたの身柄は、<第五感>に引き取ってもらいます」
「<第五感>だって……?彼らは傍観主義のはずだ。この程度の事件じゃ、彼らが動くことは──」
「事件では動いてもらえないでしょうね。だからこう言うんです。<大罪>の名を冠した精霊を使役している者がいる、と」
「……そんなことをして、ただで済むと思うかい?僕の父はこの国の重鎮なんだ。当然、<第五感>にも干渉できる」
「誰がそんなことをさせるんですか」
イヴは溜息をつき、諦めたように、冷たい声で言った。
「貴方には、ここで私たちに負けてもらいます。<精霊の天敵>」
13-2
三十メートルほどの位置から、何者かが交戦している音が聞こえる。
学園の寮から少し離れた訓練場。その屋上に、一つの黒い影があった。
黒いマントをはためかせ、反転石の装飾が施された銀の仮面をつけた男子学生。
<支配者>──クロクは、ただ無表情で、戦場を見下ろしていた。
彼の使役する精霊は、クロクの隣で、同じように戦場を見つめている。
「……なぜ、マスターはそこまで彼に執着するのですか?」
ふと、クロクの使役する精霊は口を開いた。
「──俺の計画に必要な存在だからだ」
「マスターの計画とは、どのような内容なのですか?彼とマスターには、どのような関係が?」
「今日はやけに饒舌だな、夜宵」
「……私はただ、気になるだけです。マスターの行き着く先が、一体何なのか」
「それについては、時が満ちたときに説明しよう。今のあいつでは、俺の願いは成就しない」
「…………」
彼の精霊──夜宵はこれ以上の質問は無駄だと判断したのか、黙って戦いを見守っていた。
そこへ、ふわりと軽く、何者かがクロクたちの背後に着地した。
気配に気づき、夜宵は背後を振り返る。
そこにいたのは──
「どうした?そんなにピリピリして。まるでこの戦いが、世界の命運でも懸かっているような雰囲気だが」
「……そうかもしれません、セナ教授」
真來の担任、セナだった。
「どうしてここに?」
「なに、少々面倒なものの鑑定を任されたのでね。休憩がてら、散歩だよ」
「……散歩というには、ここは少々物騒かと思いますが」
「あいにく、私はそういうものが好きな人間だ」
セナは訓練場の屋上を歩きまわり、戦況の観察に適した場所を見つけると、眼鏡をかけ、戦況の分析を開始した。
「……なるほど。二対一、それも一人の方はかなりの手練れのようだな」
正確に言い当てる。
驚いたことに、どうやらセナには戦況の全てが見えているようだ。
「ですが、妙な点もあります。包囲が不自然に広い。これでは戦闘の詳細もほとんど分からないのでは」
「いや、それは違うな」
「……何故です?」
セナの指摘に、クロクは怪訝そうに眉をひそめた。
「包囲しているのは風紀委員。おそらく、中央で戦闘しているのも風紀委員だ。なら、クエストに参加している彼らはデバイスで状況の報告ができる」
「それはできませんよ、セナ教授。戦闘中に周囲の様子を記録して、他人のデバイスに送信するというのは、私たちには難しい」
「……そうか」
クロクは唐突に、戦場に背を向けた。
そのまま、階段に向かって歩き出す。
「おや、最後まで見ていかないのか?」
「ええ。決着は既についています」
戦場を見ると、まだ戦闘は続いている。
それどころか、戦闘は激しくなっていく一方だ。
「これは<第五感>の方々も処理が大変そうですね。<大罪>の一つ──それも<暴食>とは」
「おや、知っているのかね?」
「……どうやら、本人は<暴食>と名乗っているそうですが」
「実に便利だな、君の精霊の能力は。まさか諜報活動に利用するとは思わなかったよ」
僅かに苦笑して、セナは肩をすくめた。
「ああ、そうだよ。だが、あいにく私は<大罪>の担当ではなくてね。こいつらに関することは、すべて<暗き視覚>の奴らに丸投げしているよ」
「<青き味覚>も<大罪>の担当だったはずでは?」
「急遽、別の案件が入ってね。どうしても外せない任務だ。それこそ、この世界の運命に関わる」
セナのその言葉に、クロクは足を止めた。
クロクの声が、微かに震える。
「……まさか」
「そう、そのまさかだよ。近いうち、間違いなく<第十二次魔族大侵攻>は起こる」
「……<色彩の魔法使い>が、そう予見されたのですか」
「それも、かなり最悪な形でね」
星空を見上げ、セナは張り詰めた声で言った。
「その爪痕が消えないまま、<第十三次魔族大侵攻>が発生することも分かった」
「……確か、<第十一次>からここ四九四年の間、侵攻は発生していなかったはず。何故、このタイミングで?」
「それは分からない。だが、前回の侵攻まで、侵攻が発生する間隔は短くなっていっている。いつ侵攻が起きても、おかしくない状況だった」
「それで、<第十二次>はいつ発生するのですか?」
「一月もしないうち、といったところだろうな」
「<第十二次>から<第十三次>までの間隔は?」
「最短で五八日、最長で八七日、と<色彩の魔法使い>は予見されている」
クロクは自身の記憶を探った。
魔術史によると、たしか<第十次>から<第十一次>までの間隔は三〇年。
少しずつ侵攻の間隔が短くなっていく中、一年も空いていないのは、異例としか言いようがなかった。
「では、私はこれで失礼します」
「……一体、何をするつもりだ?」
「用事ができただけです。それでは」
そう言ったきり、クロクは何も言わず、訓練場から去っていった。
「君のことは、<赤き聴覚>が全て調べたそうだが──<大罪>の存在する理由と、世界の行き着く先を、君は何に利用するつもりだ?」
セナの呟きは、誰にも聞こえることなく、星空へ溶けていく。
そしてセナは、視線を戦場に戻した。
彼女の視線の先では、今まさに、決着が着こうとしていた。
変に早く更新しようとして出来の悪いものができても嫌だよね、ということでやっぱり不定期更新です。
ごめんね。




