Ep.11 正体 後編
11-1
夜の森を、一筋の風──もとい人影が疾走していく。
冷たい夜風を全身に受けながら、真來と白夜はイヴの手がかりを捜していた。
ファルシアと合流できるだけでもいい。なんとしても、イヴを捜し出さなければ。
時刻は既に午後十一時を過ぎていて、普段なら学園生たちは寝静まっているはずなのだが──
今日は、どこかが違っていた。
寮から漏れる明かりを見る限り、いつものように学園生たちは眠っているはずだ。
起きているとしても、寮監や教授たち、そして風紀委員だろう。
しかし、今夜は違う。
何が違うか、ということまでは、真來には分からなかった。
だが、真來の本能はこの異常な状況に警報を鳴らしていた。
何かが起こる。そういう胸騒ぎがするのだ。
魔術師とは、その魔力と感覚故に、運命とは切っても切り離せない関係にある、と、かつて向日葵は真來に語った。
あの夜のことも、もう少し早く真來が魔術師として目覚めていれば、感覚的に察知できた、とも。
胸騒ぎの正体に気づかない真來は、冷や汗をかきながら痛感した。
やはり、魔術師とは因果なものだ。
そういう「第六感」だとか、「虫の報せ」みたいなものは、魔術師の場合──
ほぼ確実に、当たるのだ。
「くそっ……どうなってる……!?」
走りながら、デバイスに連絡が来ていないか確認する。
音声メッセージが数件。全て、ファルシアからのものだった。
イヴが見つからないことに焦燥感を覚えながら、真來はメッセージを再生した。
そこには──
『イヴの部屋から、大量の霊晶が発見された。今、手が空いている教授が鑑定中だけど、<精霊の天敵>が消失させたものだと見て間違いないだろうね。これから、事情聴取のためにもイヴを拘束しに向かう。君にも来て欲しい』
真來は唖然とした。
イヴに限って、そんな馬鹿な──と思う。
こんな感覚は、あの夜にも体験した。
ありえない、どうして──。
生まれては埋もれていく、忙しない疑問の数々に、真來は強い焦りを感じた。
深呼吸して、思考を整理する。
ファルシアに任せては危険だ。
ファルシアよりも先に、イヴを見つけ出さなければ。
そして、ゆっくり話を聞いてやろう。
しばらくして、ファルシアから数箇所の位置情報が送信されてきた。
どうやら、既に何体かの囮になる精霊と召喚獣を放っていたらしい。
このどこかに、イヴがいるということだろうか。
すぐに場所を確認し、真來は止まることを知らない獣のように、闇を駆け抜ける。
その姿を、真後ろから白夜が追っていた。
契約を交わしている真來とは、いくつかの感覚を共有している。
今、視覚と聴覚から得た情報──イヴが<精霊の天敵>であるかもしれないというものだ──に、白夜は疑問を浮かべていた。
果たしてイヴは、本当にそんなことをするような人間なのだろうか。
確かに、殺戮活動を行う上で、風紀委員というのは絶好の隠れ蓑ではあるだろう。
割り当てられた見回り場所で襲撃すれば、事件を隠蔽することもできる。
しかし、実際には、襲撃は全て異なる場所で行われている。
風紀委員も警備も、犯人の手がかりすら見つけられていないというのなら──向日葵の言うとおり、それらの組織が絡んでいるはずだ。
つまり、犯人は、学園の警備組織に所属する者で、かつ学園の敷地内を自由に行き来できる人間ということだ。
これだけで、かなり候補は絞られる……はずだ。
仮にイヴが犯人であったとして、わざわざ霊晶まで破壊する必要があるのだろうか。
精霊たちの肉体を大きく損傷させるだけで、戦争を棄権させるには十分のはずだ。
オーディーンの能力である複製も、霊晶を破壊する必要があるようには思えない。
自分が犯人であることを悟られないよう、寮の自室に隠していたという可能性も考えられなくはないが──
真來がどんな道を選んでも、私はその道に従うだけ。……でも。
ファルシアたちが既にイヴを発見していないことを祈りながら、白夜は真來の背中を眺めていた。
たとえ彼がどんな道を選択しても、道具である私はそれに従うだけだ。
11-2
「さて、こうして二人きりにもなれたことだし、君の最期の思い出として、お話をしてあげよう」
「…………最期?」
「うん。君の学園生活最後として、人生最期として」
「どういうこと……ですか……?」
うまく言葉が出ない。頭では分かっているはずなのに、そのことを口に出すことが出来なかった。
「残念なことに、君は<精霊の天敵>として処理されることになった」
焦点が定まっていない。体は鉛のように重くなっていて、力が入らなかった。
自分が置かれている状況を、信じたくなくて。
現実から、目を逸らすように。
イヴは、呆然としてつぶやいた。
「嘘……っ」
「恨むなら、この魔触の年を恨むんだね。君と僕が、偶然にも会ってしまったことを」
そうだ。最初からだったのだ。
最初から、彼はイヴを「そういうもの」として扱っていたのだ。
<精霊の天敵>として。
自分の身代わりとして。
「君の<スキャン>が、僕の<暴食>に似ていたことを」
ファルシアとイヴは、偶然、風紀委員として出会ったわけではなかったのだ。
ファルシアの精霊の能力が、イヴのオーディーンのそれと似ていたから、彼はイヴに近づいたのだ。
「彼も──シンライも、実によく動いてくれたよ」
真來の名を聞き、わずかにイヴの目が見開かれる。
「彼には、君が<精霊の天敵>の正体だと伝えた。直にここに到着するだろうね」
ここで、全てがイヴの中で繋がった。
考えてみれば、なぜ、警備や風紀委員、それにファルシアでさえも、<精霊の天敵>を見つけることが出来なかったのか。
その答えは、目の前にあったのだ。
ファルシアこそが、<精霊の天敵>。その正体だ。
「さて、もう分かっただろう?君はこれから、僕の代わりに殺されるんだよ」
ポケットからパールホワイトの魂端末を取り出し、ファルシアは起動した。
『Unknown』
次の瞬間、ファルシアの腰には<ネイティブドライヴ>が出現していた。
「召喚」
ファルシアが<ネイティブ>を使用した刹那、黒く輝く──それは闇の中でもはっきりと知覚できるほどの──魔法陣が、目の前に展開された。
そして、それが弾けると同時に、武装したファルシアが姿を現した。
白い幾何学的なアーマーから、所々に緑色に光る魔力伝道管が露出している。
生物的なモチーフは見受けられず、その姿はイヴに軍事用の兵器という印象を与えた。
「君には、もう少し利用価値があると思っていたけれどね。シンライにはこれ以上動かれると何かと厄介なことになりそうだし、何よりも、君に罪を着せられるだけの霊晶が見つかったんだ。理由は知らないけれど、これを利用しない手はないよね」
愉しげに、人の悪い笑みを浮かべている──ような気がする。
比喩ではなく、イヴの目の前は真っ暗になった。
何を信じればいいのか、わからない。
一体誰が、イヴの言うことを信じてくれる?
相手は風紀委員長。証拠は全て、あちらに都合よく解釈されるはずだ。
それどころか、捏造することさえ可能だろう。
ぽろり、と熱いものが頬を伝った。
感情が荒れ狂う。
でも、どうすることも出来ない。
途方もない無力感。
イヴは幼い子どものように、しゃくり上げ、ただぽろぽろと涙を流した。
「……ひどい、ですっ……こんっ、な……の──」
「おや、ひどいとは心外だね。全てを明かして、僕の誠意は見せたつもりだよ」
「どうして……?どうして、こんなこと……」
「随分と愚かなことを聞くね。この学園に籍を置いて、これ以上の動機があるかい?」
ファルシアは清々しいくらい、きっぱりと言い切った。
「大魔道師になるためさ。僕は、クロクを下して、魔術会の王になる。そうすれば、僕はクロクが足を踏み入れられない禁忌の領域へ立ち入ることができるからね」
鉄拳でぶん殴られたような気分だった。
脳髄が痺れて、手足の感覚が遠くなる。
一転し、ファルシアは普段の彼のように、優しく言った。
「戦争は無慈悲な生存競争、邪魔者を残らず潰した者が最後に全てを得る──それが君の持論だったね」
再び冷ややかな声に戻り、言い捨てる。
「でも、どうしても我慢できない部分もあった。君の甘さだ」
そっと、右手を前に突き出す。
空間に魔力が凝縮されて、空色の魔法陣──水系統の魔素が篭められている──が出現した。
一瞬後、魔法陣から勢いよく一条の光が放たれる。
それは光の反射──水の煌めきだ。
あたかも矢のように、鋭い水矢が飛来する。
水矢は氷結して、イヴの額を貫こうとした。
それまで、イヴの腕に抱かれていたオーディーンが飛び出して、小さな体を盾にしてイヴを庇った。
氷矢はオーディーンの胴体を掠め、鮮血にも似た魔力が噴き出し、空気へ溶け込んだ。
氷矢は次々と放たれ、確実にオーディーンの体を傷つけていった。
「何をしている、イヴ……!早く武装しろ……!」
オーディーンが呼んでいるが、イヴの耳には届かなかった。
ぴたりと矢の襲撃が止む。
そのうちにオーディーンはイヴの体をゆするが、イヴは全く反応しなかった。
オーディーンの背後では、ファルシアが次の一撃に備えて、魔力を集中している。
だが、それすらも視界に入らない。
イヴはへたり込んだまま、どうすることもできず、泣いていた。
朦朧とする頭で、必死になって考えている。
どうやって、謝ればいいのか。
自分だけならいい。
私が愚かだったと、その罰を受けるだけだと、割り切れる。
だが、ファルシアの言動から、討たれるのはイヴだけではないことが、容易に推測できた。
私の愚かさが、あの二人を巻き込んでしまった。
彼らまで、酷い目に遭ってしまう。
「シンライさん……すみませ──」
イヴの呟きをかき消して、鋭い冷気が空間を裂く。
凶器と化した切っ先が、イヴとオーディーンを仲良く串刺しに──
は、しなかった。
いつまで経っても訪れない痛みに、イヴは反射的に顔を上げた。
槍の如き氷塊は、彼らの前で静止していた。
二人分の人影が、イヴの前にあった。
氷塊に手を向け、動きを止めているのは、小柄な少女。
そのすぐ横には、少女同様に、氷塊に手を向けた、彼の姿がある。
「謝るな、馬鹿が」
氷塊を握り壊し、彼はぶっきらぼうに、しかし不思議な温もりを感じられる声で言った。
「お前が謝ることなんか、一つもない」
そして、彼はファルシアを睨みつける。
イヴを護って、戦うために。
数日とはいえ、遅れて本当にすみません…!
次回こそは早めに更新します!




