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こちら、<対魔族魔法精霊学園>  作者: 海鼠なまこ
1 精霊の天敵
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12/15

Ep.10 正体 中編

 10-1


 夜の森へ消えていく真來(しんらい)の背中を、白夜(しろや)の姉──氷華(ひょうか)は心配そうに見つめていた。

 その後ろを、遅れまいと白夜が追いかけていく。


「真來殿…大丈夫でしょうか」

「白夜が心配?貴女は白夜が大好きだものね」

「なっ!?べっ別にそういうわけでは……」

「ふふっ、冗談よ」


(やはり、(あるじ)には調子を狂わされるな……)

 気を取り直して、質問を重ねる。


「真來殿は、随分と落ち着かれた様子ですね。かつては、凶暴な山犬のようでしたが」

「歳月は人を磨くものよ。ものの考え方や、世界の見え方も磨かれていくわ」

 向日葵(ひまわり)は煙管を吸いながら、気のない返事をする。


「しかし、真來殿が、他人のために、自ら危険の渦中に飛び込もうなどと」

「あら。あの坊やは元々、他人のために、平気で貧乏くじを引ける子よ」

「……真來どのは、もう少し冷酷で、利己的な性格かと思っていました。目的のためなら、平気で他人を傷つけられるような」

「貴女は、白夜よりもたるんでいるわね。その目を節穴にした覚えはないわ、氷華」

 その言葉に咎めるような響きはなく、甘噛みするように叱る。


「冷酷なのは坊やではなく、坊やを取り巻く境遇よ。運命が、彼に()()在ることを強いる。目的のために他人を傷つける、戦争の舞台でさえ、坊やは情けをかけるはずよ」

「敵に手心を加えると仰るのですか?」


 向日葵は答えない。紫煙をくゆらせながら、ただ泰然と座している。

 氷華は急に不安になった。


「主。真來殿を行かせてしまって良かったのでしょうか?先ほどのお話ですと、真來殿は何か巨大な敵を相手にせねばならぬかと」

「何も心配はいらないわ。白夜の自動制御(リミッター)も解いたことだし」

「真來殿は大丈夫なのでしょうか。機剣(グラム)だけでなく、真來殿自身に食い尽くされてしまうのでは」


「坊やはそんなに軟弱じゃないわ」

「そうでしょうか?真來殿は剣術や体術ならまだしも、魔術においてはまだ初心者です。戦争とやらに出場されるおつもりであっても、自分はまだその段階にないと判断されているのでは」


「それはないわね。何故か分かる?」

「……分かりません」

「初めて会ったとき、坊やは機剣で魔術の修練をしていたわ」

「機剣で……。それで、主はあの夜のあと、機剣を解析していた訳ですか」


機剣(あれ)はすごい代物よ。解析して分かったことなのだけれど、一度起動しようとしただけで──ほんの一瞬で、私の魔力がほとんど吸い出されちゃったの。でも坊やは、少しずつ魔力を──いえ、膨大な魔力を、継続して流し込んでいたわ」


「聞いたところによると、真來殿の兄上は、機剣をいとも容易く扱ったそうです。ですが、真來殿も魔力を流し込めたとなると……」

 長いまつげを伏せ、向日葵はうっとりと呟いた。

「本当に、末恐ろしい坊や。ねえ、氷華。貴女、感情によって、放出される魔力の質が変化することは知ってるかしら?」


 記憶を探り、思い当たる単語を見つけ出す。

「確か……魔素位階(マナレベル)と言ったような」

「そう。坊やはあのとき、機剣の起動が出来ずに苛立ってた。焦りからか、魔力の波が歪だったのよ。でも、今回は違う。坊やは精神的にも成長したし、その力を他人のために使おうとしている。強い決意は、魔素位階を大きく引き上げるそうよ。つまり」

「……真來殿が今夜、機剣を起動すると?」


「あくまで可能性よ。たとえ起動できても、それから常に扱えるようになるわけではないでしょうね」

黒鋼(くろがね)家は陰陽師の家系。かつては式神などを自在に使役したと聞きます。さすがは黒鋼の血、といったところでしょうか」


「ええ、素晴らしいこと。でも、禍福はあざなえる縄の如し、ね。その<黒猟(こくりょう)の血>故に、不幸もまた、彼ら兄妹を襲った」


 氷華は口をつぐんだ。真來の生い立ちや、兄妹を襲ったという悲劇、黒鋼一門の滅亡について、詳しいことは聞かされていない。

 向日葵も、真來も、詳細を語ってくれたことがないのだ。


 だが、それでいいと思っている。

 いずれ時期が来て、語りたいと思ったときに、教えてくれればいい。

 それまでは──無論その後も、我ら姉妹、有用な道具として、主のお役に立つだけだ。


 だから、そのことには触れず、氷華は違うことを尋ねた。


「真來殿は、蓬斎(ほうさい)殿を倒せるでしょうか?」

「さあ?それは、やってみなければ分からないわ」

「……可能性がある、と解釈しても?」


 向日葵は答えない。ただ、遥か彼方に視線を飛ばし、無言で煙管を吸っていた。

「…………復讐なんて、くだらないわね」


「え──?」

「真実を知ったら、坊やは誰を恨むのでしょうね」


 向日葵は、未だかつて、見たことがないほど、寂しげな微笑を浮かべていた。


 その様子を見て、氷華の頭は混乱した。

 しかし、混乱した頭脳は、すぐに平静を取り戻し、思考を放棄する。

 真実は、主が分かっていればいい。


 氷華は窓の外に目をやり、雲に紛れて浮かぶ月を眺めた。

 祈るような気持ちで、そっとこうべを垂れる。

 真來殿、ご武運を。



 10-2


 静まり返った夜の森に、一人の少女がいた。

 寮の門限は既に過ぎているが、風紀委員である彼女は、寮監には叱られない……はずだ。

 夜の闇でも分かるほどの金髪を持つ少女──イヴは、暗い茂みの中に隠れ、獲物を待っていた。


 風によって草木が揺れる音しか聞こえない。

 高まる緊張を押さえ込み、ゆっくり深呼吸する。

 神経を研ぎ澄まし、その時が訪れるのを待つ。

 意外にも、その時は早く訪れた。


 がさり、と草木を掻き分ける音。

 反射的に音の発生源を見ると、黒い犬型の精霊が姿を現した。


「オーディーン、今夜はあれにするわ。生け捕るわよ」

「待て。焦るな、イヴ。まずは標的を見極めてから──」

「そんなことは捕まえてからでいいでしょう。火炎(バーニング)


 オーディーンの口から、炎が放たれる。空中で炎は槍のように鋭くなり、犬型精霊の四肢を地面に縫いつけた。

 そのまま、獲物を確認しようとして、精霊に近づくと──

 イヴに、光が浴びせられた。


「動くなっ!」


 イヴはびくっとして顔を上げた。

 まだ状況が把握できていないが、何者かに囲まれていた。その数、約二十人。

 その顔には、見覚えがある。()()()()()()だ。


 その包囲の間から、一人の学生──ファルシアがイヴの前に進み出た。


「……イヴ。ここで何をしているんだい?」

「私はただ、この精霊が──」

「<精霊の天敵(アンノウン)>だと思った、とでも?」

「……っ」


 いつもとは違う彼の雰囲気に、イヴは少し気圧される。

 ファルシアはわざとらしく、大きく溜息をついた。


「……もういいんだ、イヴ。嘘をつかなくても」

「……それって、どういう……」

「単刀直入に言うよ。僕たち風紀委員は、君を<精霊の天敵>として疑っている」

「……何か、証拠があるんですか?」

「寮の君の部屋から、証拠がわんさか出てきたよ」


「──!」

 まさか、あれを見つけたのか?

 膝が震えるイヴの頬を、冷や汗が伝う。


「違うんです!あの霊晶(コア)は──」

 そこで、イヴは自分の間違いに気がついた。


 自身を囲む風紀委員がざわめいていたために。

 ファルシアが、こちらを冷たい目で見つめていたために。


 おそらく、誰かがイヴを陥れようとして、霊晶を隠していた可能性も考えていたのだろう。

 だが。

 イヴが、「霊晶」とはっきり口に出したことで、疑惑は確信へと変わった。


「もう、終わりにしよう」

 ファルシアの声音が冷える。イヴはぺたりと座り込んだ。

「このまま全員、包囲を解かずに五十メートル以上後退してくれ。風紀委員がやったことだ。僕がケリをつける」


「でっ……ですが委員長!敵は<十一人(デクリメント)>に匹敵する強さです!さすがに委員長一人では……」

「聞こえなかったのかい?君たちは足手まといになると言ったんだ」


 イヴを囲んでいた風紀委員が、静かに後退する。

 これ以上の説得は無駄だと判断したのだろう。


 唖然としながらファルシアを見つめるイヴに、彼は冷たく言い放った。

「つまり、君が<精霊の天敵>だ。イヴ・アレスターナ」

ちょっとずつ、投稿ペースを安定させていこうと思います。

二日に一話は投稿できるように頑張りたいです。

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