Ep.10 正体 中編
10-1
夜の森へ消えていく真來の背中を、白夜の姉──氷華は心配そうに見つめていた。
その後ろを、遅れまいと白夜が追いかけていく。
「真來殿…大丈夫でしょうか」
「白夜が心配?貴女は白夜が大好きだものね」
「なっ!?べっ別にそういうわけでは……」
「ふふっ、冗談よ」
(やはり、主には調子を狂わされるな……)
気を取り直して、質問を重ねる。
「真來殿は、随分と落ち着かれた様子ですね。かつては、凶暴な山犬のようでしたが」
「歳月は人を磨くものよ。ものの考え方や、世界の見え方も磨かれていくわ」
向日葵は煙管を吸いながら、気のない返事をする。
「しかし、真來殿が、他人のために、自ら危険の渦中に飛び込もうなどと」
「あら。あの坊やは元々、他人のために、平気で貧乏くじを引ける子よ」
「……真來どのは、もう少し冷酷で、利己的な性格かと思っていました。目的のためなら、平気で他人を傷つけられるような」
「貴女は、白夜よりもたるんでいるわね。その目を節穴にした覚えはないわ、氷華」
その言葉に咎めるような響きはなく、甘噛みするように叱る。
「冷酷なのは坊やではなく、坊やを取り巻く境遇よ。運命が、彼にそう在ることを強いる。目的のために他人を傷つける、戦争の舞台でさえ、坊やは情けをかけるはずよ」
「敵に手心を加えると仰るのですか?」
向日葵は答えない。紫煙をくゆらせながら、ただ泰然と座している。
氷華は急に不安になった。
「主。真來殿を行かせてしまって良かったのでしょうか?先ほどのお話ですと、真來殿は何か巨大な敵を相手にせねばならぬかと」
「何も心配はいらないわ。白夜の自動制御も解いたことだし」
「真來殿は大丈夫なのでしょうか。機剣だけでなく、真來殿自身に食い尽くされてしまうのでは」
「坊やはそんなに軟弱じゃないわ」
「そうでしょうか?真來殿は剣術や体術ならまだしも、魔術においてはまだ初心者です。戦争とやらに出場されるおつもりであっても、自分はまだその段階にないと判断されているのでは」
「それはないわね。何故か分かる?」
「……分かりません」
「初めて会ったとき、坊やは機剣で魔術の修練をしていたわ」
「機剣で……。それで、主はあの夜のあと、機剣を解析していた訳ですか」
「機剣はすごい代物よ。解析して分かったことなのだけれど、一度起動しようとしただけで──ほんの一瞬で、私の魔力がほとんど吸い出されちゃったの。でも坊やは、少しずつ魔力を──いえ、膨大な魔力を、継続して流し込んでいたわ」
「聞いたところによると、真來殿の兄上は、機剣をいとも容易く扱ったそうです。ですが、真來殿も魔力を流し込めたとなると……」
長いまつげを伏せ、向日葵はうっとりと呟いた。
「本当に、末恐ろしい坊や。ねえ、氷華。貴女、感情によって、放出される魔力の質が変化することは知ってるかしら?」
記憶を探り、思い当たる単語を見つけ出す。
「確か……魔素位階と言ったような」
「そう。坊やはあのとき、機剣の起動が出来ずに苛立ってた。焦りからか、魔力の波が歪だったのよ。でも、今回は違う。坊やは精神的にも成長したし、その力を他人のために使おうとしている。強い決意は、魔素位階を大きく引き上げるそうよ。つまり」
「……真來殿が今夜、機剣を起動すると?」
「あくまで可能性よ。たとえ起動できても、それから常に扱えるようになるわけではないでしょうね」
「黒鋼家は陰陽師の家系。かつては式神などを自在に使役したと聞きます。さすがは黒鋼の血、といったところでしょうか」
「ええ、素晴らしいこと。でも、禍福はあざなえる縄の如し、ね。その<黒猟の血>故に、不幸もまた、彼ら兄妹を襲った」
氷華は口をつぐんだ。真來の生い立ちや、兄妹を襲ったという悲劇、黒鋼一門の滅亡について、詳しいことは聞かされていない。
向日葵も、真來も、詳細を語ってくれたことがないのだ。
だが、それでいいと思っている。
いずれ時期が来て、語りたいと思ったときに、教えてくれればいい。
それまでは──無論その後も、我ら姉妹、有用な道具として、主のお役に立つだけだ。
だから、そのことには触れず、氷華は違うことを尋ねた。
「真來殿は、蓬斎殿を倒せるでしょうか?」
「さあ?それは、やってみなければ分からないわ」
「……可能性がある、と解釈しても?」
向日葵は答えない。ただ、遥か彼方に視線を飛ばし、無言で煙管を吸っていた。
「…………復讐なんて、くだらないわね」
「え──?」
「真実を知ったら、坊やは誰を恨むのでしょうね」
向日葵は、未だかつて、見たことがないほど、寂しげな微笑を浮かべていた。
その様子を見て、氷華の頭は混乱した。
しかし、混乱した頭脳は、すぐに平静を取り戻し、思考を放棄する。
真実は、主が分かっていればいい。
氷華は窓の外に目をやり、雲に紛れて浮かぶ月を眺めた。
祈るような気持ちで、そっとこうべを垂れる。
真來殿、ご武運を。
10-2
静まり返った夜の森に、一人の少女がいた。
寮の門限は既に過ぎているが、風紀委員である彼女は、寮監には叱られない……はずだ。
夜の闇でも分かるほどの金髪を持つ少女──イヴは、暗い茂みの中に隠れ、獲物を待っていた。
風によって草木が揺れる音しか聞こえない。
高まる緊張を押さえ込み、ゆっくり深呼吸する。
神経を研ぎ澄まし、その時が訪れるのを待つ。
意外にも、その時は早く訪れた。
がさり、と草木を掻き分ける音。
反射的に音の発生源を見ると、黒い犬型の精霊が姿を現した。
「オーディーン、今夜はあれにするわ。生け捕るわよ」
「待て。焦るな、イヴ。まずは標的を見極めてから──」
「そんなことは捕まえてからでいいでしょう。火炎」
オーディーンの口から、炎が放たれる。空中で炎は槍のように鋭くなり、犬型精霊の四肢を地面に縫いつけた。
そのまま、獲物を確認しようとして、精霊に近づくと──
イヴに、光が浴びせられた。
「動くなっ!」
イヴはびくっとして顔を上げた。
まだ状況が把握できていないが、何者かに囲まれていた。その数、約二十人。
その顔には、見覚えがある。全員、風紀委員だ。
その包囲の間から、一人の学生──ファルシアがイヴの前に進み出た。
「……イヴ。ここで何をしているんだい?」
「私はただ、この精霊が──」
「<精霊の天敵>だと思った、とでも?」
「……っ」
いつもとは違う彼の雰囲気に、イヴは少し気圧される。
ファルシアはわざとらしく、大きく溜息をついた。
「……もういいんだ、イヴ。嘘をつかなくても」
「……それって、どういう……」
「単刀直入に言うよ。僕たち風紀委員は、君を<精霊の天敵>として疑っている」
「……何か、証拠があるんですか?」
「寮の君の部屋から、証拠がわんさか出てきたよ」
「──!」
まさか、あれを見つけたのか?
膝が震えるイヴの頬を、冷や汗が伝う。
「違うんです!あの霊晶は──」
そこで、イヴは自分の間違いに気がついた。
自身を囲む風紀委員がざわめいていたために。
ファルシアが、こちらを冷たい目で見つめていたために。
おそらく、誰かがイヴを陥れようとして、霊晶を隠していた可能性も考えていたのだろう。
だが。
イヴが、「霊晶」とはっきり口に出したことで、疑惑は確信へと変わった。
「もう、終わりにしよう」
ファルシアの声音が冷える。イヴはぺたりと座り込んだ。
「このまま全員、包囲を解かずに五十メートル以上後退してくれ。風紀委員がやったことだ。僕がケリをつける」
「でっ……ですが委員長!敵は<十一人>に匹敵する強さです!さすがに委員長一人では……」
「聞こえなかったのかい?君たちは足手まといになると言ったんだ」
イヴを囲んでいた風紀委員が、静かに後退する。
これ以上の説得は無駄だと判断したのだろう。
唖然としながらファルシアを見つめるイヴに、彼は冷たく言い放った。
「つまり、君が<精霊の天敵>だ。イヴ・アレスターナ」
ちょっとずつ、投稿ペースを安定させていこうと思います。
二日に一話は投稿できるように頑張りたいです。




