第9話
宇賀神権助はおもむろに抜刀する。
遊郭「玄宗」の中庭には宇賀神を護衛する「福村組」の男衆が周囲を囲んでいるが、いつ何時自分が敵と戦うはめになるかわからない。
同じ三度傘に同じ道中合羽を着た渡世人風情の男たちが右手に刀を持ち、左手に松明を持って「玄宗」を襲撃している。
松明は屋敷を放火するためだろう。すでも屋敷の一部に火の手が上がっている。
三度傘に隠れて見えにくかったが渡世人たちはみな同じ顔をしている。分身のようだった。
宇賀神はふと刑場の魔左衛門を思い出す。
濃い眉の下の鋭い眼光といい、尖った顎といい、浅黒い頬に刻まれた刀傷と言い、魔左衛門はちょうどあのような面構えだった。
刑場の魔左衛門は巨人に変身したが、今度は元禄飴よろしく複数人に分身したのか。
「福村組」の鉄砲衆は火縄銃で魔左衛門たちを銃撃するが、少しもひるまない。
銃で撃たれると魔左衛門は胸や腹から青緑色の血を流すが、すぐに傷口が回復するようだ。
鉄砲衆は火縄銃を一発撃つごとに次の玉を装填しなくてはならない。その間に魔左衛門に斬られてしまう。
刀で魔左衛門に立ち向かっても逆にこちらが斬られてしまう。
魔左衛門の剣の腕は宇賀神が見るかぎり達人級だ。地方の小藩なら兵法指南役が務まるかも知れぬ。
「魔左衛門が増殖しやがった」
福村屋六太が叫ぶ。
「玄宗」の屋敷はあちこちに火の手が上がり、しかも数人の魔左衛門たちがすでに侵入しているようだ。
まだ大半の魔左衛門は中庭で「福村組」と戦闘しているが、やつらの方が優勢だ。いずれ屋敷内にも魔左衛門たちが大挙してやってくかも知れぬ。
六太は手下を数人つれて屋敷の奥の部屋に進み、魔左衛門たちから逃げていた。
騒ぎに気づいたのか遊女も客も大半は逃げたようだが、襖を開けるとときどき遊女と客が乳繰り合っていたりする。
「親分」
助六が言う。
「屋敷内は危険です。「玄宗」の外に逃げませんか」
「いや」
六太が言う。
「こっちはお奉行を人質に取ってある。「玄宗」は死守したい」
「でもどうやって」
六太たちは廊下を進み、襖を開けて部屋に入る。八畳間だ。
すると突然、六太は背後から羽交い絞めにされる。
魔左衛門が部屋に隠れていたのだ。
「親分、今助けます」
助六が抜刀する。だが別の魔左衛門が忍び寄り、背後から助六を斬り捨てる。
「助六っ」
六太は叫ぶ。
すると助六を斬った魔左衛門が近づき、六太の顔を殴る。
六太は床の上に倒れる。
二人の魔左衛門はすばやく六太の手足を縄で縛り、そのうちの一人の魔左衛門が六太を肩に担ぎ上げる。
「どうするつもりだ」
しかしどちらの魔左衛門も答えない。
二人の魔左衛門は屋敷の外に六太を連れて行った。
「桜屋」の大部屋で喜平はぼんやりと魔左衛門を眺めていた。
獄門から生首が落ち、それが成長して裸の魔左衛門になると三度笠と道中合羽を着せて、木賃宿に戻って来た。
途中、お菊が万屋「中松屋」で魔左衛門の衣服を一式買った。
ふんどし、小袖、股引、手甲脚絆、草履……。ただ腰に挿す名刀村正だけは「中松屋」には売ってなかった。
木賃宿に戻るとお菊は一人、酒屋に食糧を買いに出かけ、喜平は魔左衛門と留守番を任された。
魔左衛門はさっきから右手をくるくる回している。
魔左衛門の指先から砂金が砂金が出てくるのを見たことがあったが、それと同じようなしぐさだ。
マー兄ちゃんは砂金を出すつもりなんだろうか。喜平は訝った。
もし砂金を出すつもりなら受け皿を下に置かないと砂金を床にばらまくことになる。
一体、マー兄ちゃんはなにをするつもりだろう。
すると不意にコトンと音がする。
鞘に入った刀だった。右手から砂金でなく刀が出てきたのだ。
おそらく名刀村雨に違いない。喜平はそう思う。
刀の形状が魔左衛門がこれまで腰に挿していた刀と同じだったからだ。
「マー兄ちゃん。それどうやったの」
喜平が魔左衛門の側に行く。
「わからん」
魔左衛門が言う。
「ただ村正を強く念じながら手を回してみた。そうしたら村正が出てきた」
「念じたらなんでも出てくるの」
「わからん。おれにもよくわからん」
魔左衛門は鞘から刀を抜き、刃を確認する。
「刃こぼれはないみたいだ。ほとんど新品に近い」
すると大部屋にいた旅芸人風の女が「すごいですねえ」と言いながら魔左衛門に近づく。
「うちはからくり人形芝居よくやるんですけど。今の芸はどんな仕掛けがしてあったんですか」
魔左衛門は女をにらみ、無言のまま吐息をつく。
(つづく)




