第8話
雨はさらに激しさを増していた。
獄門は刑場から少し離れた林道にあった。
道の左右は雑木林に囲まれ、坂道ではないが山道のようだ。
獄門は門の形状をしており、地面から十尺(3メートル)のところに生首が陳列されている。
魔左衛門について行ったお菊と喜平ははからずも獄門の近くに来ていた。
魔左衛門は「ウォォォーン」という獣の咆哮が聞こえる方向に進んで行ったはずだった。ここまで来る途中、魔左衛門もいつしか「ウォォォーン」という犬の遠吠えのような文句を口ずさんでいた。
魔左衛門は獄門の前に佇むと刀を空に突き上げ、ひときわ大声で「ウォォォーン」と叫ぶ。
獄門には三つの生首があり、真ん中は魔左衛門の顔をしている。
それを見てお菊は最初目をつぶった。
役人たちに連行された魔左衛門は処刑されて、無残にも首を獄門にさらされていたのだ。
「おねえちゃん、マー兄ちゃんがしゃべってるよ」
喜平が言うので目を開けてみる。
すると獄門にさらされた魔左衛門の生首の口が動いている。
「ウォォォーン」という獣の咆哮はこの生首から発せられたものだったのだ。
しばらくすると雑木林から渡世人風の男たちが次々に現れ、魔左衛門同様、刀を空に突き上げ、「ウォォォーン」の合唱を始める。
渡世人は制服のように魔左衛門と同じ三度笠をかぶり、魔左衛門と同じ道中合羽を着ていた。
その下の小袖、股引、手甲脚絆も同じものを身に着けているようだった。
さらに驚いたのは三度傘からほの見える渡世人の顔だ。
どれも生きうつしのように魔左衛門そっくりの顔をしている。
お菊は考えを巡らした。
魔左衛門は体の一部が切り離されると、苗木のようにそれぞれ失われた体の部分が生えてきて増殖する。
おそらく増殖した世の中の魔左衛門が、今一堂に会しているのではないか。
そうこうしているうちに獄門の前には数十人の魔左衛門が集まっていた。
獄門の魔左衛門の生首が彼らを仕切っているようだ。
そのうちに生首は咆哮の音を変え、「ヒュールルルー」と叫ぶ。
すると魔左衛門たちは「ヒュールルルー」と叫びながら次々と雑木林の中に入っていく。
お菊が魔左衛門たちを追いかけようとすると、
「お菊、そっちへ行ってはならぬ」
お菊が振り向くと一人の魔左衛門が佇んでいる。
魔左衛門は三度傘と道中合羽を脱ぎ、お菊に「預かってくれ」と言って手渡す。
「いいか。絶対おれについて来るな」
魔左衛門はそう言って雑木林に入る。
喜平が雑木林に入ろうとすると、お菊が止める。
「おねえちゃん。マー兄ちゃんと一緒に行こうよ」
喜平がだだをこねると獄門からひときわ大声で「ウォォォーン」と咆哮が聞こえる。
お菊と喜平が獄門の方を見ると、魔左衛門の生首が獄門から落ちて地面に転がる。
お菊は「いやっ」と短い悲鳴。
雨はとうにやんでいた。
「魔左衛門は化け物だ」
宇賀神が言う。
「刑場で首を切ったら首が生えてくるし、それだけじゃない。あいつはみるみる大きくなってダイダラボッチみたいな巨人に変身しやがった」
「それは大変でしたねえ」
六太が言う。
魔左衛門が巨人になると宇賀神は腰を抜かし、立ち上がると馬に乗って遊郭「玄宗」に逃げた。
十畳の間ではいつものように酒は酌み交わさず、宇賀神と六太は打ち合わせに余念がない。
六太の話では作戦通り、江戸町奉行の金四郎を座敷牢に閉じ込めた。
金四郎は意志が固いようで簡単には寝返りそうにないが、こちらの言い分を通すまで六太は粘り強く交渉してみるつもりだと語った。
どうも計画はうまくいかない。宇賀神は六太の自信に満ちた口調とは裏腹に悲観的だった。
魔左衛門があんな化け物だったとは想定外だったが、江戸町奉行もまた想定外のやっかいな代物かもしれぬ。
「親分、大変です」
突然、「福村屋」の番頭、助六が部屋に入って来る。
「数十人の渡世人風の男衆が「玄宗」に奇襲攻撃をかけてきました」
「なんだって」
六太は立ち上がる。
お菊は驚いた。
獄門から落ちた魔左衛門の生首は、傷口から白い煙が上がり、青緑色の泡が出てくる。
首から体が生えてくるのだろうか。
それにしろ、盥に水を入れて酢を垂らさなくとも魔左衛門は蘇生するのだろうか。
先ほどまで雨が降っていたが、湿った水分のおかげで水の入った盥の中に体の一部を入れなくとも蘇生が始まったのだろうか。
考えてもわかることではない。それに魔左衛門自身も自分のことをよく知らないようだ。
そうこう考えているうちに魔左衛門の首から体が生えてきた。
赤い肉塊が次第に男の体の輪郭を作っていく。赤い肌は肌色になり、体毛も生えてくる。
「おねえちゃん、着せてあげなよ」
喜平が言う。
気がつくと全裸の男が地面に座っている。
お菊は道中合羽を着せてやり、頭に三度傘をかぶせてやる。
おもむろに男は目を開く。
(つづく)




