第10話
「気をつけろ」
瀕死の仲間が言う。
「あいつらは全員、魔左衛門だ」
仲間が息を引き取った。
矢島文左衛門は地面に倒れた死者の目を閉じてやる。
名前は知らないが丸に「福」の字が入った黒いはっぴを着ているから組の者だ。
背中を刀で斬られたようだ。
文左衛門は起き上がる。
「福村屋」と「玄宗」を結ぶ路地だった。路地の両脇は草むらだ。
死んだ仲間の話はこうだった。
今、「玄宗」は討ち入りの最中だという。一番激しいのは中庭らしい。
三度笠をかぶり、道中合羽を着た渡世人風情の男たちが「福村組」と争っている。
どういうわけか渡世人の男たちはみな同じ顔をしている。
やつらの名前は「魔左衛門」。
魔左衛門とは一人の頭領の名前なのか。それともやつらの集団の名前なのか。
文左衛門は奉行誘拐の手間賃をもらいに旅籠「福村屋」の女将、サヨに会いに行き、その帰り道だった。
不意に人の気配を感じる。
気がつくと周囲に三人の渡世人風の男が抜刀して佇んでいる。
彼らはみな同じ度笠をかぶり、同じ道中合羽を着ているので区別がつかない。
そればかりか顔も同じだ。
やつらが魔左衛門か。
文左衛門は抜刀し、青眼に構える。
文左衛門は三人の魔左衛門をたちどころに斬り捨てる。
「出会え」
背後で声がするので振り向くと、なぜか三度笠をかぶらず、道中合羽を羽織ってない魔左衛門が立っている。
「なにものだ」
文左衛門が訊く。
「魔左衛門……」
それがこの男の名前なのか。それとも男が所属する集団の名前なのか。そのどちらでもあるかも知れぬ。
文左衛門はそう思う。
刀を三号切り結んだ。
傘や合羽を身にまとっていた魔左衛門よりこいつは骨がある。少し手こずりそうだ。
文左衛門と傘なしの魔左衛門は互いに八相の構えからにらみ合い、しばらく微動だにしない。
だが一瞬の隙を見逃さなかった。
文左衛門は疾走して刀を薙ぎ、魔左衛門の腹を斬る。
青緑色の血が噴き出し、魔左衛門は地面に仰向けに倒れる。
勝ったと思ったのは一瞬だった。気がつくと文左衛門の腹に刀が刺さっている。
相打ちか。
文左衛門は数歩前に進み、地面に倒れ、動けなくなる。
朦朧とした意識の中で魔左衛門が地面から立ち上がるのを文左衛門は見た。
青緑色の血は止血し、傷口も癒えているようだった。
一体、魔左衛門はなにものか。
それが文左衛門の人生最期の意識だった。
何やら騒がしいと思っていたら、二人の渡世人風の男が現れた。
二人とも同じ三度笠をかぶり、同じ道中合羽を羽織っている。
そればかりか顔も同じだ。双子なのか。
座敷牢に閉じ込められた江戸町奉行、東山金四郎景元は訝った。
二人の男は座敷牢の木星の格子を殴ったり蹴ったりして破壊する。常人とは思えない怪力ぶりだ。
「こっちへ来るんだ」
男の一人が力ずくで金四郎を座敷牢から引っ張り出す。
「なにごとか」
金四郎が訊くが男たちは答えない。
男の一人が金四郎を軽々と肩に担ぎ、廊下を走る。もう一人の男がその後をついてくる。
屋敷を飛び出し、中庭に出る。
金四郎の目に飛び込んできたのは討ち入りの光景だった。
自分を連れて来た男たちと同じ顔と恰好をした男たちが「福村組」といくさをしている。
双子はおろか、数十人も同じ顔だ。金四郎は信じられなかった。
火縄銃の銃声が近くで聞こえる。
金四郎の体は地面に投げ出される。
気がつくと自分を担いでいた男が地面に倒れている。額から青緑色の血が噴き出している。火縄銃で撃たれたのだろう。
金四郎が起き上がろうとすると手を引く者がある。
やはり同じ顔をした男だったが、彼は三度笠をかぶらず、道中合羽を羽織っていない。
「こちらへ」
男は金四郎を持ち上げると馬に乗せ、自分はその後ろに乗って手綱を握る。
馬は唐突に走り出す。
金四郎は振り落とされないよう馬の首にしがみつく。
宇賀神権助は井戸の陰に隠れ、中庭の様子をうかがっていた。
宇賀神を護衛していた手下の者たちは全員、魔左衛門に斬られた。
火は屋敷全体に燃え広がっていた。
このままでは「福村組」は絶滅するのではないか。そんな懸念が宇賀神を苛んだ。
ときおり、スドーン、スドーンという地響きが聞こえてくる。
宇賀神の悪い予感は的中した。
今朝方、刑場で見た巨人の魔左衛門が太平山方面からこちらに向かっているのだ。
やがて巨人は遊郭「玄宗」の敷地内に到着した。
巨人は屋敷を破壊していく。
「福村組」の男を見つけると、足で踏み潰していく。
今朝見たときは六十尺ぐらいだったがあれからまた少し大きくなったようだ。
「ウォォォーン」
巨人は雄たけびを上げる。
それは地獄の底に住む冥界の大王を思わせた。
宇賀神はふと巨人と目が合う。
逃げられなかった。巨人はもはや神だった。
宇賀神は恍惚とした。
まるで自分が天に捧げる生贄になったかのようだった。そこには全知全能の神の犠牲になることへの崇高にして敬虔な喜びがあった。
巨人の右手が伸び、井戸に隠れていた宇賀神の全身をつかむ。
宇賀神の体はそのまま巨人の右手の中で、二階建ての屋敷の屋根ぐらいの地点まで持ち上げらえた。
(つづく)




