第6章
合戦場宿のはずれに刑場と獄門があった。
人通りの多い辻で、盆踊りの舞台に使えそうな処刑台に白衣を着せられた罪人が後手に縛られ、正座させられている。
罪人は魔左衛門。
縛られた後手のうち、右手の手首が切断され、傷口がそのままにされている。
まだ完全に止血していないらしく、青緑色の血がときおり傷口から流れ落ちる。
魔左衛門の隣には刀を構えた介錯人の侍が佇んでいる。
処刑台にはこの他、複数の侍と目明しが待機している。
処刑台の前には数十人の野次馬が集まっている。
「早く殺せ」
「地獄へ落ちろ」
野次馬の罵声が刑場に響き渡る。
関東取締出役の御家人、宇賀神権助は野次馬たちのさらに後方から見物していた。
宇賀神は今回の処刑の総監督を任されていた。
例幣使街道の高札場という高札場に魔左衛門の人相書きが貼られているという。
上司の勘定奉行には自分が魔左衛門を捕縛した旨、すでに公用文書を飛脚に持たせて送付済だ。自分の手柄になること間違いない。
だが同じ奉行でも合戦場宿に視察に来る江戸町奉行は気がかりだ。六太に任せたがどうなることやら。
宇賀神は処刑台の魔左衛門をにらみながら、大きく吐息を漏らす。
木賃宿「桜屋」の主は背の曲がった老人で、与作と名乗った。
お菊が一分銀を手渡すと与作から薪をたくさんもらい、「しばらくいていい」と言われた。
万屋「中松屋」の隣が木賃宿「桜屋」があったことを思い出し、旅籠「福村屋」を追い出された後、魔左衛門と喜平を連れてここへ来た。
木賃宿は旅籠と違い、大部屋に他の客たちと雑魚寝する。
大部屋には旅芸人らしい夫婦と赤ん坊がいた。
この他、無宿人らしき貧相な身なりの男が二人。一人は青年でもう一人は老人だった。
お菊は彼らに軽く会釈しながら空いている場所に座る。
魔左衛門はその隣であぐらをかき、喜平は寝転ぶ。
大部屋の隅に囲炉裏があり、客が食材を持ち込んで自分で料理して食べる。
与作の話では隣の「中松屋」には米や味噌は売ってないが、街道を北へ進むと酒屋があり、食糧も手に入るとのこと。
お菊はしばらく休んだら買い出しに行こうと考えた。
霧雨が降って来た。
降ってはやみ、やんでは降るので、肌寒さ以外、雨が降っていることはほとんどだれも気づかない。
刑場の処刑台では、正座した白衣の魔左衛門が覚悟を決めたかのように目をつむる。
隣に佇んでいた介錯人の侍が意を決して刀を振り降ろす。
青緑色の鮮血が噴き出す。
魔左衛門の首は処刑台から飛び出し、野次馬たちがいる地面に転がり落ちる。
野次馬たちの悲鳴を上げ、生首の落ちた場所から数歩後退する。
「とうとうやったぜ」
「この悪党め」
野次馬は口々に生首に罵詈雑言を浴びせる。
すると処刑台の首なし死体の首があった場所から白い煙がもうもうと立ち込める。
鼻につく臭いがし、青緑色の泡が煙とともに多量に噴き出してくる。
やがて泡は少しずつ形を作っていく。最初は輪郭が曖昧で体毛のない赤い肌の塊。次第に輪郭がはっきりしてくると皮膚の色が人間のそれに近づき、急速に体毛も生えてくる。
「あれはなんだ」
「首が生えてきたぞ」
野次馬が騒ぎ出す。
魔左衛門の体に首が生えて元通りになる頃、後手に縛られた右手の傷口からも右手首が生え、元通りになっている。
魔左衛門は不意に目を開く。眼光の鋭さは見る者を畏怖させる。
「ヌォォォオー」
獣のような雄たけびを発し、魔左衛門は後手の縄を自力で切り、立ち上がる。
「だれか」
野次馬の後方にいた宇賀神が叫ぶ。
「こいつを捕らえよ」
一体、なにが起きたのか。
宇賀神の頭は混乱する。
生まれてこのかた経験したことのない、摩訶不思議な怪異現象。
それを今目の当たりにしているのか。
宇賀神はおこりのように全身が震えているのに気づく。
魔左衛門は隣にいた介錯人の侍の首を生えてきたばかりの右手でつかみ、持ち上げる。
介錯人は刀を落とし、足をばたばたさせていたが、首の骨が折れる鈍い音がし、動かなくなる。
魔左衛門は介錯人の死体を処刑台の下で見物していた野次馬たちに投げつける。
死体の落下地点から蜘蛛の子を散らすように人々は逃げまどい、悲鳴や暴言が聞こえる。
魔左衛門は介錯人が落とした刀を拾う。
処刑台にいた侍や目明しは武器を持って魔左衛門を取り囲む。
不意に襲い掛かって来た二人の侍と一人の目明しを魔左衛門は斬り捨てる。
「早くしろ」
宇賀神が叫ぶ。
「早くこの者を捕らえよ。いや、斬り殺しても構わん」
魔左衛門は刀を天に向けて突き上げる。
「ヌォォォオー」
獣の雄たけびが魔左衛門の口から発せられると、それに呼応するかのように雷光が刀に落ちる。刀が地面に落ちて刺さる。
次の瞬間、魔左衛門の全身がみるみる成長し、巨大化していく。
体が大きくなるにつれ、魔左衛門の白衣はちぎれ、全裸になる。木造の処刑台が魔左衛門の体重を支え切れず、床がぬける。
やがて身の丈、六十尺(20メートル)ほどになると巨大化がやむ。
「ガォォォオー」
魔左衛門が空に向かって叫ぶと、宇賀神は腰の抜かして地面にうずくまる。
ふと巨人になった魔左衛門と目が合う。
こっちへ来るな。宇賀神は心の中でそう祈る。
(つづく)




