第3話
合戦場宿の問屋場は「福村屋」からさして遠くないところにあった。
大名行列のために馬や人足を手配したり、公用文書を次の宿場へ届ける飛脚の中継などが問屋場の主な役割だが、この他、地域の役場も兼ねていた。
福村屋太六は関東取締出役、宇賀神権助という御家人に朝から呼び出され、尋問を受けていた。
宇賀神は痩せぎすの中年で眼光が鋭く、冷徹な面持ちがあった。
問屋間に着いたとき、六太は袖の下から小判一枚、こっそり宇賀神に渡すと、畳のある部屋に連れて行かれた。
通常、取り調べを受ける側は白州か土間か、せいぜい板の間に座らせられるところ、六太は畳に座布団を敷いて正座できた。
部屋には文机の前に座った宇賀神の後方に同心と目明しが一人ずつ待機している。
「その方、旅籠の飯盛り女に不法売春させているとの通報があった」
宇賀神が言う。
「めっそうもございません」
太六が言う。
「そのようなこと、一切ございません」
「嘘を申すな」
「嘘ではございません」
六太は袖の下から小判を三枚出して文机に置きながら、
「実は宇賀神様。面白い話がございます。
手前どもの旅籠にお尋ね者の魔左衛門が宿泊しております。人相書きそっくりの顔ですから間違いございません。
宇賀神様が魔左衛門を御用にし、お代官様か勘定奉行様にご報告されてはいかでしょう。
すべては宇賀神様のお手柄となります。いかがです。いい話でしょう」
「……」
「そのかわりと言ってはなんですが、手前どもの不祥事はお目こぼしいただきとう存じまする」
「ならん」
「まあ、そうおっしゃらずに」
六太はもう一枚、小判を文机に置き、
「実は真岡代官所のお代官様とは手前どもは懇意にさせていただいております。
うちのリツという若い飯盛り女がいますが、お代官様のお気に入りでしてね。早い話が男女の仲なんです。
もし今日、手前が無事に旅籠に戻らないときは、手前どもの手下がお代官様にお願いに行くことになってまして……お代官様は小判一枚でなんでも手前どものお願いを聞いていくださいます。
お代官様なら手を回して、宇賀神様の役職を変えることもできるはず」
「おれを脅す気か」
宇賀神は文机を叩く。
「いえいえ、めっそうもございません」
六太は頭を下げ、もう一枚小判を文机に置く。
「だったら」
宇賀神が吐き捨てるように言う。
「後一枚出せば、手を打ってやらないでもないぞ」
「お菊」
魔左衛門が言う。
「これ預けとく」
魔左衛門は懐にあった小判、一分銀、天保通宝をすべてお菊に渡す。
飯盛り女がちょうど朝食の膳を下げた後だった。
「マーさん、どうしたの」
お菊が驚いて訊いてみるが、魔左衛門は答えない。
「おいらにはないの?」
喜平が近寄って来て言う。
「子供が大金持つものじゃないわ」
お菊が言う。
「姉ちゃん、ずるいよ」
「福村屋」で一晩過ごしたが、お菊はあまりよく眠れなかった。
夕べ、魔左衛門が辻斬りに合ったことが気になっていたからだ。
玉村宿を出てから魔左衛門との旅には慣れてきたつもりだったが、それでも心配事があると夜眠れないことがある。
魔左衛門が寡黙で事情をすべて話さない性分なのも、ときどきお菊の心配を増長させた。
なにか嫌な予感がするわ。お菊はそう思う。今日はよくないことが起きるんじゃないかしら。
虫の知らせは女の感だ。女は男より感が優れている。
すると突然、襖が開き、女将のサヨが部屋に入って来る。
「お客様。大至急、玄関まで来てくださいませんか」
魔左衛門、お菊、喜平の三人は「福村屋」の玄関に行ってみる。
すると旅籠の外には十数人の男たちが佇んでいる。男たちの半分は帯刀しているから侍だろう。残りの半分は十手を持っているから目明しか。
三人は草履を履いて外に出る。
「用があるのはこの男だけだ」
侍の一人が魔左衛門を顎で指して言う。
「女と子供は下がってよろしい」
お菊と喜平は一歩下がる。
侍は自分は同心だと名乗り、懐から一枚の書状を出し、魔左衛門の目の前に突きつける。
「呼出状」と書いてあるようだ。
一体、なにが起きたのか。魔左衛門は訝る。昨日の辻斬りとなにかしら関係あるのか。
同心は書状を自分の手前に持ってきて読み上げる。
「呼出状、急度相触れ候
飯盛旅籠福村屋の宿泊客、魔左衛門に告ぐ。
人相書き告発の件につき、ただちに我らと同行し、合戦場宿問屋場へ出頭すべく候
もし拒絶せしめば、お咎め仰せつけられるべく候、以上」
一人の目明しが魔左衛門の腰に挿した刀を鞘ごと引き抜く。
別の目明しが魔左衛門を後手に縛る。
「引っ立てい」
同心の号令で魔左衛門は目明したちに連れて行かれる。
お菊と喜平が小走りでその後を追う。
(つづく)




