転生魔法使いと追放精霊(2)
前話回想シーンの続きです。
リュカは目指す場所もなくただひたすらに歩き続けていた。
日が昇り雄鶏が意気揚々と鳴く。
腕の中にいるこどもの温かさに張り詰めていた心が次第に解かれていく感覚がある。
(心地良い……)
リュカは眠っているルイの小さな体を抱きしめた。
せめてこの子に食事をあげたいが一文無しではどうすることもできない。適当な路地に入り込むと、吹き付ける肌寒い風によりルイは目を覚ました。
リュカは自分が一文無しであることを正直に謝罪する。だが、ルイは責めるでも悲観するでもなく微笑んだ。
『じゃあお金を集める必要がありますね。僕の魔法が使えるかもしれません』
そして、ルイはリュカに【おともだちになる】魔法を見せた。
『ぬいぐるみさん、もう動いていいよ』
彼の声に応じて自由に動き出すぬいぐるみたち。彼が魔法をかけた“物”はすべて命が宿ったように自らの意志で動くのだ。
まるで奇跡のような魔法。少なくともリュカの目にはそう映った。
『……いえ、ルイ、あなたが行くべき相応しい場所があります』
リュカはルイを抱えると国家魔法機関に乗り込んだ。
無事国家魔法使いに認められ、国家魔法機関から出たルイはリュカに微笑みかけた。
『ふふ、よかった。これで一緒に人を助けられるお仕事ができますね』
リュカは顔を綻ばせて答える。
『……はい』
それからの数日間は、どんな家にしたいかを二人で紙に向き合って考えた。その些細な時間さえリュカにとっては愛おしい。
五芒星に伝えたらものの二日で完成した隠れ家をルイは『記憶のアトリエ』と名付けた。
『ひとりで持ち主を探している“物”があったら持ってきてほしいの』
ショーケースに次々と並んでいく“物”は、ルイの言葉を聞いた魔力の精霊が持ってくるもの。家具すらも、捨てられたり、売られたり、様々な理由で持ち主を失った物を寄り集めた。
そうして、ルイの思いやりによりこの“秘密の魔法アトリエ”は出来上がったのだ。
『そうだ、リュカさん。期間はこれにしませんか?』
ルイが買ったのは、彼の顔くらいは大きさがある透明な瓶。中には色とりどりな金平糖がぎっしり詰まっていた。
『毎日一粒ずつ食べるんです。これがなくなるまで僕と一緒にいてください』
『……ふふ。ええ、いいでしょう』
あの時は長く思えていた時間。だが、あっけなく終わりの時間はやってきた。
――――――
リュカから離れたルイは透明な瓶を抱えて彼の元に戻ってくる。
「金平糖はあと一粒……」
名残惜しそうに空っぽになりかけている瓶を眺めていたルイはリュカへ視線を移すと、首をやや傾けて微笑んだ。
「だからリュカさん、明日僕に一日くださいませんか?」
「ええ、もちろんです」
リュカも微笑み返す。だが、彼の心には黒い靄が渦巻いていた。
“引き止めて欲しい”
彼の中で久しく生じる我儘だ。
(……いえ、何を思っているのでしょうね、私は……)
翌日、アトリエの留守番をウサギとクマのぬいぐるみ、チップ、キキに任せてルイとリュカは街に繰り出した。
「まずはどこに向かいましょう?」
「じゃあ、あそこへ!」
露店で買い食いをし、ショップを見て回ったり、バスカーを見ておひねりを渡したり、二人は最後の思い出を積み上げていく。
日が暮れ空の色はオレンジに移り変わろうとしていた。
終わりはもうすぐそこまで近づいている。
「……リュカさん、最後にもうひとつだけ行きたい所があるんです。いいですか?」
「ええ、どこへでも」
案内された場所はこの街の外れにある小さな一軒家だった。庭は手入れされた季節の花で溢れ美しい。
家から出てきた初老の女性に駆け寄ったルイ。
「アンヌおばさん!」
「おや、ルイくんじゃないか」
手を広げた女性の腰に抱きついたルイは、彼女の手を引きながらリュカの元へ連れてくる。
「ああ、彼がそうなんだね」
「はい」
リュカは状況がつかめず、微笑み合っているルイとアンヌの顔を交互に見た。
ルイは一度家の中に戻ったアンヌから受け取った物をリュカの前に差し出す。
「とっても遅くなっちゃったけど、やっと見つけたんです」
広げられたルイの手のひらに乗っているのは髪留めだった。シルバーのマーガレットが三つ並んだ髪留めだ。マーガレットの中心にはひと花ずつ小さな金色の宝石が埋められている。
「……これは……」
髪留めを見た途端開かれていくリュカの金色の目。力なく両膝をついた彼はルイの手のひらに乗っている髪留めを凝視したのち、勢いよく顔を上げた。
緩やかな弧を描いた口により押し上げられ細まった萌黄色の瞳、僅かに色づいた頬、大人びた穏やかな微笑みにリュカは胸が締め付けられる。
髪留めごとルイの手を握りしめ額を付けたリュカは声を縛り出した。
「……あなたは、いつもっ……」
(いつも、誰かのために動くお方だ……)
「ふふ、驚いたでしょう?」
「散歩は、これを探すためだったんですね。だからついてこないでと、あんなにもお怒りになられて……」
「だって、リュカさん何が何でもついて行くって、融通が利かないんですもん」
リュカは顔を俯けたまま唇を噛みしめる。今にも涙が零れ落ちそうで必死に堪えているのだ。
「……どうして、そこまで……?」
「これは、僕にしかできないことだからです」
その言葉に肩を震わせたリュカは、ゆっくりと顔を上げた。彼の左目からゆっくりと流れ落ちた涙はルイの手を濡らす。
「……いるのですか? ここに、彼女が……」
「はい、います」
ルイの瞳にだけ映るその姿。金色の髪と瞳を持つ美しい女性だ。肌の色は雪のように白く、髪は高い位置でひとつにくくられていた。
亡霊の彼女はルイの元へ歩むと一言告げる。
『お願いできる? 私のおともだちさん』
「承りました」
両方の目から涙を流すリュカの手に髪留めを握られたルイは、大きな褐色の手を小さな手で包み込みそっと魔法をかけた。
「‘Olu Makana」
激しく光り出した髪留めに思わず目を窄めるリュカ。光が落ち着き開かれた金色の瞳は、一人の女性の姿を捉えた。吹き付けた風により舞う花びらの中、ロングスカートの裾を靡かせて女性はリュカに両手を広げる。
「……っっ!」
立ち上がった彼は脇目も振らず彼女に駆け寄った。
――――――
『私へのプレゼント? ありがとう。とっても素敵な髪留めね』
『あなたに似合うと思いまして』
『……この花のデザインを選んだのはどうして?』
『それは……内緒です』
『まあ、意気地なし。ふふ』
――――――
愛おしい記憶が溢れて止まらない。
「ノラ!」
リュカは涙に濡れた顔のまま彼女の名を呼び、透ける体を勢いよく抱きしめた。
『もうリュカったら。気付くのが遅いわ』
「すみません、いると、思わなかったので」
『そうね。ルイくんが私を見つけてくれなかったらきっと、ずっとあなたとは会えなかったもの』
彼女もまた光の精霊だ。名をエレオノーラ。そして、リュカの恋人である。
『ごめんね、あなたが人間を嫌う理由は私にあるのに何もしてあげられなくて……』
「いえ、私がもっと早くあなたを見つけることができていたのなら……」
後悔はどんなに月日が経っても失われることはない。




