転生魔法使いと追放精霊(1)
ミスフィットとの戦いを終えて街に戻ってきた平和。
アトリエには新しくキキが加わったものの、いつも通り美味しいお菓子と紅茶を飲んでチップと遊んび、のんびりほのぼの過ごしながら人助けをしていた。
だが、キキにはひとつ気がかりがあったのだ。
「……ルイ、最近元気ない。どうしたの?」
今日も金平糖の入った瓶を眺めながら心ここにあらずなルイ。
「……もう、金平糖がなくなっちゃうからね」
「だ、だったらカミーユに私言うよ。新しいのを買ってもらおう?」
「うん、そうだね」
キキは精一杯に元気な声を出してルイに微笑みかける。だがルイから返ってきたのは、まるで泣くことを堪えているような胸が締め付けられる笑顔だった。
「ルイ、今日も散歩に行かなくて良いのですか?」
「リュカさん……!」
奥の扉が開き書類片手に入ってきたリュカに飛びついたルイ。専ら最近はなぜかリュカにべったりである。
「散歩はもういいんです」
戦いの後から再開した散歩だったが、それも三日ほどでぱったりと行かなくなったのだ。彼の毎日のルーティーンだったにもかかわらず。
「……ルイ」
しゃがんだリュカはルイの柔らかな髪を撫でる。
「私は――」
「大丈夫、わかっているんです。……金平糖がなくなったらお別れ。わかっています。僕が決めたことだもん」
努めて明るく笑ったルイ。あまりの痛々しさにリュカはたまらず彼を抱きしめた。
リュカの脳内に、あの日出会った小さなこどもとの思い出が蘇ってくる。
――――――
『ルキウス』
精霊界にて精霊王に呼び出された光の精霊が一人。名をルキウス。愛称はリュカだ。
『いかがなさいましたか、精霊王様』
リュカは女性とも男性とも取れない中性的な者の前に跪いた。精霊王のご尊顔はヴェールに隠されており誰も見たことがないという。
『お前を精霊界から追放する』
『……っ、なぜです!?』
百年ほど前に同志が堕落させられ追放された事例があったばかりに彼は身構えた。自らの行動を振り返ってみても該当するものは見つからない。
(なら、なぜ……?)
『お主は人間との関わりを断ち過ぎだ。精霊の存在意義を忘れたのか?』
精霊は“人間の信じる心”があってこそ存在できるもの。精霊が消える時、それは人間に忘れられた時なのだ。
『お主が人間を嫌っていることは承知だ。だが、このままではいずれ消えてしまう』
『……構いません』
『お主が構わずとも私が困るだろう。優秀な部下が消えた損害がどれほど大きいか忘れたわけではなかろうな?』
堕落したコーネリアスが抜けた穴を補うのは骨が折れた。リュカ自身もその苦労を忘れているわけではない。だが、そうまでして人間と関わらなければいけない理由も彼にはなかったのだ。
『人間界にしばらく滞在してもらう。そうだな、期間は人間に定めてもらえ。その間は戻って来るでないぞ』
『お、お待ちください! 精霊王様!』
リュカの声は聞き入れてもらえず、彼は身一つで人間界に追放させられた。
行く当てもなく人間界を彷徨っていたリュカ。
(……人間に期間を定めてもらうって、少なくとも一人の人間とは関わらなければならないということではないか)
人間の多さに嫌悪感でたまらず顔が歪む。
(とりあえず適当な人間を見繕って――)
前を見ず歩いていたリュカは柔らかい何かとぶつかった。蹴飛ばしたような感覚に足元に視線を送る。当たった物の小ささ的に動物だと思ったからだ。
(……こども!? それもこんな時間に一人で)
だが、ぶつかったのはまだ年端もいかないこども。
膝をついたリュカはそのこどもを手早く立ち上がらせる。
『お怪我はありませんか?』
『あ、ありません』
(こどもは鋭いところがあるから苦手だ。面倒なことになる前に――)
『お兄さん、魔法使い?』
纏っていたマントが引かれたことで、ようやくこども自身へ目を向けたリュカ。自分でも不思議なほど彼はこどもに目を奪われていた。
薄汚れた身なりをしているが、春に芽吹く若葉を思わせる淡い萌黄色の瞳は希望に満ち溢れている。そして、彼の周囲を舞う魔力の精霊たち。
『……いえ、私は精霊です』
(……なぜ? 気まぐれで人には靡かない魔力の精霊がこれほどまで楽しそうに彼の傍に寄り添っている。……魔力が彼に集っていく。愛おしそうに彼に……。ああ、私も精霊だからなのか、本能で惹かれてしまう)
リュカは無意識にこどもへ手を伸ばしていた。身なりからして孤児。自分と同じで行く当てがないことが分かったからだ。
(放っておけないだろう)
『……私と共に、来ますか?』
『……はい』
こどももまた惹かれるように、差し伸べられたリュカの手の上に自身の手を重ねていた。
裸足で歩いていたために血の滲んでいるこどもの足を見たリュカは迷わず彼を抱き上げた。少しずつ明かりが消えていく夜をひたすら歩く。目的地はない。
『お兄さん、お名前はなんて言うんですか?』
『リュカです。あなたは?』
『僕はルイです。こっちがウサギさんでこっちはクマさん』
こども――ルイは自分が抱えているぬいぐるみまで丁寧に紹介してくれる。その愛らしさに、人間界に来て初めて笑ったリュカ。
『この世界は不思議ですね。魔法を使っている人はたくさんいるし、絵本でしか見たことない動物もたくさんいました』
ルイの物言いはまるで、ついさっきこちらの世界に来たようだった。孤児だから世間を知らないのかと思ったが、いくら孤児でも日常に溢れている魔法を見たことがないのはおかしい。
『……ルイ、あなたはどこから来たのですか?』
(精霊に愛される人間。神がお創りになった人間であるならば納得だ)
『日本です』
ルイから聞いた話は俄かには信じられない内容だったが、彼が嘘をついているとも思えない。
(……これではフェアではないな)
リュカも、自身が精霊界から追放されたことの経緯と戻る条件を伝えた。彼はこの時すでにルイ以外の人間と関わることなど頭になかった。精霊王に人数までは指定されていないのだから。
『人間はひどく醜い存在です。関わる理由がどこにありましょう』
思わず本音を漏らしてしまったのは、ルイがこどもらしくない落ち着いた雰囲気を醸し出していたからだろう。
『そうなんですね。じゃあ、僕が伝えます』
『何をですか?』
『人間の魅力です。きっとリュカさんは人間の汚い部分をたくさん見てきちゃったと思うから、ちゃんと奇麗な部分があるんだよってことを知ってくれたらいいなって』
(このこどもの妙に達観した言動はどこから来ているのだ? ……だが、興味がある。この子は私に一体何をもたらしてくれるのだろう)
『どんなことをしてくださるのですか?』
『そうだなぁ。あ、一緒に人を助けませんか? だってね、ぼく……まほうつかいだから……』
とろんと目を垂れさせて答えたルイはそのままリュカの腕の中で眠ってしまった。
(……人を、助ける……? 私とは縁遠い言葉だ)




