転生魔法使いと追放精霊(3)
――――――
人間界が好きなエレオノーラ。
その日も彼女はリュカに内緒で人間界に降りてきていた。
もし油断があったとするなら、それは彼女が人間の奇麗な部分にしか触れてきていなかったということだろう。
その日、エレオノーラは運悪く精霊を専門に売る人間たちに捕まってしまった。そして、奴隷として売るために黒魔法『種族転換』により人間の姿になる魔法をかけられたのだ。
だが、魔法の失敗によりエレオノーラは半分が人間、半分が精霊のままで止まってしまう。
精霊と人間では存在自体が異なるもの。よって精霊の体が人間の体を受け付けず拒否反応を引き起こした。体が内側と外側から同時に引っ張られるような壮絶な痛みに耐えきれず、エレオノーラは人間となっていた自分の首を切って命を絶ったのだ。
「……ノラ? ……エレオノーラ……?」
リュカがエレオノーラを見つけた時、すでに彼女は息絶えた後だった。黒魔法の代償により体の半分以上が魔物と化している人物の姿を見て状況を察したリュカ。怒りに任せて光の剣を振りかざしたが、何かに止められたように剣はその者に到達する前に消える。
「……ノラ、止めたのはあなたですか?」
『あなたに人殺しはさせないわ』
亡霊となったエレオノーラの声はリュカには届いていない。
人間へ変えられた上半身しか残っていない彼女の骸を抱きしめ、絶望に顔を染めるリュカ。
「……あなたがいない世界で、私はどう生きればいいんだ……」
心が打ちひしがれた彼は、完全に魔物となり自我を失った魔法使いが街に繰り出していく様を呆然と見つめることしかできない。
――――――
『どう? 人助けをしてみて、少しは人間のことが好きになれた?』
「……いえ、やはり人間は嫌いです。……ですが、ノラが好きだという理由も少しだけわかったような気がします」
『でしょう?』
抱きしめ合う二人を傍目にアンヌの隣に並んだルイは礼を述べた。
「ご協力ありがとうございます、アンヌおばさん」
「良いのよ。私の友達がまさか精霊だったなんてねぇ」
今は年老いているアンヌだったが若い頃、彼女と人間のふりをしていたエレオノーラは友人だったのだ。
「年の取らない子だとは思っていたけれど、当時はただ羨ましいとしか思わなかったわ」
しわがれた手を添えてアンヌは苦笑いを零す。が、一転して瞳を曇らせた。
「……あの子が毎日つけていた髪留めを道端で見つけた時は本当に悲しんだわ。あの子は美しい子だったからきっと攫われてしまったのだろう、と。でも、どの新聞にも記事はなかった。精霊だと知って合点がいったわね」
今までエレオノーラの髪留めを大切に取っておいてくれていたアンヌには、感謝してもしきれない。
ルイの散歩は、髪留めの在りかをエレオノーラと共に探すためのものだったのだ。そして、彼女の『リュカに会いたい』という願いを叶えるためのもの。
魔法の解ける時間が訪れる。
ゆっくりと薄れていくエレオノーラの幻影。
『リュカ、ルイくんを大切にしてあげるのよ。愛しているわ、リュカ』
「ええ、私も愛しています。エレオノーラ」
幸せに満ちた微笑みを浮かべたエレオノーラは足先から光の粒となり消えていく。リュカの手に握られていた髪留めも彼女と共に光の粒となった。
消える直前、エレオノーラの髪に付けられた髪留めが目に入ったリュカは微笑む。
「……大切にしてくださり、ありがとうございます」
アンヌにお礼を告げアトリエに帰宅していたルイとリュカ。
突如二人の前に歪みが発生した。精霊界と人間界が繋げられた時に発生する扉のようなものだ。
現れたのはヴェールで顔を隠した精霊王。精霊王はルイを見つけるとヴェールの下でわずかに口元を緩ます。お見えになった精霊王にすぐさま跪いたリュカ。
「お主がルイか。私の部下が世話になったな」
「……精霊王様?」
「ああ、私が精霊王だ」
あまりの神々しさにルイは目を細めた。滑らかに風に靡く長い髪はどの色とも受け取れないほど様々に輝く。まるでダイヤモンドのようだ。
「ルキウス帰るぞ」
「……はい」
精霊王自ら迎えに来た以上リュカが逆らうことはできない。立ち上がった彼は精霊王が待ち構えている歪みに近づいていく。
「待ってください!」
不意に引き止められ振り返ったリュカ。
「これをお返ししないと」
ルイは首にかけていたチェーンからキューブを取り外し彼に差し出す。主人の証、それからお守りとして一緒にいる期間預かっていたものなのだ。同じものがリュカの左耳で揺れていた。
「……いえ、それはあなたが持っていてください」
リュカが指を動かすと一瞬にしてチェーンにキューブがつけられルイの首元に戻っていく。
今一度ルイと向き合ったリュカは涙を堪え微笑むと心からの言葉を告げた。
「ルイ、楽しい時間をありがとうございました」
「はいっ! 僕こそありがとうございます。……と、ても、たのしくて……」
溢れる涙を拭って必死に笑顔を浮かべるルイ。だが、堪えきれず嗚咽が漏れ出した。
唇を噛みしめて顔を歪めたリュカは彼から顔を逸らす。これ以上ルイの顔を見てしまえば離れたくなくなると分かっていたからだ。
精霊王に背を押され精霊界に繋がる歪みへ入っていくリュカ。
(……まって)
震える足を一歩踏み出したルイは消えかける背に手を伸ばす。
(やっぱりいかないでっ!!)
「……っ、リュカさんっ!!」
ルイの必死に絞り出した声に堪らず振り返ったリュカは、精霊王の手を振りほどいて歪みから飛び出した。彼にもう迷いはない。自分へと手を伸ばすルイを抱きしめる。
「ルイ……!」
「……リュカさん、ど、して……?」
ルイへ手を振る精霊王はリュカを引き止めるでもなくひとり精霊界へ帰っていった。歪みは完全に消え精霊界と人間界は完全に隔たれる。
「私はなんて愚かなのでしょう」
「……え?」
「居場所はとっくに見つかっていたのに」
ルイの体から腕を離したリュカは、彼の両手を下から掬い上げそっと握った。
「ルイ、これからも私をあなたのお傍においてくださいますか?」
「もちろんですっ! ずっと、ずっと!」
微笑み合う二人を照らす満ちた月。
ふわりと二人の元へやってきた光の粒は、しばらく彼らのそばを舞うとルイの首元のキューブの中へ収まっていった。
◇
ここは、求める者、求められた者が辿り着くことのできる秘密の魔法アトリエ。ショーケースに並んだ“物”に導かれ、本日もお客さんが訪れることだろう。
「あー、リュカお砂糖買ってくるって言ってたのに忘れたでしょう!」
「あー、ハチミツも買ってきてないじゃん! もー、しっかりしてよ」
やいのやいのと騒ぎ立てるぬいぐるみたちの声を聞き流し、お利口さんにお座りしているチップへと近づいたリュカ。
「チップ、今日は特別に露店の串焼きを買ってきましょうか」
「わん!」
「わああ、リュカさん! せ、洗剤があわあわにー」
キッチンで洗い物を任されていたキキだったが洗剤を使いすぎてシンクから泡が溢れ出していた。盛大にため息をついたリュカは「あとは私がやりますので」とキキを追い払う。
「ふふ」
ルイはそんないつも通りの賑やかなアトリエが大好きだ。
――カラン、カラン
アトリエの扉に付けられたベルが鳴る。
扉へ駆けつけたルイは、両手を差し伸べ花が綻ぶように微笑んで告げた。
「ようこそ。『記憶のアトリエ』へ」
ご覧いただきありがとうございます。
これにて『愛され魔法使いの異世界縁結びアトリエへようこそ』完結となります。
読んでくださった方、応援してくださった方、誠にありがとうございました。
アトリエに訪れた様々なお客さんや、出会った者たちの願いをルイが魔法で叶えていく物語となっています。
特別な存在として転生したルイですが、優しい彼だからこそみんなに愛され、それぞれが抱える未練に寄り添うことができたのでしょう。
そして、『記憶のアトリエ』はリュカのために作られたものでした。
ルイの朝のルーティーンもまたリュカのためです。新聞を見ていたのも、エレオノーラについての事件がないか調べる為でした。
ずっとリュカの物語は始まっていたのですね。
異世界に転生して家族がいなかったルイにとって、リュカをはじめアトリエの”物”たちみんなが家族です。これからも彼が家族と過ごした愛おしい記憶はたくさん刻まれていくでしょう。
お手に取ってくださり、本当にありがとうございました。
暮色。




