救済(4)
ルークはキキにあの大規模戦争を引き起こしたのは自分だと打ち明けた。姉が亡くなった原因は自分にあると。
「……どうしてよっ……おねえちゃんを、返してよっ!!」
悲痛に叫びながらルークの胸を拳で殴り続けるキキ。ルークは黙って受け入れていた。今、10年越しの怒りをすべて引き受けている。
苦しんでいるキキをやり切れない表情で見つめているルークの前に姿を見せたクロエ。右手を大きく振りかぶると彼の頬へ勢いよく落とした。
だが、幻影である彼女の手がルークに届くことはない。音もない静かな反撃だった。
『はい、これでおあいこ』
叩かれてはいない頬を押さえてクロエを見上げたルークは、「……え?」と情けない声を漏らす。
その場にいたのはクロエだけではなかった。大規模戦争にて命を落とした五芒星の二人、土属性のサイラスと闇属性のヴァレリーもいる。
『おうおう、よくもやってくれたな!』
ヴァレリーはルークの頬めがけて拳を振るった。突然襲い掛かる拳に目を閉じたルークだが、当然衝撃はやってこない。
『うし、すっきりした!』
彼女は殴った拳を撫でながら満足そうに笑っている。
反してルークの前にしゃがんだサイラスは彼の頭に手を乗せ、
『もうするなよ』
と、優しく微笑みそっと撫でた。
「……ごめんな、さい……」
耐えきれずルークの瞳から零れ落ちる涙。遣る瀬無さに地面に額を付けたルークはただひたすらに謝罪を繰り返す。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」
リオンとローガンに腕を掴まれて立ち上がらされたルークは、そのまま騎士団に引き渡されていった。すでにミスフィットの面々も捕まっている。コーネリアスを除いて。
『不老』の黒魔法を使用し代償にて急速に老いたフィン、『模倣』の黒魔法を使用し代償にて顔が醜く歪んだロージー、共にルイが降らせた魔法により代償は打ち消されていた。
彼らにどのような刑罰が下されるかは国王並びに五芒星の量刑による。だが、この一件は国家魔法機関に変革をもたらすことだろう。選考試験の在り方始め今一度体制の見直しが求められる。
「リュカさん、僕の我儘のお手伝いをしてくださいますか?」
「ええ、なんなりと」
しゃがんだリュカの耳元に口を近づけて告げたルイ。彼の我儘を聞いて目を開いたリュカだったが破顔し、
「あなたらしいですね」
と彼を抱き上げると空高く舞い上がった。
空で留まると、ルイは両手を大きく広げて叫ぶ。
「隠れているみんな、出ておいで! ‘Olu Makana!」
ルイの手から放たれた魔法は街全体に行き届き、あの大規模戦争で未練を残して死した者たちを幻影として呼び起こした。
「愛おしい誰かとの時間を楽しんでね」
ルイに感謝を述べた幻影たちは、街から避難している大切な人の元へと飛んでいく。
街の人だけでなくあの戦争で命を落とした国家魔法使いも幻影となって現れた。懐かしい同志の顔を見つけ抱きしめ合う者、会話を弾ませる者、気まずさに居た堪れなくなっている者、様々な反応を見せているが皆一様にこのひと時を楽しんでいる。
「……サイラス、師匠……」
『泣かないでくれ、シンシア』
想いを寄せていた師匠との再会。
「ヴァレリー!」
『カミーユ!』
親友との再会。
そして最期。
地面に降り立ったルイは、クロエとリオンに慰められているキキへと近づいた。察した二人はそっと彼女の傍から離れていく。
「キキさん」
彼女の前に正座したルイは、キキの手に握られていたハート型ヘアピンを取ると彼女の長い前髪をとめた。露になった大きな赤い目は揺れながらルイを捉える。
「うん、やっぱりこっちの方が可愛いです」
その言葉に途端頬を赤く染めたキキ。そんな彼女にルイは手を差し伸べた。
「行く当てがないのなら、アトリエへ来ませんか?」
「……いいの?」
「もちろん! あ、そうだ。チップにもまだ会ってもらってないよね。可愛いぬいぐるみたちもいるし、踊るティースプーンとか、意外と紳士なコートハンガーさんもいるんだよ」
ルイの手に触れそうな距離にまで近づけていた手をキキは一度引いてしまう。彼女の胸中に発生している迷いと葛藤の表れだ。
「……でも、迷惑かけちゃうよ、やっぱり。……だって、人を殺そうとしていたんだよ、私」
キキの震える手を取り、両手で優しく握ったルイは微笑む。
「じゃあ、その分たくさんの人を助けましょう、一緒に」
見開かれた真っ赤な瞳は一層光を増し輝くと、とめどなく涙を流した。
「……うん、うんっ。私、誰かを助けたいっ! ルイと一緒に! ……いい?」
「いいよ」
ルイに抱きついたキキ。声を上げて嬉しそうに笑っている。
自分のせいで縛り付けてしまっていた妹が心から笑っている姿を見てそっと涙を零す姉。
『……良かった、キキ。本当に……』
「そうだね。これで君も安心できるかい?」
『うん。でもリオンのことも心配よ?』
「俺は大丈夫さ。いつでもローガンが目を光らせているからね」
『ふふ、そうね』
「それに――」
クロエに笑顔を向けていたリオンはふと視線を移す。純粋で、可愛らしく、小さな体でたくさんの人を救ってきた偉大な魔法使いへと。
「今の俺には、やるべきことがあるからね」
歳は同じだったはずなのに一人だけ成長したリオンに寂しさを覚えながらも、前を向けている彼を嬉しく思いふわりと微笑んだクロエ。
だが、魔法は長くは続かない。必ず終わりはやってくる。幻影は少しずつ薄れていき、惜しみ惜しまれる中、そっと姿を消していった。
『ありがとう、小さな魔法使いさん』
『素敵な時間だったぜ』
『これからも頑張ってね、可愛い魔法使いさん』
それぞれルイに一言告げると光の粒となり消えていく亡霊たち。
『ルイくん』
ルイの前に現れたサイラス、ヴァレリー、クロエ。彼らは晴れやかな笑顔を浮かべて彼に伝える。
『ありがとう』
「……っ、はい!」
たくさんの光の粒はルイのそばを舞うと、首元のキューブの中へと収まっていった。彼はキューブを両手で包み込み「どうか、お幸せに」と願う。




