救済(3)
貝殻を抱きしめて項垂れているルークへ近づいたルイは、彼に小さな手を差し伸べる。
「帰ろう、ルークさん」
涙に濡れた目でルイを見上げた彼は躊躇いがちにその手に自分の手を伸ばした。だが触れ合う直前、彼の腕は力なく垂れさがったのだ。地面に落ちる手袋。その下から覗いた真っ黒な腕にルイは息を呑む。
「……ごめんね、ルイくん。これが、黒魔法を使ったものの代償なんだ」
「……そんな」
サラサラと指先から崩れ落ちていく彼の右手。黒い侵食は腕から肩、首、そして頬にまで広がっている。
『ルイ!』
聞こえたルーカスの声に反応を示したルイは、その姿を探す。彼は、ルークの右手と共に落ちた貝殻を指さしていた。
『その貝を俺の身代わりだと思って代償を移し替えろ。天才魔法使いのお前ならできるだろう? 頼む!』
「……はい、承りました!」
誰かと話しているような様子のルイ見て悟ったルークは止めようと彼へ手を伸ばす。その小さな手のひらに乗せられている貝殻を見れば、彼がルーカスとやろうとしていることも理解できた。
「……いい、もういい。どうか、ルーカスとの思い出を崩さないでくれっ」
悲痛に顔を歪めているルークへ向き合ったルイは告げる。
「僕はアトリエの魔法使いです。そして、依頼者の願いを叶えるのが仕事。どんな理由があろうと依頼者ルーカスさんの願いを最優先します!」
見つめられる揺るぎない眼差しに負け、わずかに微笑んだルークは彼に身を委ねていく。彼の右腕はもう肘から下が崩れ落ちてしまっていた。
傾いていく体を受け止めたルイは貝殻を握った手を背中に回し叫ぶ。
「ルークさんの代償を解いて! ‘Olu Makana!」
ルイの手から広がる優しく暖かで心地の良い光にルークは瞼を閉じた。彼を侵食していた黒は貝殻に吸われていく。
光が収まると、ルイは手の中で貝殻が崩れていくことを感じた。広げてみれば奇麗な白色だった貝殻は黒い灰と化している。
ルークの崩れ落ちた右腕の肘から下は戻っていないが、侵食されていた肌の色は元通りになっていた。
「……良かった」
その場に崩れ落ち胸を撫で下ろしたルイ。
「……ありがとう、ルイくん」
憑き物がとれたように微笑み、ルイの頭を撫でようと伸ばしたルークの手は何者かに止められる。
「触らないでもらおうか」
温度の感じないひどく冷めた声だった。南天のように赤い瞳がルークを射るように見ている。彼だけではない。五芒星全員がその場に来ており、ルイを守護するべく立ち塞がっていたのだ。
「ま、まって! ルークさんは――」
「ルイくん、僕に『ありがとう』と言ってくれて、ありがとうございます」
「……はい、……はい!」
一際優しく微笑んだルークは五芒星に連れられて時計台を下りて行った。一人残されたルイの元へやってきたリュカは、その小さな体を思いきり抱き締める。
「……リュカさん、僕頑張ったでしょう? ちゃんとできたでしょう?」
「ええ、見ていましたよ。本当に立派でした」
「きっと僕一人だけではできませんでした。僕のたくさんの“おともだち”が力を貸してくれたんです」
「そうですね」
顔を見合わせ合った二人は日の出光を浴びながら微笑み合った。
「でも、まだ僕にしかできないことが残っています」
ルイはそう言うとズボンのポケットからあるものを取り出す。
「これを返しに行かないと」
頷いたリュカはルイを抱き上げると軽やかに時計台から飛び降りた。近くの家の屋根に着地し、次々と屋根を飛び移って移動していく。
そして、彼が探している人物の元へと導いてくれた。下ろされたルイは名を呼んで駆けていく。
「キキさん!」
ルイの声が聞こえ蹲っていたキキは勢いよく顔を上げた。その姿を見た彼女はすぐさま立ち上がり涙を流しながらルイの胸に飛び込んでいく。
「ルイ……!」
バランスを崩して尻もちをつきながらもなんとか彼女を受け止めたルイは、彼女を抱きしめ返した。
「キキさん、あの日の約束を叶えに来ました」
「約束?」
ルイから体を離したキキはしゃがんだまま首を傾げる。首の動きに合わせて傾いた長い前髪の下から覗いた目は赤く腫れていた。
「はい。お姉ちゃんに合わせるって約束したでしょう?」
「……覚えていてくれたの?」
「もちろん」
ルイは手に持っていたハート型ヘアピンをキキの手のひらに置きそっと魔法をかけた。
「‘Olu Makana」
彼女は自分の手のひらの上で輝くヘアピンをぼんやりと見つめていたが、不意に正面から抱きしめられその懐かしさにたちまち顔を歪める。
『……キキ』
「……お、ねえ、ちゃんっ……」
そして、大声を上げて泣き出した。聖女の象徴である美しい白髪を風に揺らしながら、小さなキキの背を撫で続ける姉のクロエ。彼女が優しく接するほどキキの泣き声は大きくなる。
『もう、しかたないな』
小さなこどものように泣き続ける妹に苦笑いを零したクロエは、キキが小さい頃に大笑いしていた変顔をした。元々美しい顔立ちも相まって変顔とは呼べない、ただ頬を膨らましただけなのだがその顔を見た途端キキの泣き声はやんだ。
『あ、まだ有効だった』
変顔を戻し可愛らしく笑ったクロエは、キキの頬に触れ『顔をよく見せて』と自身の顔を近づける。
『……もう10年も経っているのに、本当にあなただけはあの頃から変わっていないのね』
「……どういう、こと?」
クロエはキキに、ルークによって10年後に飛ばされたこと、ミスフィットがキキのために残されていたこと、口が縫われた意味を説明した。
ルイもこの話は初めて聞いていたために驚きで目を丸くしている。
「……じゃあ私は――」
「見つけたぞ!!」
突如響いた男性の声にキキの声は遮られてしまった。振り返ったルイの横を通り過ぎる夜空色のマント。彼ら国家魔法使いたちはキキを手早く地面へ押さえつける。
「……うっ、くるし……」
「待って! キキさんは何も知らなかったんです!」
ルイがいくら訴えようと国家魔法使いたちは聞く耳を持たない。仮にもミスフィットの一員だったキキ。捉える動機は十分にあった。
「クロエさん!」
キキの姉に助けを求めたがその場に彼女の姿はない。
「……どうすれば」
考えていたルイの肩に手が置かれる。見上げた先に居たのはルークだった。彼はルイに安心させるよう微笑むと国家魔法使いたちへ近づき言い放つ。
「彼女は僕が洗脳していた一人です。ですから、彼女に罪はない」
彼の傍ではリオンとローガンが目を光らせていたものの、発言の自由は許しているようだ。
ふとルイの視界に映り込んだクロエの幻影。
「もしかして、クロエさんがルークさんを呼んでくださったんですか?」
『ふふ、妹が勝手に悪者にされて黙っていられる姉なんていないでしょう?』
クロエは微笑むとリオンの隣に寄り添った。触れられない手で彼の手を握り締めている。視線はルークから決して逸らさないリオンだったが、その手は確かに彼女の手を握り返していた。
「キキ、ずっと黙っていてごめんね」
ルークは彼女の元で膝をつくと頭を下げた。
「君が恨むべきは国家魔法使いじゃなくて、僕なんだ」
肘から下がなくなった彼の右腕に意識が割かれていたキキは、その言葉に顔を上げる。
「……え?」




