救済(2)
「……どうして……、どうして私と戦わないの!? お姉ちゃんの敵を討たせてよっ!」
頭を振り乱して叫ぶキキと反し、ネロは冷静に彼女を見据える。いくらキキが攻撃してもネロは戦う素振りすら見せない。
「……戦えねぇよ。だって、あいつが言ってるだろう? 『もう戦わなくて大丈夫だよ』って」
ネロの訴えを聞いて思わず顔を上げたキキの頬に落ちる暖かいもの。ルイが放った魔法の粒だ。彼女はその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。
「……ルイっ、じゃあ私、どうすればいいの……?」
◇
「女神様、力を貸してくれてありがとうございます」
初代聖女のヴェールと共に薄れていく女神に感謝を述べたルイ。
『愛しの坊やに幸多からんことを』
額に優しく口づけを受けたルイは消えゆく彼女に最後まで手を振り続けていた。
「よし、ルークさんの元に向かおう。マントさん、案内お願いね」
ルイの言葉に角を揺らすことで応えたマントは、夜風を切ってこの街のシンボルである時計台へ向かっていく。
辿り着いた時計台の屋根上に探し求めた者はいた。ただでさえ不安定な斜面なのに、その端に立っている。一歩踏み出せば下へ落ちてしまう。
「ダメー!!」
ルイは叫びながら彼に近づくと、マントから飛び降り彼の体を押し倒した。突然空から降ってきたルイを咄嗟に受け止めたルークは目を丸くしている。が、小さく息を吐き出すと眉を下げて微笑んだ。
「……どうして、来てしまうの?」
「そんなの、ルークさんが死のうとしているからじゃないですか!」
「……ああ、君は最初からミスフィットの頭領が僕だと分かっていたんですね。いや、ルークとルーカスが同一人物であることさえも」
「はい。だって、ルークさんのそばにはいつだってルーカスさんがいましたから」
ルークは瞳を揺らすとルイから咄嗟に視線を外す。
「……そんなお心遣いいりませんよ。ルーカスは勝手に自分の名を借りて取り返しのつかないことをした僕を恨んでいますでしょうから」
「はい、カンカンに怒っています。でも、恨んではいません」
ルイはルークの震える手をそっと包み込む。
「ルークさん、僕もみなさんに隠していることがあるんです。……僕、本当はずっとこの世界で生きていたわけではありません。日本と言うこことはまったく別の世界で生きていたんです」
ルークはルイの話が呑み込めず眉を顰めた。
「ここに来たのはルークさんを止めるだけではありません。この言葉を伝えたくて戻ってきました」
ルイは顔を出し始めた太陽に負けないほど眩い笑顔を浮かべて言う。
「ありがとう!」
「……どう、して……。だって、僕は君を何度も危険な目に合わせたんですよ? 君だけじゃない。たくさんの人をこの手で殺してしまった。そんな言葉言われるような人間じゃない!!」
「それでも! こっちの世界で孤児として生まれ家族のいない僕に、元の世界に戻る方法はなくて大好きな家族にもう会うことができない僕に、ルークさんは記憶を見せてくれたんです」
あの日、小瓶に触れたことで見ることのできた懐かしい家族との記憶を思い出し、ルイは振り解こうとするルークの手を離さないように強く握りしめる。
「家族との記憶が宿った“物”はここにはなくて、僕にはどう頑張っても叶えられないものでした。でも、『家族ともう一度会いたい』そんな願いを叶えてくれたのはルークさんなんです」
ルークの瞳から自ずと流れる涙。演技ではない。久しく感じていなかった、心から素直に流れる涙に彼自身も戸惑う。
「だから、今度は僕があなた方の願いを叶えます! ‘Olu Makana」
ルイはルーカスから受け取っていた二人の思い出が詰まった貝殻を胸の前で握りしめ、そっと魔法をかけた。
『……ルーク』
背後から聞こえてきた懐かしい声に、涙に濡れた顔でおずおずと振り向くルーク。緑がかった藍色の瞳に映された、ずっと苦楽を共にしてきた兄弟の姿に彼は顔を歪める。
「……ルーカス、ごめ――」
『ひとりにしてごめんな』
幻影のルーカスは自分より遥かに成長してしまった弟を抱きしめた。幻影の体は生身の体に触れられないが、泣いている弟を慰めるように優しく抱きしめた。
『……頑張ったな』
「……やめてくれ。優しくしないでくれ。……責めてくれよ。誰も責めてくれないから、お前だけは僕を責めてくれよっ!!」
訴えた直後、ルークの目の前に降ってくるルーカスの頭。頭突きをしたかったのだろうがぶつかることなく、ただ彼の顔面にめり込んだだけであった。
『もう、お前頑固! そうやって悪役ぶってるけどな、なり切れてねーの。中途半端なの!』
『兄ちゃんには全部お見通しだかんな。お前は殺される理由を求めていたんだろう? それがこの戦いだ。でも、被害を最小限に抑えるため、裏で手を回して事前に街の人々を逃げさせた』
ルーカスの見解にルイも大きく二度頷いた。
『今まで殺してきたのだって悪事を働いた者ばかりだ。罪ない人は手にかけていない。そうだろう?』
ルークはその言葉に素直に頷くことはできなかった。いくら悪人だろうと人を殺した事には変わりないのだから。
『……ルーク、もう自分を許してあげなよ』
「できないよ、そんなこと。……ああ、できるなら時間を戻したいっ。ルーカスを失う前に戻したいっ。……どうして、先にいっちゃうんだよ……」
ずっと秘めていた本音がとうとう漏れ出していく。
『そうだな。できるなら俺も……もどりたいっ!』
ずっと笑顔だったルーカスの顔は歪み、瞳からはとめどなく涙が溢れ出した。
『……でもさ、俺、後悔はしてないんだぜ? やらない方が絶対後悔してた。それに、未練ももうなくなったしな』
足先から薄れていくルーカスの体。ルークは引き止めておくために手を伸ばすが彼の体には触れられない。
『お前とちゃんと話ができて良かった。後悔してないって伝えられて良かった。ちゃんと長生きしろよ』
そう言い残し、ルーカスの幻影は完全に消えていく。涙を流すルークの手の中には二人の思い出が詰まった貝殻だけが残されていた。




