贖罪(2)
前話回想シーンの続きです。
――ガタンッ
嫌な予感が沸き上がったルークはすぐさま部屋に駆け寄った。
『ルーカス!』
扉を開けると部屋中が黒く濁った煙で覆われており中の様子は見えない。
『ルーカス! どこにいるの? ルーカス!』
『……ルーク……』
か細い声が聞こえた方へ煙を払いながら向かっていくルーク。そして、煙の中から覗く彼の左手を見つけた。
(よかった、なんとか無事みたい)
咄嗟に彼の手を掴んだルークは煙の中から引き出すように強く引っ張る。現れたルーカスの右半身は黒ずんでいた。
『大丈夫? ルーカス』
だが返事は帰ってこない。項垂れていて体に力も入っていないし、明らかに様子がおかしかった。黒ずんでいる部分は煤によるものかと思ったがいくらこすっても消えない。
『……え? なんで広がって……』
のみならず右半身だけだった黒ずみはゆっくりとルーカスの体を侵食し始めていた。顔はもうすべてが黒く染まってしまっている。
『……ルーカス?』
ルークは恐る恐るルーカスの黒くなってしまった顔に触れた。すると、触れた個所が崩れ落ちたのだ。まるで朽ちていくように。
やっとのことで上げられたルーカスの顔。彼はルークの恐怖に染まった顔を見つめると小さく零した。
『……ごめん、ルーク……。兄ちゃん、しくじっちゃった……』
そして、ルークと繋がれている左腕だけを残し、彼の体は灰になって崩れた。
『……え……、ル、カス……?』
左腕も長くはもたず黒に侵蝕されると崩れ、ルークの手に灰がわずかに残っただけであった。
『……ルーカス? ……っっ、あああああ!! ルーカス! ルーカス!!』
ルークは必死に灰を集めて抱えたがルーカスに戻ることはなかった。息が苦しくなるほど涙を流した彼は灰を抱きしめたまま床に蹲る。そして、慟哭を上げた。
『……うああああっ!! ……僕のせいだ。僕のせいで、ルーカスは……』
自分を責め続け壊れかけているルークの心。もう限界だった。だから心は無意識に防御反応を起こす。結果、責める相手は自分から他者へと移り変わった。
元凶ともいえる国家魔法使いだ。
『あんな試験のせいで……』
恨みは日が経つにつれ募っていく。
『……絶対に許さない……』
ルークは同じく国家魔法使い選考試験に落ち恨んでいる魔法使いを集め、はみ出し者の魔法使い組織“ミスフィット”を結成した。
同志が集まるのにそう時間はかからなかった。国家魔法使いに恨みを持っている魔法使いはこの国にごまんといたからだ。だが、互いに素性を明かすことはしない。その方がルークにとっても都合が良かったから。
そして、黒いマントで全身を覆い、“意志”だけを同じにする不安定で危うい組織は出来上がったのだ。
ルークはミスフィットの頭領として国家魔法使いを陥れる計画を立てる反面、ルーカスの代わりとして国家魔法使いの地位も手に入れていた。内情を知るなら敵陣に入り込むことが最も有効だからだ。
『あれ? 合格したのって君だったっけ?』
『……まあ、事情は聴かないさ。いろいろあったんだろう』
顔が似ていたことから、ルークがルーカスとして国家魔法使いになっていることは誰も気が付いていなかったというのに、自分と歳が同じくらいのリオンと年上のローガンにだけは何故か感付かれていた。
『名前も、ルーカスじゃなくてルークにしなよ。そっちが本名でしょう?』
『え、でも……』
『俺もあの結果には納得いかなかったからね。でも安心して。あの試験官と、わざと風を起こした受験者はこっちで処分したから』
年齢の割に達観しているリオンにルークはあっけにとられながらも、少しだけ自分が認められていた事実に胸が暖かくなった。
それでも、黒いマントを羽織ると心は闇に巣食われる。あの恨みを忘れることなんてできやしないのだ。
国家魔法使いでの自分が“ルーク”となった以上、ミスフィットの自分は“ルーカス”だ。兄の名前を利用しているようで気が咎めるが、ここは兄の威を借りるとしよう。
あれほど抵抗があった黒魔法にも今や躊躇いはない。国家魔法使いたちに一泡吹かせるにはこれしかないと踏んでいたからだ。彼が手を出した黒魔法は『洗脳』だった。
その代償に払わされたものは“感情”。使う度自分の中から感情が消失していく感覚に襲われた。だが、さして支障はない。なくても演じればいいのだから。
そして、ミスフィットが結成されて約3年。決戦の日はやってきた。
ルークは密かに捕えていた魔物を洗脳し、街を襲うよう指示を出した。黒魔法を使えば知能のない魔物に群れを成させることまでできてしまう。
『……あ、はは。こんな簡単なら、俺が黒魔法を使えばよかったのに……』
嘲笑は誰にも届かず儚く消えていった。いつも隣にいたルーカスの存在を思い出し胸が苦しくなる。
『ある程度は苦しませただろうし、そろそろやめるか』
国家魔法使いが少し痛い目を見ればいい。ルークが想定していたのはその程度だった。奴らの困っている姿が見られたらそれでよかったのだ。
だが、ルーク以外のミスフィットはそうではなかった。魔物に逃げ惑う人々を襲わせたり、無意味に国家魔法使いを殺したり、まるで娯楽として楽しんでいたのだ。
『おい、もうやめろ!!』
そんな声は誰にも届かなかった。
街が火の海に包まれる。魔物に壊されていく家屋。血を流して息絶えていく人々。必死に国民を守ろうと魔法を使うが、洗脳によって狂暴化した魔物に歯が立たず破れていく国家魔法使いたち。
地獄絵図とはまさにこのことだろう。
『……もう、やめてくれよ……』
ルークが絶望に顔を覆った時、
『聖女様!!』
国のひとつの要である聖女が魔物に襲われた。胸を一突きされている。助からないことは傍目にもわかった。
『……ああ、僕は……僕は、なんてことを……』
もう取り返しがつかない状況に、ルークは嘆くことしかできない。
『……ちがう。ここで嘆いていて何になる。せめて、せめて僕がこれを終わらせなければならないだろう!』
黒いマントを脱ぎ捨て、ミスフィットの頭領から国家魔法使いのルークへと変わった彼は揺れることのない意志を宿した瞳で戦場へ赴いた。
視界に入った光景は一生忘れることはないだろう。
骸となった聖女を絶望に打ちひしがれた表情で抱いているリオン。
『しっかりしろ、リオン! それ以上聖女を傷つけないためにも立ち上がれ!』
その傍では一人で無数の魔物を相手し二人を守っているローガン。
そして、欠けたのは聖女だけではなかった。
『……師匠、どうして私なんかを庇って……』
土属性の五芒星も安らかな表情で弟子であるシンシアの腕の中にて息絶えていた。
『ふざけんな!!』
やみくもに魔法を放っているカミーユの傍で横たわっている闇属性の五芒星。彼女もカミーユに笑顔を向けたままそっと目を閉じる。
ルークの瞳から零れる涙。
『……ごめんなさいっ……』
彼の脳裏に、国家魔法機関で過ごした3年間が駆け巡っていく。
土属性の五芒星サイラスは新人のルークによく気を配ってくれた。ルーカスを失ったことで空いてしまった穴を少しだけ埋めてくれるような、兄のような存在だった。
闇属性の五芒星ヴァレリーは体ができていないルークに肉をしつこいほどに進めてくる勇ましい女性だったが、悪い気はしなかった。
聖女のクロエは、その苦悩を悟らせないよう常に笑顔で過ごし誰にでも平等に優しく接する人だった。ルークも彼女の笑顔に少しだけ救われている。
この現状を引き起こした自分の浅はかさに腸が煮えくり返りそうだ。目の前の魔物に怒りに満ちた咆哮を上げて魔法を放つ。だが、つと動きを止めたルーク。
『……いや、そうじゃない。止めるのは、魔物じゃない』




