贖罪(1)
綿毛が触れ洗脳が解かれていく国家魔法使いたち。だが、全員とまではいかなかった。広範囲に広げるために一人当たりの量が少なくなっていたからだ。国家魔法使いの中では未熟に分類される者や若い国家魔法使いの洗脳は解けていない。
「……あれ、俺……って、あー! リオンさん、腕怪我してるじゃないっすか!」
洗脳から解放され我に返ったイグニスは、自分が今にも飛びかかろうとしていたリオンへ視線を向けた。
「ああ、正気に戻ったかイグニス」
「酷い火傷っすね。大丈夫っすか?」
座り込んでいるリオンの傍らに膝をついたイグニスは、彼の腕を持ち上げる。
「他人事のようだね。この火傷はお前に負わされたというのに」
「……え? 俺が、リオンさんに……? 一発くらわしたんすか、俺やるじゃん」
謝罪よりもまず自分への関心が出てきたイグニスの頭を小突いたリオン。
「冗談っす。すんません。……で、一体なにがあったんすか?」
顔を赤くして憤っているジュードへ視線を向けたイグニスは手負いのリオンを守るように立ち塞がる。イグニスの他に洗脳がとけた国家魔法使いたちも彼に倣った。だが、自分たちに向かってくるのはジュードではなく洗脳されている仲間なのだ。
「『記憶の小瓶』事件の再来だ。ここだけじゃなくて他のチームのところも混乱しているだろうね」
「じゃあ、なんで俺たちの洗脳は解けて……」
「空から優しい花が降って来てね」
綿毛が降ってくる光景を思い出し微笑んだリオン。遠回しな言い方だったがイグニスには意味が伝わったようだ。
「あー、また助けられちゃったんすね。てか、一度逃げたのに戻ってくるってどれだけお人好しなんすか、ルイくんは」
◇
「……行くのかい?」
研究室でウィンストンはルイに尋ねた。彼を止めても無駄だと悟っているのか、不安げに眉を下げている。
「はい。僕にしかできないことはそこにありますので」
「……そうか。どうか、無茶だけはしないでね」
「はい、ありがとうございます」
ルイとリュカは再び空飛ぶ絨毯に乗って、“彼”の元へと向かった。
◇
「……やっとだ。やっと――」
時計台の屋根に座っているルーカスは消え入りそうな声で呟いた。吹き付けた夜風によりフードが脱げ現れた顔。その左目の下には二つ並んだ黒子があった。
「……長かったな、ルーカス」
彼が羽織る黒いマントの下からは国家魔法使いの正装が覗く。ナイロン製の手袋が外された右手は黒く変色しており、指先は灰となって少し崩れた。
――――――
今から15年前――
『ルーク。お前、国家魔法使いの試験受けてみろよ。絶対受かるって』
『えー、ルーカスも受けてくれるならいいよ?』
『よし決まりだな』
12歳のルークとルーカスはそう約束し、二年後にある国家魔法使い選考試験に向けて魔法の特訓に励んだ。同じ水属性であり、実力も拮抗している。だから受かるなら二人同時に、落ちるのも二人同時なのだろう。そんな予感は二人の胸中に根を張っていた。
そして、試験当日。
与えられた課題は、数百メートル高い的に魔法を当てるというもの。二人にとっては容易だった。まずはルーカスが見事中心に的中させる。
そしてルークの番。だが、タイミングが悪かった。彼が水属性魔法を高く放った丁度その時強く風が吹いたのだ。
天の悪戯だったのか、同じ受験者である誰かの嫌がらせだったのか。定かではないが、その風によって高くは上がったものの飛ばされた水は的に当たらなかった。
『受験番号037、失敗』
『ま、待ってくれよ! 今のは突然風が吹いたからだろう? 本当は届くはずなんだ。だからもう一度あいつに挑戦させてくれ!』
失敗の宣言に抗議したのはルークではなくルーカスだった。試験官は取り合ってくれず、ルーカスの訴えは無視され試験は淡々と進められていく。
『ルーカス、もういいよ。運が悪かったんだ。仕方ない』
『仕方なくないだろ! だってお前は国家魔法使いになるべき優秀な魔法使いなんだ! こんな理不尽受け入れんなよ!!』
ルーカスは試験が終わっても国家魔法機関に残り訴え続けた。ルークがいくら止めようと彼は引き下がらない。
『俺らは双子だ! 実力だって同じ。なのに、俺だけ合格でルークは不合格なんてそんなのおかしい!』
『試験の結果は変えられない』
どの国家魔法使いもその一点張りで、とうとう魔法により敷地の外へと追いやられてしまった。
『……ルーカス、もういいから帰ろう』
『……なんだよ、それ。一緒に国家魔法使いになろうって言ったのはお前じゃんか!!』
ルークの胸倉を掴んだルーカスは顔を触れんばかりに近づけて怒りをぶつける。
『あの約束はそんな簡単に諦められるものなのかよ!』
『……そんなわけないだろう! 悔しいよ! どうしてお前だけが受かって、僕は落ちているんだって。でも、仕方ないじゃないか! 過ぎたことはもうどうしようもできないんだよ!』
ルークもルーカスの胸倉を掴み返して感情をぶつけた。
『……過ぎた、こと……』
力が抜けたように胸倉から手を離したルーカスは突然顔を輝かせる。
『そうだよ、時間を戻せばいいんだ!』
『……ルーカス、何をする気?』
『時間を巻き戻す魔法を使うんだよ。そんで、もう一回試験をやり直すんだ。家で見たことあっただろ? 黒魔法の本』
『でもあれは危ないから父さんが売り払って――』
『こっそり買い戻してたんだよ、俺。いつか必要になる時が絶対来ると思って』
『バカなの!? 使ったら代償を払わなきゃいけないんだよ? それに成功するかだって――』
『大丈夫だ。兄ちゃんに任せとけ!』
そう言い放ち、ルーカスは家へ駆け戻った。
『……こういう時だけ兄面しないでよ』
それから、ルーカスはひとり部屋に籠って黒魔法の魔導書を読み漁った。まるで時間が溶けていくように熱中している彼。
一方、ルークは「どうせ失敗するだろう」と甘く考えていた。だが、ルーカスは自分に負けず劣らずの優秀な魔法使いなのだ。
――ガタンッ
ルーカスの籠っている部屋から何かが倒れるような大きい音が響いた。




