始まりの灯(3)
「みーんな、焼けてしまえ~」
『ミスフィット』の一人、ジュードから無造作に放たれる火をリオンは魔力を最小限に抑えた火で相殺していく。彼のおかげで街に火は広がっていない。
どうみてもリオンが優勢な状況。だが、ジュードから焦る様子は見えない。違和感を抱いていたその瞬間、背後から振りかざされた剣の音に咄嗟に身をかわしたリオン。
「……ああ、そういうこと」
一瞬で状況を理解した彼は、虚ろな目で自分へと向かってくる国家魔法使いたちを傷つけないようあしらっていく。
「イグニスまで操るなんて、ちょっと意地悪やしないかい?」
師匠であるリオンは彼の実力を一番理解していた。そして、自分の次に五芒星を担うなら彼だろうと密かに考えているほどなのだ。
「さあ、この状況、どう切り抜けようかね」
リオンは閉じていた目を開くと、赤い瞳を爛々と輝かせ楽しそうに笑った。
◇
タリアの対峙している女性は二重人格であったのだ。そして、自らの意志で人格を変えることができてしまう。
「あはっ! お前、頭領の言っていた通りとんだお人好しだな! ケイティに代われば……やめて、痛いの、嫌なの……」
戦闘を好むゾーイから一瞬にして戦闘を嫌う別人格ケイティに代わった途端、攻撃の手をやめるタリア。嫌がっている相手に一方的に攻撃を向けるなど、タリアにはできないのだ。
「んもー! ころころ変わってやりずらい!」
「いいぜ、いいぜー! 醜くあがけ!」
ゾーイに代わった途端魔法を放とうと腕を上げたタリアだったが、その腕が背後から掴まれた。一つや二つではない。
「……は? あんたたち何やってんのさ!」
彼女の腕を掴み止めようとしている国家魔法使いたちに、タリアの胸中には嫌な予感が浮き上がる。
「これ、あの時と同じ……」
「あぁ、やっとか」
ゾーイは自身を抱きしめて嬉しそうに身をよじる。
「……お前、僕の仲間に何をした」
「俺じゃねぇさ。頭領だよ。……さあさあ、本番はここからだぜー!!」
◇
「なぜお前はこどものままの姿なんだ?」
「黒魔法ですよ。若返りの魔法です。望んだ姿まで若返ることができる。ああ、なんて素晴らしい魔法なんでしょう」
フィンは両手を頬に当てて恍惚とした表情を浮かべると、一転してローガンへ値踏みするような視線を送る。
「それに比べてあなたは歳を重ねるばかり。さぞ動きにくいことでしょう。老いた体というのは」
「そうだな。体が老いなければいいと思うさ、俺も」
「だったらなぜ使わない?」
「……知っているからだ。黒魔法を使った者の末路をな」
「……! まさか、その不自然に混ざったグレーの髪……」
「ああ。黒魔法を使った代償だ」
ローガンは自身の髪を撫でながら憂いた瞳で微笑む。
◇
「……まずい、国家魔法使いたちが操られている」
ひとり国家魔法機関を守るために残っていたウィンストンは異変にいち早く気が付き自身の研究室へと戻った。そして、一つのフラスコを取り出す。中には、月の光を吸収して輝く無色透明な液体が入っていた。
「こんな時のためにと洗脳を解く薬を作っていたけど、量が少なすぎる。それに、これだけ全体に広がっているとなると一部の人間にしか渡すことができない。……どうすれば」
ふと、微かだが聞こえてきた声にウィンストンは急いで窓を開く。空からこちらへと舞い降りてくる者を見て、彼は顔を綻ばせた。
「ああ、また君に助けられてしまうね」
「……さん! ……ウィニーさん!」
魔法をかけた空飛ぶ絨毯に乗ってやってきたルイとリュカ。ルイは腕を伸ばすウィンストンめがけて絨毯から飛び降りた。ウィンストンは長い腕でルイを抱きとめると勢いのまま尻もちをついてしまう。
「ご、ごめんなさいウィニーさん。勢いをつけすぎました」
「いいんだ。……でも、やっぱり戻ってきちゃったんだね。せっかく逃がしたのに」
「はい。僕にしかできないことを見つけましたので」
空中で絨毯を手早く丸め小脇に抱えたリュカは、窓から研究室に入り込むと音もなく華麗に着地した。
「一体なにが起こっているのです?」
「国家魔法使いたちが一斉に洗脳されたようだ。それも前回とは比べ物にならないほど広範囲でね。おそらく『記憶の小瓶』事件は実験だったんだろう。国家魔法使いを洗脳できるかどうかの」
「なるほど。まるで手のひらの上で転がされているようですね」
「ああ、いい気はしないよ」
研究室のデスクの上に乗っているフラスコを覗いたルイは指を差す。
「これが洗脳を解く薬ですか?」
「ああ、でも薬はこのひと瓶しかない。歯がゆいけど優先順位をつけるしかないだろうね」
「これが広範囲に蒔ければいいんですか?」
「そうだけど、そんな方法があるとは――」
「僕に一つ考えがあります」
そう答えたルイは、ズボンのポケットから小さな麻袋を取り出した。中身は栗大ほどの茶色い粒がひとつ。以前助けた伯爵令嬢アリシアからお礼にもらったものだ。
「……こ、これは『魔法の種』!? こんな高価なものをどこで……」
「いただいたものです。この種に魔法をかければどんな花でも咲かせられる、とお聞きしました」
「あ、ああ。そうだね。でも、どうするんだい?」
ウィンストンから受け取ったフラスコに種をいれたルイは目を瞑り胸の前で手を組んだ。
「風に乗ってどこまでも飛んでいく花があるんです。柔らかくて誰も傷つけることのない優しい花が」
(魔力の精霊さん、力を貸してね)
――もちろんさ
――なんでも願って
――なんでも叶えるから
「ありがとう。‘Olu Makana!」
フラスコ内の液体に沈んでいた種は魔法がかけられると小さな芽を生やし、液体を吸い上げて瞬く間に成長していった。
「これは……」
見上げるほどまでに成長していくそれに呆気に取られているリュカにルイは微笑んで答える。
「綿毛です。丸くてふわふわな旅上手のお花さん」
巨大な綿毛が芽吹いたフラスコを持ったまま開かれている窓に近づいたルイは告げた。
「綿毛さんたち、みんなの元まで旅をしてきてね」
そして、フッと息を吹きかける。綿毛はほろほろと崩れ、夜風に乗り国家魔法使いの元へと飛んでいったのだ。
◇
「あー、なんなのさ、あいつ。さっさとくたばってくれないかな?」
洗脳されている国家魔法使いを魔法も使わず素手で制圧していくリオンにしびれを切らしたジュードは、おもむろに数歩下がると体を反転させてある場所へと走り出した。それは、聖女が眠るあの純白の協会だ。
ほくそ笑み、一際魔力を込めた渾身の火魔法を放つジュード。
だが、教会に火が届くことはなかった。リオンが自らの片腕を犠牲に火を受け止めたからだ。
「……あ、はは。本当に教会を守った。頭領が言っていた通りだね。策に溺れたな!」
ジュードは、焼きただれた腕を押さえて膝をついたリオンに向けて言い放つ。追い打ちをかけるように、操られている国家魔法使いたちが彼へと向かってきていた。
「これで形勢逆転だ。僕たちの勝ちだよ、国家魔法使いさん」
勝ち誇ったように笑い声を上げているジュードから視線を逸らすように天を仰いだリオン。その視界が煌めく小さなものを捉える。
「……いや、俺たちの勝ちさ」
開かれた赤い瞳を細めて呟いたリオンは、空からゆっくりと舞い降りてくる星のように輝いた綿毛を手のひらに乗せて微笑んだ。
「どうやら、救世主がやってきたようだからね」
ご覧いただきありがとうございます。
とうとうミスフィットとの戦いの幕が上げられました。
癖のあるミスフィットメンバーは、登場人物ページに乗せましたのでご参考までに。
次回『贖罪』計3話。




