口が縫われた少女(1)
透明な瓶から一日一粒の金平糖を口に放り舐め終わったルイは、ソファから立ち上がりつつリュカに話しかける。
「リュカさん、国家魔法機関に行きたいんですがいいですか?」
「はい、構いませんよ。差しつかえなければ何用かお伺いしても?」
「ウィニーさんにお礼が言いたくて」
「そうですね」
微笑んだリュカは朝食の食器を洗い終え濡れた手をハンカチで拭いながらルイへ近づいた。
「あとは、チップがまたみんなと遊びたいらしいんです」
「では、散歩も込めて連れて行きましょうか」
「わん!」
人間の言葉を理解しているチップは大きく吠えるとお気に入りのボールのおもちゃを咥えてアトリエの扉前でお座り。
「「僕ら(たち)も行く!」」
「ふふ、いいよ。またチップの背中に乗っていく?」
「「わーい!」」
そんなこんなで、アトリエに『CLOSE』の札をかけ後にする。CLOSEの札がかけられているとアトリエに辿り着ける者はいなくなるのだ。
国家魔法機関につくと国家魔法使いたちが快く迎え入れてくれる。
「ルイくん、おはよう」
「お、今日はチップとうるさいぬいぐるみも一緒なんだな」
「うるさいってなんだ!」
「お前の口を塞いでやる!」
生意気な口を叩いた国家魔法使いの頭や肩に飛びついて、ない歯で噛みつくぬいぐるみたち。チップは複数人の国家魔法使いに囲まれて撫でられている。
「そうだ、クッキーを焼いたから後で食べにおいでね」
「ありがとうございます」
この塔はかなり大きく宿舎も設けられているため、遠方に住んでいる国家魔法使いはここで寝泊まりしているのだ。
「ウサギさん、クマさん、チップ、後で迎えに来るからね」
「「うん!」」
「わん!」
手を振って別れるとルイとリュカは、塔に常設されている風属性魔法のエレベーターでウィニーの研究室がある上階まで上がっていく。
辿り着いた先で背後からかけられた声。
「リュカくん、少し用があるんだけど、今から執務室に来てくれるかな?」
リオンの声である。姿は見えないが間違いなく彼の声だ。そして、リオンの場合姿を見せずに声をかけることは特段珍しくもない。
「……わかりました」
「いってらっしゃい」
「すぐに戻りますので」
リュカは不服だったものの先日の『魔法使い狩り』についての可能性が高いため、やむなくルイと別れ執務室へ足早に向かった。
「ウィニーさん、ルイです」
「やあ、ルイくん」
ウィンストンの研究室をノックすると彼はすぐさま迎え入れてくれる。研究室はルイが訪れて一時奇麗になったものの、再び足の踏み場がないほど散らかっていた。
「ご、ごめんね。本当に奇麗にできないんだ……。ところで、何か用があってきたのかな?」
「はい。先日のお礼がしたくて。ありがとうございました」
「ああ、あのビー玉のことだね。役に立てたのなら何よりだよ」
以前訪れた時にもらったビー玉のおかげで、魔法使い狩りに遭い捕まっていたルイの居場所を特定することができたのだ。
「そのお礼と言えるかわかりませんが」
散らかった部屋を見渡したルイは魔法をかけるために口を開いた。が――
『つかまえた』
彼の視界は一瞬にして暗転する。背後から目を隠されたのだ。柔らかさから人の手であると分かる。不思議と恐怖がなかったのは、ここが国家魔法機関であったからだろう。
間もなく大きな手が離され開けた視界。そこは、まだ知らぬ小部屋だった。だがどこか見たことがある。全体的な雰囲気は全くの別物だが、内装の造りがウィンストンの研究室と同じだったのだ。
「やっとつかまえたわ、ルイちゃん」
背後から、鼻にかかった甲高い声が聞こえてきてルイは機敏に振り返る。そこには、ルイと視線を合わせるようにしゃがんで片手で頬杖をついている、派手なメイクを施した者がいた。体つきは男性だ。胸元が大きく開いた服を着ている。
国家魔法使いの正装である白のシャツではなく、紫や桃色のパステルカラーが目を惹く派手な服を着ていた。腰に届くほど長い髪も服に負けないほど色鮮やか。ベースはブロンドなのだが、色とりどりのメッシュが入っている。
「……あ、あの……」
ルイは戸惑いの声を零した。
「ああ、ごめんね。あたしはカミーユ。マントは着ていないけれど、国家魔法使いなのよ」
その一言にわずかに胸を撫で下ろしたルイは部屋を見渡す。
「ここは研究室、ですよね? もしかして個人のですか?」
「そうよ。攫うみたいに連れてきちゃってごめんね」
派手な見た目と反して丁寧な口調。立ち上がったカミーユはかなりの長身であった。国家魔法使いの中で一番高いかもしれない、とルイは彼?彼女?を見上げる。
腰に手を当てて大きく息を吐き出したカミーユは、頬を紅潮させて突然ルイを抱き上げた。自分の頬を擦り付け歓声を上げる。
「きゃー! もう、ほんっと可愛い!! なに? なんなの? どうしてこんな子が生まれてくるのー!」
丁寧に思えたのは錯覚で、実際は中身も派手だったよう。
「ずっと会いたかったのよ。……あたしの小さな王子様」
ルイは訳も分からず目を丸くしたままただ抱きしめられていた。
◇
「リオン、突然呼び出して何の用です?」
ノックもなしに大股で執務室に入ったリュカ。執務室にはリオンしかいない。他の者は仕事や私用で外に出ているのだ。
当の本人はこれまたいつも通りに、ソファに腰かけ足を組み優雅にティータイム中。
「俺は君に用なんてないよ?」
「え? ですが先程執務室に来るように……」
ティーカップをソーサーの上に戻したリオンは、薄く目を開いて口角を上げた。
「うーん、それきっと俺じゃないね」
「……ルイっ!」
執務室から飛び出そうとするリュカを魔法で掴んだリオンは朗らかに微笑む。
「まあまあ。ここは国家魔法機関だ。部外者が好き勝手出来るところじゃないさ。手を出したとしたら関係者だろう」
「その関係者が、少々癖が強すぎるのです!」
「ああ、なるほど。否定はできないね。あははー」
リオンは他人事のように軽やかに笑い声を上げた。
◇
「ふふん、ルイちゃんは甘いものが好きって聞いたから、ちょーちょー美味しいジェラートをこの日のために買っておいたのよ! ちょっと取ってくるからここで待っていてね」
カミーユはルイを下して頬にキスをすると、スキップをしながら研究室を出て行く。
「……賑やかなお人だ」
キスされた頬を押さえながら呆気に取られているルイ。
――ガタンッ
窓が開けられた音に振り返ったルイは、気が付いた時には床に押し倒されていた。天井に向けられている視線を重みのかかる腹へ移すと少女と目が合う。背丈も歳もルイとさほど変わらないが、マントにより顔の下半分が覆われていた。
窓から転がり込むように研究室に入ったこの少女にルイは押し倒されたのだ。
「……おりて、もらえる?」
「……!!」
ルイの上にまたがっているという状況に遅れて気が付いた少女は、たちまち顔を赤くして軽やかに飛びあがると部屋の角に移動しルイへ威嚇した。
まるで猫のような少女に思わず笑ったルイだったが、少女が動いたことでずり下がったマントから覗いた顔に息を呑む。
彼女の口が、赤い糸でジグザグに縫われていたからだ。




