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聖女の涙に口づけを(4)


 アルヴァンとティリーが生み出した光に包まれた教会。そのあまりの暖かさに看病をしていた村人たちの瞳から涙が零れる。


 淡い光に包まれた病人たちからたちまち消えていく病の影。聖女の力と魔法が合わさったことにより起きた奇跡だ。


 すっかり完治した病人は各々家族や友人、恋人と抱き合った。アルヴァンの家族も娘エヴィが元気になり抱き合って喜んでいる。


「良かった、みんな、治って……」

「ティリー!」


 傾いていくティリーの体を抱きとめたアルヴァン。彼女は血涙を流しながら浅い呼吸を繰り返している。


 すぐさま治癒魔法をかけたアルヴァン。だが、治る気配がない。


 聖女の力は生命力を削るもの。傷や病でないために治癒魔法では治すことができないのだ。一度にたくさん使ってしまったティリーの体はずっと前から悲鳴を上げていた。そして辛うじて保っていた気力も終息したことで切れてしまったのだ。



「もう長くはないでしょう」


 家に運ばれたティリーの様子を見て、村唯一の医者が告げる。その言葉に崩れ落ちたティリーの両親。


「どうしてこの子が……」

「まだこんなにも若いのに……」


 うまく息が吸えない胸を握り締め、居てもたってもいられずアルヴァンはティリーの家から飛び出し無我夢中で村を走り抜けた。誰もいないところでひとりになりたかったのだ。


「……僕がもっと治癒魔法を使いこなせていたらっ、……いや、国家魔法使いの試験を受けに行かなければ……」


 キャスケットごと膝を抱え、膝頭に額を打ち付けるアルヴァン。彼の口から零れるは後悔の数々。


「……僕が、ローガンさんと同じくらい優秀な魔法使いだったら――」


「先生じゃできませんでしたよ。先生じゃ、聖女の力を引き出せません。アルヴァンくんだからできたことなんです」


「でも! それでティリーが死んじゃったら意味ないじゃん! そもそも君があんな提案しなければティリーは……! ……あ、ちがう、ごめっ、ごめんなさいっ!」


 自分の失言に気が付き慌てて口を押さえたアルヴァンは、ルイから視線を逸らす。


「……僕は、自分の使った魔法に後悔はしません。だって、その結果をなかったことにしたくないから」


 ルイの口から紡がれる、以前自分が放った言葉と似た意味合いの言葉にアルヴァンは肩を震わせた。


「ティリーさんの聖女の力とアルヴァンくんの魔法が皆さんを救ったんです。嘆くことがありますか?」


 達観した物言いのルイにアルヴァンは再び視線を送る。瞳に映されたのは、歳相応ではない穏やかな笑みを浮かべた小さなこどもだ。あの試験の時から変わらない、一本通った芯を持つ誰よりも尊敬する魔法使い。


「……ははっ、僕、バカみたいですね。こんなことしている暇なんてないのに」


 自嘲気味に笑ったアルヴァンは立ち上がりキャスケットをルイの頭に「預かっていてください」と被せる。もう迷いは消えたようで、ぎこちなくルイに笑いかけると彼女の元へ駆け戻っていった。


 ルイの頭にはまだ大きいキャスケットは押さえていないと落ちてしまう。彼は目元を隠すように深く被ると俯いた。


「……僕は、僕はっ……自分の魔法に、後悔なんて、しないもん……」

 零れていく本音。


 涙を堪えるために顔を歪めたルイへ、そっと後ろから近づいた二つの影。リュカは膝をついて彼の傍らに。イグニスはキャスケットの乗っている彼の小さな頭に手を置いた。


 ルイは必死に“自分があんなに力を使わせたからティリーが倒れてしまったんじゃないか”という思いを飲み込んでいたのだ。


「……ティリーさん、ごめんなさい……」

 



「ティリー!!」


 勢いよく扉を開けて彼女の家に飛び込んだアルヴァン。医者はすでにいなく、家族で最後の時間を過ごしていたのだろう。


「……お母さん、お父さん、少しだけ、アルヴァンと二人に、してもらえる?」


 彼女の最後の望みとあって名残惜しくも両親は家を後にした。自分たちより選ばれたアルヴァンに少しばかりの嫉妬を抱いて。


 扉前に佇んでいたアルヴァンは彼女に手招かれ、ベッドの傍らに置かれたチェアに腰かけた。


「……アルヴァン。あなたにね、これを渡したくて……」


 彼女は震える手で左手首から取ったブレスレットをアルヴァンに差し出す。ブレスレットの中央には光を吸い込み自ら輝いているクリスタルがついていた。


「……これは?」


「このクリスタルはね、聖女になったときに初めて流した涙なの。本で読んだんだけど、聖女の初めの涙にはジンクスがあってね。これを渡した人、と、結ばれる、てっ……」


 聖女の初めの涙は特別なのだ。ジンクス然り、不治の病でも治せるという噂もある。闇オークションでも高値で売買されているほどだ。実態は『初めの』と銘打った偽物であるのだが。


 アルヴァンを見つめていたティリーの瞳から零れていくクリスタルの涙。乾燥した彼女の頬を傷つけ枕元に落ちていく。


「……聖女の私がやったところで、叶わないこと、なのにねっ……」


 その言葉にアルヴァンは何も言葉が返せず、ただ彼女の手を握ることしかできなかった。

 聖女はその身を神に捧げなければならない。誰とも結ばれてはならないのだ。


「あーあ、私がお姫様だったら良かったのにな」

「どうして?」


「だって、王子様のキスで呪いがとけるでしょう?」

「君はお姫様でも、僕が王子様じゃないから」


「ふふ、じゃあ、試してみる?」

「……もう、いつも君はそうやって僕をからかう」


 ベッドの脇に置かれたチェアから立ち上がったアルヴァンは、彼女へ顔を近づけると頬にそっと手を添えた。ティリーの頬は熱を帯びて淡く色付いていく。


「いいよ。君の呪いがとけるならいくらでも……」


 そして、アルヴァンはティリーの唇に自分の唇を重ねた。ずっと夢に見ていたことが叶い彼女の瞳から再び流れる涙。頬に添えていたアルヴァンの指先に涙が触れる。


 ゆっくりと唇を離し、ティリーの顔を見つめたアルヴァンの目は開かれた。

 ティリーの涙がクリスタルではなくなっていたからだ。


「……アルヴァン、呪い、といてくれて、ありがとう……」


 ゆっくりと閉じられていく瞳。

 彼女は最期、聖女の呪いから解き放たれ生を終えた。


「ティリー……」


 堪えていた涙を流したアルヴァンは、頬に残る彼女が最後に流した涙にそっと口づける。





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