聖女の涙に口づけを(5)
村人全員が息を引き取った彼女の家を訪れた。涙を流し彼女の死を悼む。
「ティリーちゃん、息子を助けてくれてありがとねっ……」
「ティリー。最後まで立派だったぞ」
「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」
ベッドに眠る彼女のそばに添えられていく花々や木の実。こどもたちが拾ってきたのだ。
家の中には入らず、リュカとイグニスと共に見届けていたルイはティリーがみんなから愛されていた事実を胸に刻む。
一晩経ち翌日。
中央の広場には村人全員が集っていた。今日発つ一行に感謝を述べるためだ。
村長が杖を突きながら歩み出てきた。その背後から現れる木の棺。中にいるのはティリーだ。こどもたちがくれた花や木の実と共に穏やかな顔で眠っている。
「聖女の遺体は引き渡さないといけないんでしたね」
「そんな、ティリーはここで生まれ育ったのに!」
彼女の友達なのだろう。茶髪をおさげにした少女が叫んだ。他のこどもたちも続くが、大人たちは口を噤んだままだ。
「国が定めた規則なのだから逆らうわけにはいかんだろう」
理解しているのだ。聖女がこの国にとってどれほど偉大な存在であるか。そして、国の規則に逆らった村の顛末を。
「あー、そのことなんすけど……」
重苦しい空気の中、頭を掻きながら歯切れ悪く口を開いたイグニス。
「俺ら馬車一台しかないんすよね」
その言葉の意味を図りかねたのだろう、流れる沈黙。
「あー、つまり聖女様を運べないんすわ。それにあっちに着くまで時間もかかりますんで。ということで、ここで眠らせてやってください」
「……いいのですか?」
「くれぐれも聖女様のことは他言無用でお願いしますよ?」
人差し指を唇の前に添えウインクを飛ばしたイグニスに幾らかの若い女性が射抜かれた。頬を染め彼のことを見ている。
「……ああ、ティリー。離れずに済むのね」
棺に縋り付いた母に寄り添う父。二人の姿を見てイグニスは満足そうに微笑んだ。
ティリーからもらったクリスタルのブレスレットが付いた左手首を握りしめ俯いているアルヴァン。そんな彼の元に近づいていく両親。
「アルヴァン。そっちでも頑張るのよ」
「……うん、お母さん」
「なにそんな辛気臭い顔をしているんだ。みっともないぞ」
父はアルヴァンの背を思いきり叩く。よろめいたアルヴァンが羽織る夜空色のマントを握り締めた彼の妹エヴィ。
「アルヴァン兄さん、頑張ってね!」
「うん、ありがとう」
腰を屈めたアルヴァンは妹の頭にそっと手を乗せ微笑んだ。
「お前の魔法凄かったぜ!」
「よっ! この村期待の星!」
「ちょっと、みんなやめてよ」
アルヴァンはからかいを込めて励ましてくれる村人たちに、赤くはらした目で力いっぱい笑った。
「小さな魔法使いさん」
アルヴァンたちを微笑ましく見ていたルイの元へ歩んできたのは村長とよく似た人物。顔立ち背格好も瓜二つだ。だが村長はアルヴァンの近くにいるため彼ではない。
「あなた様にお渡ししたいものがありまして」
「僕にですか?」
優しく微笑んだ彼はルイに上質なベロア生地の箱を手渡した。
「中に入っているのは『初代聖女のヴェール』。この教会に長らく保管されていたものです」
「そんな貴重なものをどうして僕に?」
「初代聖女がそう言うたのでな」
片目を開いて述べた彼に、ルイの目はおもむろに開かれていく。
「……もしかして村長さんも――」
「ルイくーん、行くっすよー」
イグニスに呼ばれ一瞬視線を外した隙に、彼はもうルイの前から姿を消していた。
「今行きます!」
受け取った箱を胸に抱き締めルイはリュカとイグニスの元へ駆けていく。
「……ところで、ルイくんは誰と話していたんだろう?」
イグニスは虚空に話しかけていたルイを思い出し首を傾げた。
「んじゃあ、俺らは出発しますか」
御者台に乗り上げたイグニスを筆頭に一行は馬車に乗り込んだ。ルイは馬車の窓から顔を出し、村が見えなくなるまでぬいぐるみたちと手を振り続けていた。
国家魔法機関へ帰還したルイたちだったが、報告はイグニスが一人で行うとのことでその場で解散となった。
ルイは預けていたチップを引き取り久しぶりのアトリエへ足を速める。遠出をすると家が恋しくなるものだ。
◇
五芒星の執務室にてリオンと向かい合っているイグニス。彼は新しい聖女が誕生していたこと、死亡を確認したこと、聖女の遺体を回収しなかったことを正直に報告した。
だが、一つだけ事実と異なることを述べた。それは――
「村人たちが隠匿していた事実はないと?」
「はい。俺たちが村に入る少し前に聖女の覚醒が起こったようですので。村人も相当混乱していました」
苦しい言い分だ。流行り病で死者が一人もいないなど前代未聞である。詳しい調査が行われたならすぐに明るみに出るだろう。
「イグニス。自分がどれほどの罪を犯したか認識はあるようだね」
聖女の遺体は必ず『聖女の墓』である協会に引き渡さなければならないのだ。だが、イグニスは彼女が故郷で眠れるよう遺体を受け取らなかった。
「はい。俺が独断で判断しました。罰なら俺一人が受けます」
足を組みかえ「うーん」と唸り声を漏らしたリオンだったが束の間、
「ま。いいか」
と、朗らかに微笑んだ。
「……え? いいんすか?」
「死んでしまったならまたいつか聖女が誕生するだろうからね。その時まであの聖女には奇麗なまま協会で眠っていてもらおう。報告書には聖女の存在は伏せ君たち三人が病を抑えたと書くように、いいね?」
「承知いたしました」
イグニスを見送ったのちイスから立ち上がって窓に近づいたリオンは、純白の協会を含む街一角を南天の如く赤い瞳でしばらく眺めていた。
◇
――カラン、カラン
この扉のベルの音さえ懐かしい。
「ただいま」
ルイは笑顔でアトリエに入ったが中は驚くほど静まり返っていた。普段であれば“物”たちが出迎えてくれるはずなのだがその気配がない。
「……あ、そっか。僕が長い間開けちゃっていたから」
――魔法が必要なのね
――僕たちの出番だ
――いくらでもどうぞ
賑やかな魔力の精霊に微笑み息を大きく吸い込んだルイは元気よく魔法を唱える。
「僕のおともだち、目を覚まして! ‘Olu Makana!」
アトリエ全体に広がった優しい魔法。
ほどなくしてライトが灯る。
「ただいま」
ルイがもう一度声をかけると、再び命が宿った物たちが一斉に動き始めた。宙に浮く日用品や雑貨、打ち鳴らされる陶器の音、コートハンガーは紳士よろしく腕に見立てた枝を前に持ってきて恭しく頭を下げた。
まるで口を揃えて、
『おかえり』
と言うように。
「わん!」
「「いつものアトリエだ~」」
チップとぬいぐるみたちも嬉しそうにアトリエの中を駆け回っている。
「無事に帰ってこられましたね」
「はい」
リュカに微笑み返したルイの元へやってきた光の粒。しばらく彼のそばを舞うと、それは首元のキューブの中へと収まっていった。
ルイはたくさんの“おともだち”に出迎えられ弾けるように笑う。
「【おともだちになる】魔法、やっぱりとっても素敵な魔法だ!」
ご覧いただきありがとうございます。
運命に抗った聖女と少年の恋の物語でした。
2章が終わり、次話から3章が始まります。全6つの物語構成です。
次回『記憶の小瓶』。計4話。




