聖女の涙に口づけを(2)
「馬車で遠くのお出かけいいねぇ」
「馬車の中で食べるサンドイッチいいねぇ」
「ふふ、いいねぇ」
ルイの膝の上で足を揺らしているウサギとクマのぬいぐるみに、サンドイッチを頬張りながら微笑むルイ。
「はぁ、またあなたたちは……」
と、呆れているリュカ。
と言うのも、彼はぬいぐるみたちにお留守番を言いつけ、たしかにアトリエで別れたはずだったからだ。だが、一瞬の隙を盗んでぬいぐるみたちは荷物の中に紛れ込んでいたのである。
一方チップは国家魔法機関でお利口さんにお留守番中。
そんなやいのやいのと賑やかに、時々魔物と戦い(ルイ含めリュカ、イグニスと優秀な人材が揃っていたために難なく退治)数週間かけてアルヴァンの故郷へとたどり着いた。
「……ああ、久しぶりに皆に会える……!」
キャスケットを被りなおしたアルヴァンはそばかすの散る鼻を広げると懐かしの故郷を眺める。だが、どこか違和感があった。
「人の気配が全くないっすね」
御者台から降りたイグニスに頷いたルイ。晴天だというのに畑に人ひとりいない。馬車の音だって聞こえているだろう。それなのに家からは誰も出てこないのだ。
「アルヴァンくん、いつもこのような感じですか?」
道中仲が深まったことによりルイはアルヴァンを“くん”付けで呼ぶようになった。アルヴァンは未だルイを“ルイ様”と呼んでいるが。
「……ううん、この村はもっと活気があります。おかしい、なにかが……」
「魔物や野盗の襲撃、ではなさそうっすね。家屋が壊れていない」
「はい。だったらなにが――」
顔を見合わせていたイグニスとルイだったが、アルヴァンが突然駆け出したために追っていく。一軒家に辿り着いたアルヴァンは勢いよくその戸を開けた。
「父さん! 母さん! エヴィ!」
そこは彼の家だったようだ。けども中は薄暗く、父、母、妹誰もいない。荒くなっていくアルヴァンの息。頭にかぶっていたキャスケットを胸に抱え気持ちを落ち着かせようと試みたが全く効果はない。一層不安が渦巻くばかりだ。
「……アルヴァン、かい……?」
ふと背後から聞こえてきた声に真っ先に振り返ったアルヴァン。
「……カーシーおじいさん」
「おお、アルヴァン、戻ってきたんだね」
カーシーと呼ばれた初老の男性はアルヴァンに近づくと皺が濃く刻まれた手で彼の柔らかな手を握った。
「カーシーおじいさん! なにが起こっているの!?」
「……落ち着いて聞いてくれ。二週間ほど前からこの村に流行り病がやってきてしまって、お前さんの妹も……」
「エヴィが……?」
「アルヴァン、どうか、どうかこの村を助けてくれっ!」
カーシーに連れられてきたのはこの村に不釣り合いなほど立派な教会であった。以前この村の出身者から聖女が誕生したことをきっかけに造られたものだ。
「この中に患者が集められている。なんせ辺鄙な村だ。医者を呼ぶのにも一苦労で、村人総出で看病に当たっているんだ」
「被害の大きさは?」
状況を飲み込めずにいるアルヴァンの頭に手を置いた後カーシーへ近づいたイグニスが尋ねる。
「それが……」
渡された布で口元を覆い、開かれた教会へと足を踏み入れた一行。床には大勢の人が横になっているが、苦しんでいる様子はない。慌ただしく動く婦人の一人が一行を見つけると駆け寄ってきた。
「アルヴァン! ああ、アルヴァン!」
アルヴァンの母である。
「母さん! ねぇ、エヴィは? 大丈夫なの!?」
母の腕に縋り付いたアルヴァンに微笑む母。無理に作った物ではない。滲み出る嬉しさから浮かんだ笑みだった。
「……あの中央の人」
だが、ルイはアルヴァンと母よりも協会の中で一際目を惹く人物へと意識が割かれていた。
「汚れを知らない美しい白髪……」
タリアが言っていた言葉を思い出しながらルイは一歩踏み出す。その足音に気が付いたのか長い白髪を揺らしながら女性が振り返った。
「死者が一人も出ていないのよ! ……奇跡よ。この村から聖女が誕生したのだから」
母の言葉を聞いて視線を走らせたアルヴァンの瞳と女性の青い瞳が交わる。
「……アルヴァン?」
「……ティリー?」
「アルヴァン!」
女性は顔を歪めると立ち上がり転びそうになりながらアルヴァンの胸に飛び込んだ。咄嗟のことだったが受け止めたアルヴァンは目を丸めたまま彼女を見つめる。
「おめでとう、国家魔法使いになったのね」
「ティリー、その髪……」
彼から離れた彼女は自身の白髪を一束掬い、強い忌避感を滲ませた瞳を髪に向けた。
「……アルヴァンが村を出て行ってすぐだったの。聖女に選ばれたんだって。どうして、私なんだろうね……」
髪を強く握りしめる自分の手に重ねられたアルヴァンの手を見て、たちまち目に溜まっていく涙。
「ごめんねっ、アルヴァン。約束、守れなくなっちゃった……!」
崩れ落ちたティリーを抱きとめ共に床に座り込んだアルヴァンは、改めて彼女を強く抱きしめる。
「ううん、君のおかげでみんな救われているんだから」
「……うん、そうだね。聖女のこの力で」
顔を上げてアルヴァンと視線を合わせた彼女は、微笑みと共にクリスタルの涙を零した。
聖女は神へその身を捧げるため清らかでなくてはならない。故に、聖女となった者は国によって保護されるのだ。間違っても体を穢す行為が行われないよう。
だが、保護とは名ばかりでそれは隔離に近い。そして、聖女に選ばれるのは決まってまだ穢れのない少女なのである。
――――――
『アルヴァン、私ね、将来は絶対にアルヴァンのお嫁さんになるって決めているの!』
『本当? 僕もティリーが僕のお嫁さんだと嬉しいな』
『じゃあ約束よ?』
『うん』
二人は短い小指を絡ませ合った。
だが、その約束は儚く消え去っていく。
『……どうして……。どうして、私なのっ!! ……アルヴァン、助けて……』
ティリーが聖女に選ばれてしまったがために。




