聖女の涙に口づけを(1)
アトリエに遊びに来たタリアに連れられ、リュカやぬいぐるみたちと共に街に繰り出していたルイ。
馬車の中で彼はある教会に目を奪われていた。穢れなき白の美しい外観に対し、まるで冷気が流れ出しているかのように温かみがない。
「あの協会が気になる?」
「はい。なんだか人が誰もいないようで……」
「よくわかったね、ルイルイ。そう、あそこに人は誰もいないのさ」
「では、なんのための協会なんですか?」
ルイへ向けていた視線を教会へと移したタリアは頬杖をついて物憂げに零す。
「聖女さ」
「聖女……」
「そう。聖女。でも、もう死んじゃっているんだけどね。そうだねぇ、少しだけ昔話をしようか」
再びルイへ視線を戻したタリアは柔らかく微笑み、目を瞑ると語り出した。ルイは腕の中にいるぬいぐるみたちに口元をうずめて彼女の言葉に耳を傾ける。
「今から十年前、この国では魔物と人間による大規模な戦争があった。知能の低い魔物が群れを成して襲いに来たんだよ。だから裏で人間が糸を引いていたんじゃないかって憶測も立ったけど真相は結局わからずじまい」
「……魔物との戦争、ですか」
ルイの隣に座っていたリュカの反芻に目を瞑ったまま頷いたタリア。
「酷い戦争だったさ。僕は国家魔法使いになったばかりで前線に送り出されることはなかったけど、多くの犠牲がでた戦いだった。五芒星からも二人死者が出たほどにね。当時の土属性と闇属性だ」
ゆっくり目を開いたタリアは窓へ視線を移す。見えなくなった教会ではなく、国家魔法機関がある方へと向けられていた。
「話しちゃった手前なんだけど、当時から五芒星だったリオンとローガン、あと姉さんにはこの話はしないようにね。……辛いことは思い出させたくないから」
下げた眉と不格好に瞑られた目から感じ取れる痛ましい笑顔にルイの顔も歪んでしまう。
「あーあー、重い話しちゃったし! 聖女の話だったね。そもそも聖女とはなにか、から話そうか。『聖女』それは万物を癒す存在なり。聖女の流すクリスタルの涙は傷や病をたちまち癒してしまうのさ。そして、戦争の前線で治癒に当たっていた聖女は魔物によって非業の死を遂げる」
「ねぇねぇ、聖女って他の人と違うの?」
「生まれた時から特別?」
流れる重い空気を振り払うように響いた明るい声。ぬいぐるみたちの声だ。ルイの腕の中で耳や綿の詰まった丸い手を動かしている。
「おう、そこに目を付けたとはなかなかやるね。聖女のなによりの特徴は白髪だね。汚れを知らない美しい白髪さ」
タリアの言葉に首をひねるルイとぬいぐるみ二つ。ふと思い至ったようで「あ」と声を揃えると、
「リオンさん?」
「「リオン?」」
と、まったく同じ人物の名を呼んだ。リオンの髪は赤髪がメッシュのように残っているが、ほとんど白髪なのだ。
突然出された同輩の名前に思わず笑ってしまうタリア。
「あっはは! あいつは違うよ! たしかに白髪だけど魔法のやりすぎで色素が抜けただけだから。ま、本人が言っていることだから本当かどうか分からないけど」
「たしかに」
一見すると爽やかイケメンだが腹でなにを考えているのか測れない飄々とした彼を思い浮かべ苦笑いを零すルイ。
「それと、聖女は生まれつきのものではなくてね、継承されていくものなんだ」
「普通に生きていていきなり聖女になるということですか?」
「そう。突然聖女として目覚める。前任の聖女が死んだ後にね。でも、次選ばれるまでの期間がまちまちなんだよ。今だって聖女が死んじゃってから10年も経っているのに新しい聖女が現れていない」
「だから、あの協会は『聖女の墓』とも呼ばれていてね、聖女は皆あの協会に眠っているのさ。そして、次の聖女が現れるまで前任の聖女は透明な棺に入れられ飾られる決まりがある。聖女の加護が薄れてしまわないように」
そんな話をしているうちに馬車は国家魔法機関へ到着していた。
「付き合ってもらってありがとう、ルイルイ。またねー」
街の老舗で買った魔法の実験に使う道具が入った紙袋を両手で抱えているために、頭を横に振って別れを告げるタリア。
そんな彼女に笑いながらルイたちは徒歩でアトリエへ向かった。アトリエは魔法で眩まされているため馬車では辿りつけないのだ。
翌日、今度はローガンに国家魔法機関へ呼び出されたルイたち。
「おう、悪いな」
待ち構えていたローガンはルイが見えると片手を上げて近づく。
「おはよっす、ルイくん」
ローガンの隣には国家魔法使い選考試験で仲良くなった火属性の国家魔法使いイグニスの姿もあった。
「ほら、お前も挨拶しろ」
イグニスの背後に隠れていた小柄な少年がローガンに背を押されルイの前に出てきた。そばかすの散らばる鼻を赤らめ、恥ずかしそうに頭のキャスケットの端を握り締めている。
「お久しぶりです、アルヴァンさん」
「ひゃっ、お、おはようございます……」
目を瞑ったまま肩を震わせたアルヴァンの声は尻すぼみに小さくなり聞き取りにくい。
「お前なぁ……」
そんなアルヴァンにローガンは盛大なため息。同じ風属性と言うことで彼はローガンに指導されているところなのだ。
「だ、だって、ルイ様、が目の前に……!」
「ルイ様?」
アルヴァンの言い草に首を傾げたルイに、笑いながらイグニスが説明してくれた。
「ルイくん、こいつ君のファンらしいんすよ。なんでもあの試験で惚れちまったようで」
「え? 僕のファン?」
「……無理、目、合わせられない。眩しすぎるっ……!」
耐えきれなく脱いだキャスケットで顔を隠したアルヴァン。だがルイの顔は見たいようで時々目を覗かせては再び隠す、を繰り返していた。
「え、えと、アルヴァンさん?」
「ひゃいっ!!」
ルイに名を呼ばれて顔を赤くしたアルヴァンは咄嗟にローガンの後ろに身を隠す。彼の夜空色のマントを握り締めて片目だけを覗かせていた。
「どけ!」
「嫌だ!」
と、言い合っている二人に肩をすくめたイグニスは腰を屈めるとルイへ話しかける。
「話が中々進まないんで俺が話しちゃいますね。どうやらアルヴァンが合格したことを報告するために故郷に帰りたいようなんすけど、なんせあんなだから問題を起こさないか心配でしてね。そこで俺が同伴として選ばれたんすけど、まあ距離があるんすよ。なんで息抜きがてらルイくんもどうかって」
「いいんですか? 行きたいです!」
「良かった。じゃあ、出発は一週間後で。必要な物資があれば言ってください。経費で落とせるんで」
そんなこんなで、ルイがこちらの世界に来てから初となる遠征が決定したのだった。




