国家魔法使い選考試験(5)
「終わったようだね」
立ち上がったリオンは書類をデスクに打ち付け揃えると執務室を後にする。
◇
「ルイは泣き虫だなー」
「いいじゃん、こどもらしくて。普段が大人びているから余計に」
「7歳とは思えないっすからね」
「うん。彼が流す涙はいつだって誰かのための優しい涙だ」
木から降りてきたネロ・タリア・イグニス、根元から立ち上がったルークは泣いているルイの背後に立つと一様に受験者へ鋭い眼光を放った。
芝生の拘束から解放された受験者たちは四人の姿を見て息を呑む。放つオーラがまるで違っていたからだ。特にタリアとネロの胸元に光るバッジを見て彼らは人が変わったように姿勢を正した。今からではもう遅いというのに。
――パチ、パチ、パチ
乾いた拍手を打ち鳴らしながらやってきたリオンは「おつかれさま」と彼らを笑顔で労う。三人とは違い柔らかなをオーラを纏う彼に受験者たちの肩からは自然と力が抜けていた。
「……さて」
だが、打って変わり威圧感の伴う低い声がリオンから発せられ、一瞬にして凍り付く空気。やおら瞼が開かれ露になった真っ赤な瞳が彼らを射抜く。
「君たちは試験官に手を出したわけだが……そうだね、今ここで辞退を申し出たのならこの試験はなかったことにしてあげよう」
その一言に受験者は一斉に辞退を申し出た。
「こんなクソ試験で俺らの将来が潰されてたまるか」
「だからこどもは嫌なんだよ」
「大人様を敬えよな」
受験者たちは声を潜めて毒づいていたようだが、生憎地獄耳なリオンにはすべて筒抜けだ。彼は開いていた目を閉じるとにこやかに微笑み、「出口はそっちだよ」と受験者たちに手を振って送り出す。
その場に残ったのはルイに石畳で閉じ込められているディランと、辞退を申し出なかったアルヴァン。リオンは不思議そうに首を傾げると、キャスケットを震える手で胸に抱き締めているアルヴァンを見やった。
「君は辞退しないのかい?」
「リオンさん、彼は――」
立ち上がったルイはリオンのマントを掴んで抗議するために口を開いたが、彼に手で制されやむなく口を噤む。
「……辞退するくらいなら、正々堂々落ちたい……。この試験を受けたことをなかったことにはしたくありません!」
アルヴァンはうるんだ瞳でリオンを見つめ返した。今すぐにでも目を閉じてしまいたかったが、唯一認めてくれたルイの不安に揺れた瞳を見て引くわけにはいかないと踏ん張る。
「……そうか。うん、君は合格だ」
その一言を聞きアルヴァンに駆け付けたルイ。彼はアルヴァンの手を握ると心から嬉しそうに微笑んだ。
「アルヴァンさん、おめでとうございます!」
「……ごう、かく? 僕が……?」
「はい!」
「しけんかん、さんっ……」
とうとう涙を零したアルヴァンは思わずルイを抱きしめた。無礼だと気付き咄嗟に離れようとしたがルイに抱きしめ返されたためにそのまま抱き合った。
そんな二人を見て微笑んだリオンは塔の中へと踵を返していく。彼に駆け寄ったイグニスは敷地から順に出て行く受験者たちを見ながら尋ねた。
「再び試験が受けられるってことっすか?」
「いや。奴らは全員出禁だ。二度とここの敷居を跨がせないさ」
「あいつら勘違いしてそうっすよ?」
「魔法使いたるもの、言葉の裏が読み取れないとね」
「……いやらしいっすね、相変わらず」
「イグニス、師匠は敬うものだよ。ルイくんのようにね」
「じゃあ敬われるような言動を頼みますよ」
「生意気」
リオンはイグニスの頭を軽く小突いた。
「あ、そうそう。ディラン、君は不合格だから」
立ち止まったリオンは顔だけ振り向かせ告げると再び塔へ向かっていく。意外にもディランは反抗することなく無言で言葉を受けた。
夜更け、ルイの魔法が解かれ塔の庭に作られていた石畳は元の位置に戻るように崩れていく。中から出てきたディラン。彼は石畳の檻の中でこの時を待っていたのだ。なぜ彼が抵抗をやめたのか。それは魔力を温存しておくためである。
「……覚えておけよ」
ディランは試験に使われた大木を腹いせに燃やして塔を後にした。
◇
「……おい、わざと逃がしたな」
執務室の窓からディランの逃走を見ていたローガンは、ソファの上で優雅に紅茶を飲んでいるリオンを睨みつける。
「だってルイくんのあんな訴えを聞いてしまったらね。そうしてもらうしかないじゃないか」
「はぁ……。おじさんはお前が恐ろしいよ」
「そうかい? ただ頭が回るだけさ。……良い方にも、悪い方にもね」
薄く開かれた赤い目は、紅茶に反射し妖しく輝いていた。
◇
「……ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!」
ディランは平民を魔法で脅して奪ったマントに身を包み、ある場所に向かっていた。
「たしか噂ではここらへん……。あった、『ミスフィット』のアジト」
ディランは改めてマントを深くかぶりその戸を開く。
「……誰だ?」
「ああ、いやお前らと敵対したいわけではないんだ」
入ってそうそう首に突き付けられた短剣の切っ先にすぐさま両手を上げたディラン。
「『ミスフィット』。はみ出し者の魔法使い集団だろう? なんでも国家魔法使いの試験に落ちた奴らで結成されている組織とか」
下ろされた短剣を見て笑みを深くしたディランはこの噂が本当であることを確信し畳みかける。
「俺も試験に落ちたんだ。まったく歳一桁のこどもが試験官だぜ? それでまともな審査ができるかよ。なあ、俺もここにいれてくれ。あいつらを見返したいんだ!」
最奥にいた組織のボスとみられる者が立ち上がりディランに近づいた。全身を黒いマントで覆っており人ですらも不明だ。
「お前はここで何を為す? なにを望む?」
「何をって、魔法で自由に生きることだよ」
「そのためには殺人も厭わないと?」
「もちろん。お前らだってそうなんだろう?」
「そうだな、人だってこの手で殺すさ。……だが、罪なき者に振るう刃は持ち合わせていない」
「……っ……」
ディランはすぐさま言葉を返そうと口を動かしたのだが声は出なかった。喉と切断されていたからだ。ボトリと椿の如く落ちる彼の首。
「――ああでも、お前みたいな性根の腐った奴に振るう刃はここにごまんとあるさ」
黒いマントの下から発せられた声は憤っており、転がる首を無造作に蹴り飛ばす様からも彼への憎悪が見て取れる。
「いくぞ」
その者を筆頭に黒いマントで全身を覆った7人はアジトを後にした。もうここが使われることはないだろう。
◇
アトリエの窓から深まる夜空を見上げていたルイの耳に届く穏やかな声。
『……ありがとう』
『助けてくれてありがとう、小さな魔法使いさん』
『やっと家族の元に帰れるよ』
ようやく解放された、ディランに囚われていた者たちだ。彼らは笑顔を浮かべたまま光の粒となり、ルイの首元のキューブの中へと収まっていった。
「……僕は、感謝されることなんてなにもできなかったのに……」
ルイの呟きは丸い月が昇る夜へと虚しく溶けていく。
ご覧いただきありがとうございます。
ルイは試験官を立派に務め切りました。
そして、これがディランにとって相応しい末路だったのかもしれませんね。
次回『聖女の涙に口づけを』
計5話。2章最後の物語になります。




