国家魔法使い選考試験(4)
「うわあああ!」
木から一直線に落ちていくアルヴァン。だが、地面に叩きつけられることはなかった。
「‘Olu Makana」
ルイが咄嗟に魔法をかけた木により受け止められたからだ。枝を腕のように動かす木によりアルヴァンはゆっくりと地面に下ろされていく。
恐怖から腰が抜けてその場に尻もちをついた彼の姿を見て再び笑い声を上げる受験者たち。明らかなる嘲笑だった。魔法使いの試験で一切魔法を使わず試験に挑む、それは自分の魔法に自信がないという何よりの証明でもあるのだ。
アルヴァンに駆け寄ったルイは彼に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「あ、は、はい!」
自分の手を掴んで立ち上がったアルヴァンに微笑んだルイは彼に告げる。
「アルヴァンさん、クリアです」
「……え?」
ルイは彼の腕に抱えられているぬいぐるみに手を伸ばした。パッと顔を上げたぬいぐるみたちは自らルイの胸に飛び込んでいく。
「「ルイ~!」」
「……おい!」
ぬいぐるみの異様な姿と、魔法を使わず一番みっともなかったアルヴァンがクリアである事実に真っ先に異論を唱えたのはディラン。動くぬいぐるみを抱えているルイの元に大股で近づいた彼は、怒りにより真っ赤に染まった顔で口角泡を飛ばし始めた。
「なんで俺がダメでこいつが良いんだよ! 俺のほうが優秀な魔法使いだろうが!! それにどうやらぬいぐるみになにかを仕込んでいたようだな。不正試験だったって自分で言っているようなもんだぞ」
「そうだ!」
「これだからこどもは」
次々と詰め寄る受験者たちを鎮めるため光の剣を生成しだしたリュカを腕で制したルイ。
「納得いきませんか? では試験内容を変更いたしましょう。僕対みなさんの純粋な魔法対決はどうですか?」
「……おい、舐めてんのか」
ルイの胸倉を掴み殴ろうと振り上げられたディランの手に軽く下ろされる光の剣。手首に赤い筋が走り、血が吹き出す。主人が手を上げられそうになっている状況をただ見ている従者はいないだろう。
切れた手首を押さえながらリュカから距離を取るように後ろに飛んだディラン。
「どういたしますか? 再試験を行いますか?」
この状況においても笑顔を崩さない肝の座ったルイに受験者たちは一瞬怯むも、すぐさま切り替えて彼を敵視する。
「やるに決まってんだろうが!」
「泣いても知らねえぞ!」
「そうですか。では、僕も遠慮なく行きます」
――やっと私たちの出番ね
――さあ、僕たちを求めて
――可愛い僕らの子
目を瞑って腕を広げた彼の周囲に現れる魔力の精霊。色とりどりに瞬く半透明な球体は、まるで遊ぶかのように彼の周囲を舞っている。人間の目には見えないものだが、女神から特別な目を授かっているルイにははっきりと見えているのだ。
「ふふ、ありがとう。‘Olu Makana」
ルイは穏やかに国家魔法機関の敷地全体に魔法をかけた。
対すべく一斉に魔法を放ち始めるアルヴァン以外の受験者たち。協力の一文字すら伺えないほど我先にと魔法を放つ様子に木から様子を見ていたタリアとネロからはため息が零れる。
「ありゃりゃー」
「ひとりバカがいると周りもバカになる魔法とかあるわけ?」
「ルイルイが怒っているって聞いて物珍しさに野次馬しにきたけど、あれは怒るのも無理ないね。……すっごく濁っている」
「ああ、嫌な色だな」
火球、水槍、風刃、土柱、闇矢、数多放たれた魔法がルイに届くことはなかった。庭に設けられている噴水から噴き出す水が彼の前にバリアを張ったからだ。
息つく暇もなく放たれる魔法だが、巨大化したぬいぐるみたちが綿の詰まった丸い手でいとも簡単に魔法を弾いていく。
たじろいだ受験者たちの隙を見逃さず伸びた芝生が背後から彼らを一人ずつ拘束していった。察知し唯一躱したディラン。大きい口を叩いているわけではなく実際にこの中では実力が頭一つ抜けているのだ。
「今すぐその小さな口を塞いでやる!!」
ディランは火属性魔法で巨大な火球を生み出しルイに放った。だがルイに届く前にそれは真二つに切り裂かれる。ひとりでに動く大剣により。
ディランと向かい合うルイの瞳から流れていく涙。ルイの表情など目に入らないディランは魔法を次々と放ち豪快に笑う。勝負そのことよりも魔法を思う存分放つ快感に酔いしれている彼に、ルイの怒りは頂点に達した。
「……魔法は、便利なものなんかではありません。……簡単に誰かを傷つけてしまえる恐ろしいものなんです!!」
「あ? 声が小さくて聞こえないなぁ。アハハー!」
◇
「リオン、あいつはそもそも試験を受ける資格がないだろう。魔法で人を殺しているんだから」
五芒星の執務室で鼻歌交じりに書類を眺めているリオンに、自ら入れたコーヒー片手にソファへ腰を沈めたローガンが不満を漏らす。
「うん。でもあのルイくんがあまりにも怒っていたからね」
「……見えているのか、あいつには」
「そうだろうね。奴に殺されて成仏できずにいる亡霊の姿が――」
◇
『こいつを殺して……』
『こいつを同じ目に合わせて……』
『いたいよ、熱いよ……』
『……たすけて!!』
ルイの耳に届く苦痛に満ちた声の数々。ディランの背後で揺らめく亡霊の声だ。
彼の魔法により焼きただれた肌でルイに助けを求めている。彼に無惨に殺された恨みでずっと囚われている。
ルイは酒場で出会ったあの時から彼ら亡霊が見えていたのだ。
「……どうして、そんなひどいことができるの……。あなたに魔法を使う資格はない!!」
叫んだルイはドーム状に築いた石畳で彼を閉じ込めた。いくら中から魔法を放とうとルイの魔法で強固になったそれを壊すことは決してできない。彼が負けを認めずとも勝負はもうついていた。
涙を流してその場に崩れ落ちたルイ。
「……でもっ、これじゃあ、みんなを解放してあげられないっ……!」
ディランに囚われている亡霊たちは彼が死ぬことで解放されることをルイはわかっていた。それでもルイは彼に“殺す”魔法を向けることはできなかったのだ。
「それでいい。いいんです、ルイ。あなたの奇麗な手は私たちが汚させません」
光の精霊を象徴する金色の瞳を細めたリュカは水を吸いぬかるんだ土にも厭わず膝をついて、ルイの震える小さな手を下から掬い上げると優しく握った。




