国家魔法使い選考試験(3)
「……は、はあ!? これが試験!? こどものお遊びじゃねぇんだぞ!」
予想通り憤る受験者たちを見て苦笑いのルイ。
「では、僕が見本を見せますね」
彼は大木に向かい合うと「おいで」と声をかける。
すると、一番高い枝の上で横になっていたウサギとクマのぬいぐるみが起き上がり、枝からルイの胸に向かって飛び降りた。
まるで自分から動き出したぬいぐるみに目を丸くした受験者たちだったが、今ルイの腕の中にいるぬいぐるみたちにはとても生があるようには見えない。
――――――
「え? ルイ、僕らに試験の手伝いをして欲しいって?」
「もちろんだよ。君のためならなんでもするよ」
酒場の一件後アトリエに戻ってきたルイはぬいぐるみたちに協力を求めていた。ルイからの頼み事と言うことでぬいぐるみたちは飛び跳ねて喜んでいる。
「ぬいぐるみのふりをして木の上にいて欲しいの」
「「それだけでいいの?」」
「うん。でも、ぎゅっとしがみついていてね」
――――――
ルイがいとも簡単に成し遂げたと見るや受験者たちは口を噤む。そして、受験番号001番から試験が行われた。
「もう、また魔法で吹き飛ばそうとしてる」
「それじゃあ僕たち絶対に木から手を離さないからね」
受験者たちに聞こえないように声を潜めて枝の上でむくれているぬいぐるみたち。
「……あーあ、これじゃあ今回の合格者はゼロかもなぁ」
ぬいぐるみたちより一段低い枝の上に座っていた国家魔法使いが呟く。手に持っている風船が魔法で揺らされるたびにため息を零した。彼は火属性の国家魔法使いイグニス。
「本当だよ。誰もこの試験の意図を測ろうとしない。せっかくルイルイがちょー良い試験を考えたってのに」
イグニスよりもまた低い枝の上に座っている、水色の髪を顎下で切り揃えた女性が毒づく。五芒星の一人、水属性の大魔導士タリアだ。
「……いや、初めからずっと思ってたんすけど、なんでタリアさんがいるんすか?」
「えー? そんなの近くでルイルイの雄姿を見るために決まってんじゃんか」
「そうだぞ」
ぬいぐるみたちより上、木の頂で闇属性魔法により姿をくらましていたネロが丸眼鏡を抑えながら樹冠より顔を出した。ネロも五芒星のひとりである。
その丸眼鏡は彼が生まれつき患っている『灰かむりの瞳』を色付けるものだ。腕利きの眼鏡職人ウォルターの遺作である。
「はぁ、五芒星が二人も。ローガンさんに叱られても俺知りませんからね」
イグニスは呆れて二人から顔を逸らした。五芒星は国家魔法使いにとってなによりも憧れの存在だ。だがその自由奔放さに彼らが大いに振り回されているのもまた事実。
「……あ。最後の子はなかなか見どころがあるかもよ」
タリアの一言で彼らは持ち場に戻っていく。
――――――
(……ずっと憧れの国家魔法使いになるために試験を受けに来たけれど、僕、すでに挫折しそうです)
あと二人で自分の番へと回ってくる現状に、キャスケットを被った鼻元にそばかすのある小柄な少年は体を強張らせた。
受験番号102番――アルヴァンは国の外れにある小さな村出身で、15歳となりようやく両親から許可を得てこの試験を受けるために数週間かけてはるばるやってきたのだ。
(風属性の魔法使いだけど使えるのはせいぜい軽い治癒程度。つまり僕は魔法使いでも底辺に位置する魔法使い。なのに、なのに、僕より明らかに優れた魔法使いでも為せないだって? そんなの僕にできるわけないよ……!)
前の受験者が告げられた“失敗”に体を震わせたアルヴァンは、涙で滲んだ瞳で木を見上げる。
(……あれ? この木、こんなに大きかったっけ? それに――)
「ヒッ!」
樹冠から覗く自分を品定めしているような国家魔法使いたちの鋭い視線に悲鳴を上げるアルヴァン。握っていた杖を地面に落ちしてしまい慌てて拾い上げる。
「次、受験番号102番、アルヴァンさん。どうぞ」
「ひゃ、ひゃいっ! (……なんだ、どんな魔法ならいい? 風……、風なんて一番風船を揺らしちゃう魔法じゃんか!)」
思考を巡らせていたアルヴァンだったがとうとう解決方法を浮かばず、彼は本能に似た感覚で懐に杖を仕舞った。
(……魔法がダメなら、魔法を使わなければいいんじゃ?)
これが国家魔法使いの試験であることを念頭に置けばまず思い浮かばないこと。だがアルヴァンは緊張によりこれが試験であることがすっかり頭から抜けていた。
彼が考えていること、それはどうやって風船を揺らさずにぬいぐるみを取るか、それだけである。
魔法を使う試験にもかかわらず魔法を使わない。前提を揺るがすこの行動こそが合格の唯一の道なのだ。
「……よし!」
両頬を強く叩き気合を入れたアルヴァンは木に手と足をかけ自力で登り出した。魔法を使わない彼の姿を見て笑い出す受験者たち。
ただルイだけは笑わず、嬉しさに満ちた瞳でたどたどしく木に登っていくアルヴァンを見つめていた。
(ああ、木に登るのなんて数年ぶりだ。うまくいかない)
それでも彼は諦めることなく登っていく。そして、風船を持つタリアとイグニスの関門を突破しぬいぐるみたちのいる枝へと辿り着いた。
「お、おいで」
ルイを真似するように言葉を掛けながらぬいぐるみたちへ手を伸ばしたアルヴァン。が、彼の手がぬいぐるみを掴むより早くぬいぐるみたちは自らアルヴァンに歩み寄った。
「君みたいなのを待っていたんだよ」
「これでやっとルイが喜んでくれるね」
「……え? ぬいぐるみがしゃべって、動いた……!?」
キャスケットを頭から浮かすほど驚きを示した彼に、ぬいぐるみたちは綿の詰まった丸い手を口元に持ってきて小さな声で告げる。
「「内緒だよ」」
誤って漏らさないように自分の口元を両手で塞いで激しく頷いたアルヴァンだったが、今彼は木に登っているのだ。両手を離してしまえば起こることなぞ火を見るよりも明らか。アルヴァンは背中から落下していく。
「……あ。――うわあああ!」
叫び声を上げながら落ちていく彼の胸元へ飛び込んだぬいぐるみたち。アルヴァンは咄嗟にぬいぐるみたちを庇うように腕で抱え込み、背で衝撃に備えた。




