国家魔法使い選考試験(2)
――ゴンッ
酒場中に響いた鈍い音に呻き声。
食べ終わったチキンの骨をルイの口元に近づけたディランの顔面が床に叩きつけられたのだ。
「それはやり過ぎだ」
彼の後頭部を片手で掴んでいるリオンは冷たく言い放つ。呻き声が収まったと見ると彼の頭部から手を離し、汚いものを触った後のように手をはたいた。ルイを抱き上げていたリュカも怒りを通り越したひどく冷めた瞳をディランに向けている。
マントで顔を覆われているためルイは状況を掴めずにいたが、慣れ親しんだリュカの温もりを感じ安心して身を預けた。
「マスター、ごちそうさま」
「はいよー」
カウンターに硬貨の入った小ぶりな袋を置いたリオンを朗らかに送り出す酒場のマスター。動揺の色ひとつないのは、酒場でのあぶり出しが毎回恒例で行われているからに他ならない。
酒場を出て塔へ向かう道中、ルイはくるまれていたマントから顔を覗かせた。視界に映るのは申し訳なさそうな二つの顔。
「……ルイ」
頭に伸ばされる褐色の手をルイは目を瞑って受ける。
「すまないね、ルイくん。怖い思いをさせてしまって」
「いえ、お二人がすぐに助けてくれたので何ともありません。……リオンさん、あの方はどうなりますか?」
かぶりを振ったルイは離れていく酒場に視線を送りつつリオンに問う。
「試験を受ける資格すら与えないさ。そのまま騎士団に引き渡――」
「あの人に試験を受けさせてください」
言葉を遮りリオンへと視線を向けたルイ。若葉のような淡い萌黄色の瞳に見据えられ、わずかに目を開いたリオンも見据え返す。
「……なぜだい?」
「試験官として、僕が魔法の使い方を指導します」
再び酒場へと向けられたルイの瞳はうるんでおり今にも涙が零れそうだ。怒りと憐れみが混じり合った彼の胸中を察したリオンは相好を崩す。
「(あのルイくんが憤るなんて珍しいこともあるものだね)……ふふ、いいよ」
「ありがとうございます」
それから三日後、試験当日。
102人の受験者の前にルイは姿を現した。可愛らしい小さなこどもの登場により緊張で殺伐としていた空気が一気に和む。
「みなさん、こんにちは」
片足を後ろに下げて上品に挨拶をしたルイ。そんな彼に微笑ましい視線を向けていた受験者たちだったが、ルイの纏う夜空色のミドルケープを視界に入れた途端目つきが変わった。
「……なんだ、冷やかしか?」
受験者の一人がルイに冷たく言い放つ。触発され他の受験者たちもわざとルイに聞こえるように悪態をつき始めた。
「いえ、僕は国家魔法使いのひとり、ルイと申します。今回の『国家魔法使い選考試験』で試験官を務めさせていただきます」
幾ら凄まれても物怖じしない彼に受験者たちは一層苛立ちを募らせる。たった一回の受験資格、それ相応の覚悟をもって受けに来ているのだ。試験官がこんな年端もいかないこどもとあっては納得もいかないだろう。
飛び交うルイを蔑む言葉に彼の後ろに控えていたリュカが鋭い視線を向けると受験者は一瞬にしてたじろいだ。
「まあまあ、いいじゃないか」
手を大きく打ち鳴らしながら前に歩み出てきた男。昨日酒場でひと悶着あったディランだ。鼻先がやや赤く腫れているのは昨日リオンによって床に叩きつけられたから。
彼はルイの元まで歩むと片膝を付けてしゃがみ、人当たりの良い笑顔を浮かべる。昨日の孤児とルイが同一人物だとまるで気が付いていない。
「よろしくな、試験官さん」
試験官に対しすでに良い人アピールを行っているのだろう。調査によると外面の良さには定評があるみたいだからね。
「はい、よろしくお願いいたします」
ルイは怒りを胸に秘め、朗らかに微笑んだ。
――――――
「ところでルイくん、試験内容は決まったかな?」
選考試験の内容に決まりはなく、五芒星の会議によって任命された試験官が自由に決めることができる。当然、相応しいかどうか審査されるが、試験内容には試験官の色が濃く表れるため突破するには運も必要だ。
「はい。今回の試験内容はこれで行こうと思います」
ルイはリオンにある物を見せた。
――――――
「今回の試験内容は――」
言葉を一度止めたルイは、試験会場である塔の庭に生えた立派な大木を指さした。
「この木に引っかかっているぬいぐるみを取っていただきます。ただし、木の周囲に浮かんでいる風船を揺らさないようにお願いいたします。もちろん、風船を持っている人を傷つけてもいけません」
ルイの言葉に合わせて動き出したサポーターの国家魔法使いたちは、木に触れるほど近くで風船を持って立つ。木の根元にも腕や足に風船を付けた国家魔法使いたちがまるで休憩するようにくつろぎ始めたり、ぬいぐるみより低い位置の枝の上に座ったりした者もいた。これもルイの指示である。
――――――
「……っ!? つ、つまりこの試験、魔法が使えないじゃないか。……理由は?」
ルイの述べた試験内容があまりにも珍妙過ぎて危うく紅茶を吹きかけたリオンは、咳払いで落ち着きつつルイに問いただす。やや開かれた片目はルイを射抜くように見つめていた。
「魔法だけではどうにもならないことはこの世界にたくさんあります。そんな時、魔法に頼らず自分の力で対処できる力があってこそ、本当に必要な場面で魔法が使えるようになると思うんです」
――――――
「ルイくん。やっぱり君は素晴らしいよ」
塔の中から試験の様子を眺め誰にともなく呟いたリオン。彼はマントを翻すと口角を上げ密かにディランの処罰へと動き出した。
(ルイくんにあんなひどいことをしたからね。ただじゃ済まさない)
喉から笑い声を漏らすリオンを見た国家魔法使いたちは震えあがったそうな。




