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26 聖女巡礼の旅

更新お待たせいたしました。

 夏も盛りを迎えたある日の午後。

 港町ヴィッツハルトの中心にある広場では、聖女が癒しの術を施すこところを一目見たいと多くの人がひしめき合っていた。


「おい、押すなよ! 危ないだろ」

「お前こそもう少し前に行けよ。聖女様が見えないじゃないか!」


 広場に作られた簡易的な舞台のような場所に、あらかじめ選ばれた病人や怪我人が並んでいる。聖女が起こす奇跡を今か今かと待ち望んでいる人々の期待のこもった眼差しがテントの隙間から見える。


「どこでも大人気だな、我が聖女様は」


 まるで自分のことのように得意げな顔をするフランツを横目に見ながら、ゾフィーは今日はどれくらい魔力を吸い取れるだろうかと考えていた。


(この前の街には碌に魔力持ちがいなかったから、余計な魔力を使って損しちゃったわ)


 ここヴィッツハルトは、あの五大魔導爵家の一つグリューデン家のお膝元。となれば、分家やその子孫など、他の街と比べると魔力持ちの数や質も期待できるはずだ。


「フランツ様が一緒にいらっしゃるからですわ」

「ゾフィー……君はなんと奥ゆかしいんだ! 聖女としての才能もある上に、愛らしく性格まで良いなんて、本当に君は素晴らしい女性だ。昨日もたっぷり愛したのに、今すぐにでも可愛がりたくなってきてしまったよ」

「フランツ様ったら。皆が聞いておりますのに、恥ずかしいですわ……」

「なぁに、恥ずかしがることなどない。私が君にぞっこんだと皆知っている。この分だと近いうちに世継ぎの顔が見られそうだと、母上も嬉しそうにしておられた」

「まぁ、ふふふ……」


(全く……昼間っから盛ってんじゃないわよ、このバカ王子。……でも、あれだけ毎回魔力を搾り取ってるのにまだ元気だなんて、さすがに血筋だけは本物ね)


 アーベル王家には、これまでずっと五大魔導爵家から王妃が嫁いできている。すなわち、この国の最も高い魔力が王家には集まっているのだ。


「王太子殿下、聖女様。そろそろお仕度願います」

「ああ、わかった」


 護衛の騎士から声がかかり、フランツにエスコートされてテントから出ていく。眩しい真夏の太陽に目を眇めると、自分に向かって手を合わせる人々が目に入った。


「あっ、見えた! 聖女様!」

「ああ、なんて神々しいんだ……!」

「ありがたや、ありがたや」


 “信じる者は救われる”

 そんなことを説いたのは、どこの世界の神だったか。


(私を拝んだところで何も起こりはしないけどね)


 それで本人たちの気が済むのなら、ノープロブレムなのだ。世間とはそういうものだろう。


 慈悲深く見えるよう曖昧な笑みを浮かべながら、ゾフィーは急ごしらえで設置された祭壇に上った。祭壇の前には、この日のために選ばれた幸運な人々が聖女の施しを受けるのを今か今かと待ち受けている。


「さあ、皆さん。順番に治していきますからね」


 怪我や病気を治してもらい涙を流して喜ぶ人々を見るゾフィーの心の中は、冷めたままだった。この心を熱くしてくれるのはこの世にたった一人、彼しかいない。


(本当にどこにいるの、ユリウス? 早く貴方に会いたいわ……)


 この巡礼の旅を受け入れたのも、ひとえにユリウスを探す目的のため。もし彼がこの地に来ていたのならば、魔力の痕跡を辿れる自信がゾフィーにはあった。

 そうでなければ、バカな王太子の相手をしながら何の得にもならない人々への施しをし続けるなんて、とても耐えられなかっただろう。


 他に追随を許さない、圧倒的な魔術師。ゾフィーにとってユリウスの存在は、この世界での光だった。

 ユリウスのそばで彼の唯一になりたい。彼さえいれば、他には何もいらない。

 たったそれだけだったのに。


(そんな私のささやかな望みさえ、あの女に奪われた)


 アーベル国の北東、ヴァルキニア帝国との間にある広大な森。通称"魔の森"と呼ばれるその場所は、瘴気が濃すぎて人間はおろか、魔物でさえ下級のものは棲むことができない。

 

 数年前、その"魔の森"の奥深くで聖女の封印から目覚めた時の最悪な気分は、誰にも分からないだろう。


 今度こそは、決して邪魔させない。そのためならば、どんなことだってできる。

 ……そう。たとえ、今は大嫌いなあの女の色を纏わざるを得ないとしても。




 *****




「……どうだい、エルンスト? 何か分かる?」

「…………」


 ここは、ヴィッツハルトにあるグリューデン家の所有する小さなアパートの一室。表向きは雑貨屋に勤める青年が賃借人となっているが、実質的な所有者は異なる。この街の行政官であるグリューデン家は、様々な理由からこういった部屋をいくつも持っていた。


 魔力によって遠くまで見える双眼鏡を覗き込む銀髪の男エルンストが、双眼鏡から目を離さないままぼそりと呟いた。


「……あれは、癒しの力ではなく魔法だ」

「やっぱりそうか……」


 予想通りの答えに、整った男らしい顔を顰めたクラウスがうんざりしたように言った。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。

第四章 全六話、本日より朝9時に連日投稿します。

第五章も鋭意執筆中です。

何とか完結まで書き切りたいと思っていますので、温かい応援よろしくお願いいたします。

詳しくは活動報告に書いておりますので、チラッとでも覗いていただけると嬉しいです。

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