27 動き出す者達
王宮にある謁見の間で起こったことは、すぐに五大魔導爵家の間で共有された。“聖女”ゾフィーの使う力が癒しの力かどうか疑わしいというルードヴィヒ・フォン・シュタインベルクの見解について、他の四家当主のうちグリューデンとフェアシュピーレンはその場で支持を表明した。
残りの二家──ツェルナッハ、リーベルは保留にしていたが、つい先日別の街で聖女を目撃したツェルナッハ家の当主から、シュタインベルク家を支持するという意思が表明されたばかりだ。
(残るはリーベルのみか。あそこの当主は慎重なことで有名だけど、今回ばかりは動いてもらわないと困るな)
「リーベル家の令嬢には、半年ほど前から研究所の手伝いをしてもらっている」
「え……ナターシャ嬢って王立研究所に来てるんだ?」
「そうだな」
エリザベートの友人であると共に、彼女と並んで才色兼備と噂されるナターシャ・フォン・リーベルだが、入学当初から多くの男性に告白されているにもかかわらず婚約者どころか恋人さえ作ろうとしない。その原因が目の前にいるこの男だというのは、よく知られた話だ。
にもかかわらず、本人はこの反応の薄さ。相変わらず双眼鏡を覗き込んだままのエルンストに半ば呆れつつ、クラウスが突っ込みを入れた。
「そうだな、って……あのナターシャ嬢が来てるんなら、男どもが大騒ぎなんじゃないか?」
「ああ、そういえば何やら騒いでいたな。魔法の研究をするのに、どんな顔をしていようと関係ないだろうに。……まぁ、彼女の実力は認めるが」
「……」
(ナターシャ嬢も気の毒に……)
魔法の研究以外に興味がないエルンストの心を動かすのは、至難の業だろう。一つだけ例外があるとすれば妹であるエリザベートだが、その彼女は現在魔女の汚名を着せられ国を追われている。
「帰るみたいだぞ」
「おっと……じゃあ、いよいよアレの出番だね」
新しい魔道具を試すのが楽しみで仕方がないクラウスを尻目に、顔色一つ変えずにスタスタと隣の部屋へと歩いていくエルンスト。クラウスがふと視線を感じて双眼鏡を通していない裸眼で窓の外を見遣ると、じっとこちらを見る男の姿があった。王室に仕える近衛騎士を表す白い騎士服を纏った小麦色の髪、そして自分とよく似た榛色の瞳。
(気づかれた……?)
豆粒のように小さくて表情までは分からない。それでも、兄がこちらを見ているという確信があった。
フランツ王太子の側近である兄リヒャルトには、エルンストと共に来ていることを話していない。グリューデン家の嫡男として家の方針に従うべきか、主人である王太子の命令に従うべきか、兄自身の中にも葛藤があるだろう。その上に余計な気苦労をかけたくはなかった。
ふいっと目を逸らして王太子について行く兄の姿をクラウスが目で追っていると、エルンストがドアから出る寸前思い出したように振り向いた。
「……クラウス。宿屋の子に連絡を頼む」
「了解」
クラウスは快く返事をすると、アンジェラに伝言をするため使用人を呼んだ。
グリューデン家からの使いの者が来た時、アンジェラは自宅のベッドに転がってお気に入りの小説『メイベルは今日もイケメン騎士から迫られています』を読みふけっていた。アンジェラを呼びに来たメイドは、行政官グリューデン家からの使いと聞いてすっかり縮み上がってしまった。
「お、お嬢様……行政官様からの呼び出しだなんて、大丈夫なのですか……?」
「呼び出しではないから安心して。グリューデン家のご子息であるクラウス様とアカデミアで知り合いになったの。魔法学について教えていただく約束をしていたから、きっとそのことだと思うわ」
「グリューデン家のご子息とお知り合いなのですか!? さすがにアカデミアに通っていらっしゃる方は違いますね~!」
「あ、ははは……そんなことないわよ」
ビビリまくりから一変、メイドはキラキラした目でアンジェラを見つめてくる。真っすぐな尊敬の眼差しを受けて、アンジェラは心の中で苦笑いをこぼした。
(知り合いには違いないけど、クラウス様とは利害が一致しているだけなのよね。エルンスト様はエリザベート様を愛する"同士"ってかんじかな)
あれだけモテるにもかかわらず、クラウスにはこれまで浮いた噂一つない。物腰柔らかいフェミニストとして知られているが、特別誰かに対して優しいということはない。誰にでも同じように礼儀正しく、誰に対しても同じような距離感なのだ。
(……だから、期待しちゃダメだ)
彼は五大魔導家の一員としての責務を果たすために、そして友人であるエルンストに協力するために、アンジェラの助けを必要としているだけ。決して他意はない。あるはずが、ないのだ。
「お母様、出かけて来るわ。夕食までには戻るから」
「……アンジェラ、どこへ行くの?」
忙しなく使用人に指示をしている母親に声をかけると、案の定行き先を尋ねられた。
「お友達の家で夏休みの課題をやるの」
「ヴィッツハルト出身のアカデミアの生徒なんていたかしら……?」
「一つ上の先輩がいるのよ。……ねぇ、もういい?」
「明日は王太子殿下と聖女様の歓迎パーティーがあるんだから、早めに帰って来なきゃだめよ。朝から入念に準備をしないと間に合わないでしょう? もしかしたら、このパーティーで貴女を見初めて下さる殿方がいるかも──」
「うんうん、わかってるから」
「──ち、ちょっと、アンジェラ! まだ話の途中……!」
延々と続きそうな母の話を強引に遮ってアンジェラはドアを開けた。裕福な家ではあるものの貴族ではないため、一人で自由に出歩けるのは気楽でいいと感じる。
聖女巡礼に浮足立つ街の人々を横目に見ながら、アンジェラは足早に指定されたアパートへと向かった。
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